肉を食べる
一番隊の人たちと道場で稽古をしていた。
教えるのは、なぜか私。
私より強い人はたくさんいると思うのだけど。
「総司が動けない分、稽古を頼んだぞ」
と、土方さんに言われてしまった。
「総司以上に強くしろとは言わねぇよ」
それは無理だろう。
「私で大丈夫ですか?」
沖田さんの代わりなんて私にできるのか?いや、無理だろう。
「お前なら、安心して任せられる。総司も同じ思いだろう。頼んだぞ」
そこまで言われてしまったので、やるしかないだろう。
やるからにはきちんとやろう。
そう思って稽古をつけてきた。
「やってるね」
沖田さんの声が聞こえた。
みんな、はっとしたように竹刀を振る手を止めて、沖田さんの方を見た。
「あ、沖田さん。具合は……」
どうですか?と聞こうとしたら、口に人差し指をあてられてしまった。
「最近調子がいいんだ」
秋らしくなって、気候も良くなってきたから、調子もいいのだろう。
「竹刀、貸して」
私の方に手を伸ばしてきた。
「無理しないでくださいね」
私は沖田さんに竹刀を渡した。
「今日は、私が稽古をつけようかな」
ブンブンと沖田さんは竹刀を振った。
みんなの目が輝いていた。
やっぱり、私より沖田さんに教えてもらいたいよね。
私だって一番隊の隊士ならそう思うもの。
最初はみんな喜んでいた様子だったけど、段々その思いが困惑へと姿を変えた。
というのも、沖田さんの教え方が、
「ここで、バンバンバンってやるんだよ」
とか、
「ササッとして、バババと動く」
という感じで、何をバンバンバンとやるのか、ササッとやるのか、バババとやるのかわからないのだ。
そしてわからないでいると、
「なんでわからないかなぁ」
と、独り言を言っている。
いや、みんな分からんだろう。
それと、沖田さんはみんな沖田さんと同じレベルだと勘違いしているみたいで、沖田さんしかできない三段突きをやらせようとした。
当然、出来ない。
私でもできない。
だって、この技は竹刀を突く音は一回だけど、実際は三回突いているという技で、そんな技は普通の人は無理だ。
それが出来るから、沖田さんは沖田さんなのだ。
それを天才がゆえにわかっていないようだ。
「沖田さん、それは無理ですよ」
と、私は言ったのだけど、
「やってみないとわからないでしょう」
と、言われてしまった。
これが全員出来たら、新選組の一番隊は無敵になるからね。
一通り沖田さんの稽古は終わった。
最後に一番隊を集めて、
「次回までに全部できるように」
と、とんでもないことを沖田さんは言った。
みんな不安そうな顔で私を見た。
私は、
「できなくてもいいんだよ」
という意味を込めて首を静かに振ったら、みんなの顔から不安が消えた。
「沖田さん、みんな沖田さんと同じじゃないんだから、全部できるようにするなんて無理ですよ」
沖田さん基準で考えて指導するなんて、とんでもない。
「僕が出来るんだから、みんなも出来るでしょう」
いや、沖田さんしかできないものだからね。
無理だからね。
「それが……」
違うのですよと言おうとしたら、
「ゴホゴホ」
と、沖田さんは咳き込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
私は慌てて背中をさすった。
「大丈夫だよ。蒼良は咳ぐらいですぐ心配するんだから」
咳だから心配するのだろう。
「もしかして、稽古したらいけなかったんじゃないですか?」
無理して稽古をしたのかもしれない。
「大丈夫だよ。最近は調子がいいって言ったじゃん。なんなら、一緒に医者に行くかい?」
そこまで言うのなら、調子がいいから大丈夫なのだろう。
「沖田さんがそう言うのなら、大丈夫なのでしょう」
「せっかくだから、一緒に行こうよ」
え、そう言う事なのか?
「いや、いいですよ。ついこの前山崎さんとお邪魔したばかりなので」
「そんなこと関係ないよ。一緒に行こう」
沖田さんに手をひかれて一緒に行くことになった。
「なんだ、今日も二人で来たか」
良順先生にそう言われた。
「良順先生、大坂ではなかったのですか?」
良順先生が京にいたので、驚いて聞いてしまった。
「たまには京にもいるんだ」
そうなんだ。
「僕も、たまに先生に診てもらっているんだ。蒼良が、安静にしろってうるさいから、先生からも一言言ってあげてよ」
沖田さんは不満そうにそう言った。
「調子がいい時は暴れてもいいのですか?」
私は良順先生に質問した。
「別に暴れてないじゃん。稽古しただけだよ」
「それがだめなんじゃないかって言っているんですよ。終わった後咳していたし」
「たいした咳じゃなかったじゃん」
「でも、咳は咳ですよ」
沖田さんと二人で言い合いしていたら、
「これ、二人とも黙らんか」
と、良順先生に言われてしまった。
「沖田君は安静にしていろと言ったのに、稽古したのか?」
良順先生は沖田さんに言った。
「少しだけですよ」
沖田さんはニッコリ笑顔で言った。
「いや、少しじゃないですよ」
バババっとササッとバンバンバンとやりましたからね。
「とにかく、安静にしていろと言っただろう。長生きできんぞ」
良順先生は沖田さんにそう言った。
「僕は、長生きできなくてもいいから、刀を持ちたい」
沖田さんの顔から笑顔が消えてた。
「何言っているんですかっ! 沖田さんは、私が死なせませんよっ!」
私は沖田さんを見上げてそう言うと、沖田さんは驚いた顔をしていた。
「ずいぶんと威勢のいい女隊士だなぁ」
良順先生の言い方に驚いたけど、良順先生は私が女だと言う事を知っているんだった。
できることなら、現代に連れて帰って、治療を受けさせてあげたいけど、それは無理だからなぁ。
でも、絶対に死なせないんだからっ!
「蒼良、ありがとう」
沖田さんの顔にいつもの笑顔が戻ってきて、頭をグシャッとなでられた。
「でも、僕の病気の治療法は、死ぬしかないんだよ」
そう言った沖田さんは悲しそうだった。
「だから、死なせないように色々やっているんだろう。弱気になるな」
良順先生が沖田さんにそう言った。
「弱気になっていませんよ」
沖田さんの言う通り、弱気になってはいないだろう。
「ただ、僕も蒼良のように労咳にならない体がよかったなぁ」
沖田さんはチラッと私を見て言った。
「えっ、労咳にならない体だと? どういうことだ?」
良順先生がそこに反応した。
そりゃ医者だから反応するだろう。
沖田さんをこれ以上言わないように止めないと。
「そこにいる蒼良は、小さいときに労咳を弱くしたやつを体に入れたから、労咳にならないらしいですよ。僕もそう言うものを入れてくださいよ」
お、遅かった。
「なんだとっ! そんな話は初めて聞いたぞ」
良順先生は、私の顔をじっと見た。
これは、逃げられない。
「その話、詳しく聞かせろ」
詳しく聞かせろと言われても、信じてもらえないと思うし、どうずればいいんだ?
「早く話せ」
「は、はい」
良順先生の気迫に負けてしまって、返事をしてしまった。
「あ、あのですね。そもそも労咳って菌らしいのですよ」
「菌なのか?」
良順先生は驚いていた。
確か、まだこの時代には発見されていないんだよね、結核菌。
「その菌が体に入り、体の中でその菌と戦うのですが、その菌に負けてしまうと労咳になってしまうらしいです」
「それは、面白いことを考えるな」
やっぱり、信じてくれないよね。
「で、どうして君は労咳にならんのだ? その労咳の菌に勝つという体を手に入れたのか?」
「簡単に言うと、そう言う事です」
「へぇ、なるほど」
良順先生はそう言うと笑顔になっていた。
信じていないよね。
「沖田君が言っていた小さいとき云々の話がそれか?」
「はい」
「なかなか興味深いな。もし労咳が菌というならば、その菌を探してみたいがな。今は忙しいから出来そうにないな」
もしかして……
「私の話、全部信じてくれているのですか?」
「なんだ、嘘なのか?」
私はブンブンと首を振った。
「それなら本当の話なんだろう。信じる、信じないの話ではなく、信じたいかな。菌が見つかれば、労咳を治せるかもしれないだろう」
確かに。
さすが良順先生、考え方が普通の人と違うなぁ。
「蒼良は、労咳にならないから、労咳の僕と結婚しても大丈夫ってことだよ。子供もできるよ」
お、沖田さんはいきなり何を言い出すんだ。
子供もできるって、私はまだ結婚もしないし、子供なんて論外だぞっ!
「僕は子供が好きだから、たくさんほしいんだよね」
無理ですから、無理っ!
「沖田君、それ以上からかったら、蒼良君がかわいそうだろう」
そう言う良順先生もクックックと笑っていた。
え、冗談なのか?
「僕は少し本気だったけどね」
そ、そうなのか?どっちなんだ?
「蒼良がその気になるまで待つつもりだけど、僕には時間がないから、覚悟しといてね」
な、何を覚悟すればいいんだ?
それから、労咳には栄養のあるものを食べたほうがいいと言う事で、良順先生が私たちにお肉を御馳走してくれることになった。
肉をぶら下げて料理屋まで歩く良順先生。
その肉から血がしたたり落ちているのが、生々しかった。
沖田さんなんて、顔をしかめていたもん。
「沖田さん、人間に流れている物と一緒ですよ。そう思えばいいのですよ」
「蒼良は、そう割りきれるの?」
うーん、割りきれないかも……って、だめじゃん、私。
その様子を見て、沖田さんが笑っていた。
「蒼良の表情を見ているだけで楽しいね」
そ、そうなのか?
その料理屋は、良順先生がいつも行く料理屋さんみたいで、慣れた手つきで良順先生からお肉を受け取った人は、台所へ消えていった。
そして出てきた料理は、豚汁だった。
あれは豚肉だったらしい。
「これも食べてる」
そう言いながら、沖田さんは美味しそうに食べていた。
私も遠慮なくいただいた。
とても美味しかった。
「蒼良の肉じゃがも美味しかったけど、これも美味しいよ」
沖田さん、なんてことを言うんだっ!この時代にはまだ肉じゃがはないのだ。
「肉じゃがってなんだ?」
良順先生に聞かれた。
やっぱり聞かれたか。
「肉とジャガイモを煮た料理です。蒼良が作ったんだ」
豚汁を美味しそうに食べながら沖田さんが言った。
「蒼良君、その料理を詳しく聞かせてもらおうか?」
やっぱり、詳しく話さないとだめなのか?
だめそうだな。
と言う事で、詳しく作り方を話すと、ここの料理屋の人にも説明しろと言われ、料理屋の人にも話した。
「今度は肉じゃがを御馳走しよう」
良順先生が笑顔でそう言った。
肉じゃがが出来る前にできてしまったが、いいのか?
「そろそろ屯所の豚も食べていいころだと思うぞ」
帰りの良順先生にそう言われたので、土方さんに報告をした。
「そうか、わかった」
土方さんはそう返事をした。
「と言う事は、豚を殺すってことですよね」
思わず私は聞いてしまった。
「殺さねぇと食えねぇだろうが」
確かに。
現代だと、そういうことをあまり気にせず、普通にスーパーで買って食べている。
でも、本当はこういう過程があるから、スーパーで買って食べることが出来るのだ。
「豚さんたちに感謝して食べないとだめですね」
「あたりめぇだろう。自分の命を俺たちに差し出すんだ。無駄なく感謝して食わねぇとな」
現代に戻っても、この事を忘れないようにしよう。
「で、誰が豚をさばくのですか?」
さばかないと、あのまま丸ごと焼いて食べるわけにもいかないだろう。
「お前、やるか? 豚を調理できるからな」
いや、調理はできるけど、さばけませんからっ!
「いや、土方さんどうぞ」
「遠慮するな」
「遠慮していませんよ」
冗談じゃない。
「あ、沖田さんの様子を見に行かないとっ!」
そう言って私は立ち上がった。
「お前、逃げるのか?」
「逃げますよっ! 豚なんてさばきたくないですからねっ!」
そう言ったら、土方さんは声に出して笑いだした。
「安心しろ。女のお前に裁かせねぇよ」
えっ、そうなのか?
もしかして、またからかわれたのか?




