第50話 定食屋
引越しもある程度片付いて、卒業式も終わった。もう亀風に行くことは無いかもなあ。それはそれでちょっと寂しいけど、これもまた人生。色んなところに行って、自分が骨を埋めるところを探さないとな。
とりあえず今日はこの周辺で飯が食えるところを探さないと。今までは忙しくてカップ麺で済ませてたけど、せっかくしばらくここに住むんだから、美味い飯屋ぐらいは見つけておきたい。
「お、定食屋があんな。ここ入ってみっか」
家から少し歩いて見つけた定食屋の暖簾を潜ると、元気な女の声が俺を出迎えた。
「いらっしゃいませー! ただいま個室以外満席ですがよろしいですか?」
「なんで定食屋に個室あんだよ! 高めの居酒屋か! ……てはあ!? 心音!?」
「やっほやっほ健人先輩! 今日も元気に解脱してる?」
「してねえって! なんか聞いたことあんなそのセリフ! いやお前、なんでこの町にいんだよ!?」
「いやあ、健人先輩の引越しでここに来た時、結構気に入っちゃって! バイト始めたんだー!」
ええ……。いやいや、ここ亀風から電車で1時間とかだぞ? 亀風に大学があるから亀風に住んでんだろうに、なんでわざわざこんな離れたとこでバイトすんだよこいつ。バカじゃねえの。
「さあ座って座って! 何頼む? ビスマルク定食?」
「なんだそのドイツ風の定食は! もっとなんか焼き魚定食とかねえの!?」
「焼き魚定食は無いけど、グリルドフィッシュ定食ならあるよ!」
「じゃあ焼き魚定食あんじゃねえか! それでいいわ!」
「おっけー! ご飯は何升にする?」
「そんな食わねえよ! 力士か俺は!」
「個室のお客様ちゃんこ定食でーす!」
「だから力士かって! ちゃんと焼き魚持って来いよ!?」
「健人先輩! 焼き魚じゃなくてグリルドフィッシュ!」
「うるせえよ! どっちでもいいわ!」
全くこいつは……。離れたとこでバイトしてても、勤務態度は変わんねえのな。そういや東京でホテルのフロントやってた時もこんなんだったな。よくやっていけるわこいつ……。
「お待たせしましたー! 焼き魚定食でーす!」
「お前焼き魚って言ってんじゃねえか! さっきの訂正は何だったんだよ!?」
「よいしょ、隣失礼しまーす!」
「何やってんだお前! キャバクラか!」
「ご指名いただきありがとうございます! 心音です!」
「知ってるわ! 指名してねえし! だからキャバクラかって! 何やってんだよお前!?」
「いやあ、今まで真面目に働いてたのに、健人先輩への接客態度を見て怖がられちゃって! これ持って行ったらクビねって言われちゃった!」
「ほんっとバカじゃねえのお前!?」
何故か隣に座った心音は、よく見たら自分の分も焼き魚定食を持って来ていた。ちゃっかりしてんな。よくたった今クビになったバイト先で堂々と飯食えるわ。
「ねえねえ健人先輩、大学生活はどうだった?」
「んーまあ悪くはなかったぞ。友達もいたし、お前みたいなうるせえ後輩もいたし、なんとか内定ももらえて卒業できたしな」
「そっかそっか! で、彼女は?」
「……4年間いなかったな」
「ダメだよそんなんじゃ! 社会人になったら出会い無いよ?」
うるせえなこいつ。俺だって分かってるからこの間レンタル彼女で練習しようとしたんだろうが。そこに現れたのが心音だったから意味無かったけどな。
「健人先輩はさ、気になってる人とかいないの?」
「いねえなあ……。俺に気になってるって言われても、女性は怖がるだけだからな」
「そっか、いないんだね! ふーん、そっかそっか!」
「なんだよお前その感じ。なんか言いてえのか?」
「べっつにー? 健人先輩には桐箪笥とかがお似合いなんじゃないって」
「ひでえなお前! せめて生きものであれよ!」
好き勝手言いやがって。自分だって彼氏いねえくせに。まあこいつの場合は色んな男から告白されてるのに、何故か彼氏作らねえだけなんだけどな。
「健人先輩さ、もし自分のことを気になってるっていう女の子がいたらどうする? 煮込む以外で」
「なんで煮込むのは確定なんだよ! 豚バラブロックに好かれてんの俺!? いやどうすっかなあ。考えたこともなかったけど、もしそんな人がいたらぜひ付き合いてえけどな」
「ふーん、そっかそっか」
なんだよ今日のこいつ。なんか調子狂うな。こんなこと聞いてどうすんだよ。心音には関係ねえ話だろ。
「ねえ健人先輩、実は大事な話が……」
「ちょっと川本さん!? なんであなたお客さんと一緒に座って食べてるの! さっきクビにしたでしょ!? 早く出て行って!」
「ええー! ちょっと女将さん、もうちょっとだけタイミングズラして欲しかったんだけど!」
「知らないよそんなこと! ほら、出てった出てった! すみませんねえお客さん、ゆっくりしていってくださいね」
なんか心音が追い出されちまったな……。まあゆっくり食えるからいっか。でも心音のやつ、なんか言いたげだったな。何だったんだろ。
俺は少しだけ心音のことが気になりながら、焼き魚定食を食べ終え、代金を払って外に出た。
数日後——。俺はスーツを着て入社式から帰っていた。本格的に仕事が始まってないとは言え、いよいよ社会人になったんだな。感無量だわ。これ俺が使う言葉で合ってんのかな。親とかが言うやつじゃねえのかな。
まあいいや。入社式は緊張して疲れたし、さっさとどっかで飯食って帰ろう。さて、なんかいい店は……。スマホで近くの飲食店を検索していると、ファストフードの有名チェーン店が見つかった。めんどくせえしここでいっか。さっさと行こう。
ファストフード店に行ってみると、意外にもガラガラ。確かに検索した感じ評判のいい個人店がいっぱいあったから、こういうとこは逆に人来ねえのかな。
入店してカウンターに向かうと、元気な女の声が俺を出迎えた。
「いらっしゃい罵声〜! 出てけコノヤロウ! バイトにとって1番嫌な客の行為は入店なんだよコノヤロウ!」
「そんな挨拶ねえだろ! なんで開口一番罵声なんだよ! ……って心音!?」
なんとカウンターに立っていたのは、見慣れた茶髪ボブ。ええ……。こいつまだこの町でバイトしてたのかよ。しかもファストフード店って、ちょうど1年前ぐらいにクビになってなかったか?
「やっほやっほ健人先輩! 奇遇だね!」
「いや奇遇って言うか、お前まだこの町にいたのか?」
「まあねー! 亀風だとそろそろ雇ってくれるところが無くなってきたし?」
「そりゃそうだろな! あんだけクビになってりゃな!」
でもなんだろな、この知らない町で新しい環境になって、そこに知ってるやつがいると安心すんな。
「健人先輩、この辺はいいお店がいっぱいあるから、遊びに来てね! 多分明日は健人先輩の家の近くにあるラーメン屋行くんだろうし」
「確かにあそこ気になってたけど! いやお前、言い当てんなよ気持ち悪い!」
「私はどれだけ健人先輩が鈍くて重くてフランケンシュタインでも、絶対健人先輩の前に現れるからね! 明後日の夜は歓迎会で駅前の居酒屋行くんでしょ?」
「ひでえ言われようだなおい! いや確かに会社で歓迎会がどうのって言われたけど!」
「週末は気分転換に服を買いに行って、その後カフェでゆっくりしようとか考えてるんだろうから、私も頑張ってそこでバイトできるようにするね!」
「まずクビにならねえことを考えろよ! なんで俺の行先知ってんの!?」
騒がしい後輩との付き合いは、まだまだ続いていきそうだ。
「後輩がまた違うバイトしてる〜なんで俺の行先知ってんの?〜」はこれにて完結です! 1話完結でコントを50個書く、という新たな試み……と言うか、ギャグ書きとして自分に試練を課してみたのですが、いかがでしたか?
登場人物は健人と心音の2人だけ。他は名前も無いモブキャラが少し出てくるだけ、という極端にキャラを削った作品。正直、これで50話も書けると思っていませんでした。
実際、最初に思いつく限りのネタ出しをして、そこから選んで毎話書いていましたが、ほとんどがお店のシチュエーションなので、心音のボケにかなり苦労しました笑
でも彼女の勢いが引っ張っていってくれたおかげで、完結まで走りきることができました!
次作の告知もすぐにしますので、ぜひそちらも楽しみにしていてください!
改めて、ここまで読んでくださってありがとうございました!!




