第47話 イタリアンレストラン
「んん……。もう朝か」
内定をもらってから、随分寝付きが良くなった。朝までぐっすり眠れるようになり、変な夢も見なくなった。良いことだ。
朝起きたらまずはスマホをチェック。お、今日は心音から何か来てんな。なになに?
『今日は健人先輩の内定祝いに、イタリアンレストランを予約したよ! 夜空いてるよね?』
うんなんで俺に何も聞かねえうちに予約まで取ってんだよ。別に空いてるけども。相変わらず自由なやつだなあ。まあ俺を祝おうとしてくれてる気持ちは嬉しい。そこは素直に受け取っとくか。
てことは、今日の夜はイタリアンか。変に高級なとこ予約してたりしねえだろな。念の為金下ろしとくか……。
そして夜になり、俺はシャツにジャケット、太めのスラックスという格好でイタリアンレストランの前に立っていた。亀風の隣駅のショッピングモールにあるレストラン。最上階にあるレストランだ。一応キレイめの格好で来たけど、正解だったみたいだな。心音のやつ、結構いいレストラン予約しやがって……。事前にどういうとこかぐらい伝えといてくれよ。何故か15時ぐらいから返信も来ねえし。
またバイトでもしてたのか? いやでもそれなら今頃は返信来ててもおかしくねえからな……。何してんだあいつは。
まあいいや。とりあえず予約の時間だし、先に入っとくか。イタリアンレストランのドアを開けて中に入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。
「いらっしゃいませー! ご予約のお名前を当てさせていただきまーす!」
「聞けよ! なんで当てようとすんだよ!」
「えー、300名でご予約の亀風高等学校様ですね?」
「違うわ! なんで高校がこんなとこ全学年で予約してんだよ! ……って心音!?」
アホな予約確認をしていたのは、なんと見慣れた茶髪ボブ。え、なんでこいつここでバイトしてんの? もしかして今日の予約って俺1人ってことか!? えぐいなこいつ! なんで俺1人でイタリアンなんか食わなきゃいけねえんだよ! 緊張するわ!
「やっほやっほ健人先輩! 時間ピッタリだね!」
「いやなんでお前バイトしてんの!? お前と一緒に食いに来る話じゃなかったのか!?」
「え、違うよ! 私は健人先輩1人のために、自分のバイト先予約したんだからね! 今日は楽しんで行ってよね!」
「いやいや俺1人でこんなとこ来たことねえよ! なんでお前そういうこと先に伝えねえの!?」
「まあまあ、そうちっちしないで」
「かっかだろ! なんで小さい子が小便するみたいな擬音使ってんだ!」
「それではカップル席ご案内いたしまーす!」
「1人なんだって! お前のせいで!」
結局窓際の夜景が見える席に案内され、カップルだらけの周囲に気まずさを感じながら席に着いた。何勝手にカップル席に案内してんだよ……。こんなとこ座らされても困るわ。
「それではコースをお選びください! 上から松、竹、梅となっております!」
「ウナギか! イタリアンのコースでそんなラインナップなことある!?」
「もし予算面で難しければ、国が認めた救済措置がありますよ!」
「自己破産勧めんなよ! なんで俺借金する前提なんだよ!」
「では日本茶を注がせていただきますね〜!」
「それ旅館の時にやれよ! イタリアンレストランで日本茶飲みたくねえわ!」
何故か用意されていた湯のみに日本茶が注がれてほっこりしたところで、頼んでもない前菜が届いた。
「お待たせしましたー! こちらお通しの枝豆でーす!」
「居酒屋か! え、ここお通しとかあるタイプの店!?」
「他にも脚立の塩茹でとかありますけど、要ります?」
「要らねえよ! 脚立は食材じゃねえだろ!」
「脚立のフルコースご注文で」
「お通しだけじゃねえのかよ! え、何ここ脚立専門店!?」
「脚立専門店なんてあるわけないじゃん! もう健人先輩ったら面白いんだから!」
「お前が脚立出すからだろ! 普通の料理ねえの!?」
「あ、ちょっと待ってね。呼ばれたから行ってくる!」
「おい心音お前聞けよ!」
足早に去って行った心音の後ろ姿から、目の前の枝豆に視線を移す。イタリアンって聞いてたんだけどなあ。なんで俺こんなとこで枝豆食うんだろ。まあとりあえず腹減ったしこれつまんどくか。
「健人先輩お待たせー!」
「お前人の話は聞k……え、なんでお前ワンピースなんだよ」
「えへへー、実はさ、脚立を茹でてたらクビになっちゃって!」
「だろうな! お前勝手に脚立フルコース作ろうとしてたのかよ!」
「失礼だね! まだお通しだけだよ!」
「一緒だわ! 脚立を茹でんな!」
心音は俺の前の席に座り、自分で持って来た水を飲む。なんだよ水あんじゃねえか。なんで俺だけ日本茶なんだよ。
「でもこれで、カップル席に1人じゃなくなったね!」
「なんか居酒屋の時もこんな感じだった気が……」
「ねえ健人先輩、ほんとに気づいてないの?」
「は? 何にだよ?」
「はあ……。分かってたけど。健人先輩はそういう人だよねー」
「なんだよそういう人って! おい心音、なんか失礼な気配を感じんぞ!」
「もう先輩は脚立のフルコースにしちゃうんだから!」
「やめろバカ! 普通の飯食わせろ!」
こうして俺は、心音と一緒にイタリアンを楽しんだのだった。しかし俺が何に気づいてないって言うんだよ……。




