第32話 歯医者

「あいててて！　え、なんでだ？」

　歯の痛みで早朝に起こされる。虫歯になるような食生活してなかったはずなんだけどな……。ちゃんと歯磨きもしてたし、そもそも金欠で甘いものなんてほとんど食ってない。

　なんで就活の大事な時期に虫歯なんだよ……。まあ今日は面接入ってないからいいけど、面接日だったら地獄見てたな。

　とりあえず早く治して、次の面接には万全の状態で挑めるようにしないと。

　スマホで近所の歯医者のサイトにアクセスし、昼過ぎの予約を取った俺は、時間が来るまで悪あがきで痛む歯を磨き続けた。

「ここだな。亀風に来てから歯医者なんか来るの初めてだわ」

　歯医者って怖いイメージしかねえんだよなあ……。そもそもあんまり歯医者なんか来たことないし、多分最後に来たのも小学生の時だ。その頃のイメージしか無いから、正直結構ビビってはいる。でも治さねえと面接に響くし、そもそも日常生活に支障が出るからな。

　気合い入れて治しに行くしかねえな。

　心を決めて歯医者に入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。

「こんにちはー！　町の歯医者さん、ハイタークリニックへようこそ！」

「なんだそのネーミング！　余計歯痛くなりそうじゃねえか！　……って心音！？」

　受付にいたのは、見慣れた茶髪ボブ。こいつほんとどこにでもいんな。よく歯医者の受付なんて難易度高そうなバイト受かったもんだ。

「やっほやっほ健人先輩！　今日はどうしたの？　無意味に歯を削りに来たの？」

「そんなわけねえだろ！　なんで俺自分で歯痛めつけなきゃいけねえんだよ！　ドMじゃねえぞ俺！」

「削った歯は塩と一緒にお肉にまぶして食べると、歯ごたえが増して美味しいよ！」

「その歯ごたえを感じる歯がねえだろ！　無意味に削られてんだから！」

「削った歯にストローはお付けしますか？」

「付けねえよ！　なんで粉状になった歯吸い込まなきゃいけねえんだ！」

　早く受付してくんねえかな。俺歯痛いから予約して来てんだけど。心音と無駄なやり取りしてるだけでも歯痛むわ。

「じゃあまずはこの問診票に記入してね！　身長と体重、何投何打か、ポジション、プレースタイルなんかを書いてくれたらいいから！」

「俺野球選手じゃねえよ！　審判とかメジャースカウトとか野球関連にするのやめてもらえる！？」

「ポジションはフィールダーで間違い無かったっけ？」

「ああクリケットだったのかよ！　知らねえよクリケットのポジション！」

　心音に渡された問診票には、本当にポジションやらなんやらを書くところがある。うん、これは無視だな。とりあえず症状とかだけ書いとこう。

「ほい、書けたぞ」

「ありがとー！　あれ、バッツマンとしての長所が書いてないよ？」

「だから俺クリケット選手じゃねえんだよ！　ちょ、いいからさっさとそれ持ってってもらえる！？」

　ようやく心音は奥に引っ込み、俺も待合室でソファに座る。しっかし痛えな。何が原因でこんなことになったんだろな……。あ、そういやこの間深夜に起きて無意識にチョコレート食べたような……。あれか？

「次は〜、望月。望月、健人さん〜。お忘れもの、落としものの無いようご注意ください」

「電車のアナウンスか！　普通に呼べ！」

　心音のアホなアナウンスに呼び出された俺は、ようやく診察室へと向かった。

　頬を抑えながら診察室へ入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。

「今日はどうされましたー？　無意味に歯を抜きに来たんですかー？」

「そんなわけねえだろ！　なんでここの歯医者無意味に歯を消費すんの！？　……って心音！？」

「やっほやっほ健人先輩！　今日は私が診てあげるね！」

「いやいや、お前医師免許持ってねえだろ。勝手に診察しちゃダメじゃねえの？」

「まーまーそこは気にしないでよ！　私ちゃんと歯痛は治せるからね！　さ、口開けてお腹の底から声出して！」

「合唱練習か！　声出す意味ねえだろ！」

「あー、これは削らないとだね。ちょっと待ってね、電ノコ持って来る！」

「電ノコで削んなよ怖えな！　俺の歯は大木か！」

　心音は一旦奥に引っ込むと、巨大な電動ノコギリを持って来た。おいほんとに持って来んなよそんなもん。怖すぎるだろ。

「じゃあこれで削っていくね！　覚悟はいい？」

「良くねえよバカ！　おいこらやめろ！」

　その時、診察室のカーテンが勢い良く開いて、白衣を着て白い顎髭の生えた男が慌てて入って来た。

「ちょっとちょっと心音ちゃん！　何してるのそんなもの持って！」

「え？　治療ですけど何か？」

「治療に使うものじゃないでしょそんなの！　使うにしてもDIYで使ってね！？」

「あれ、治療器具じゃないんですかこれ？」

「違いすぎるよ！　ていうか勝手に診察しちゃダメでしょ君！　何私が休憩中に勝手に診察室入ってるの！」

「だってご自由にお入りくださいって……」

「書いてない書いてない！　ちょっとこの子採用したの誰ー？　今日でクビにするからね！」

「ええー！？」

　そりゃそうだろバカだなこいつ。しかし電ノコ使われなくて良かった……。

　でも、最後ツッコミ役取られたのちょっと寂しかったな……。