インテリマフィアのオルゾさん、少女を待つ。
その翌日のことである。
「おじい様のところに挨拶に行こうか」
父親であるブルーノ・ロッセリーニの言葉が偽ラファエラことアンジーの耳を打つ。
「おじい様のお屋敷……」
パオロ・ロッセリーニを暗殺する機会がついに来たかとアンジーは思う。それにしたって思っていたよりずっと早かったが。
「ああ、嫌かね?」
ブルーノの視線がアンジーをじっと見据える。
少し不自然な反応だったかとアンジーは反省する。パオロはラファエラにずいぶんと甘い祖父であったと聞いている。乞えばなんでも買ってくれたと。本物のラファエラはもっと喜んだ反応を示すはずだ。
「ううん、嬉しいわ! ただ……」
「ただ?」
アンジーは僅かにカーテンを開けて外を覗くような仕草を見せた。
「騒がしくしておじい様に迷惑がかからないかと思っただけ」
とアンジーは気遣いであったという様子を示した。
ここからでも窓の外には報道陣の姿が見える。
ラファエラが拐われたという事件は公にされていない。警察が公開捜査にしていないと言う意味でもあるし、報道陣に伝えていないという意味でもある。
それでもどこから嗅ぎつけてくるのか、彼らはこのホテルの周辺をうろついていた。
アンジーは続ける。
「おじい様、うるさいのお嫌いでしょう?」
「……優しいな、ラファエラは」
言葉に僅かであるが妙な間があった、アンジーはそう感じた。
何かを隠しているのか、自分が偽物であると勘付かれているのか。ボロを出しているつもりはないが、親子のことである。何か思うところがあったとしてもおかしくないのかもしれない。
ブルーノは続ける。
「どちらにせよ、彼らがいくら騒いだって、城の敷地に入れる訳じゃあない。気にしなくても大丈夫さ」
「分かったわ、おじい様のところ、何時に行くの?」
「今日の昼には行くつもりだが大丈夫?」
「お昼ね。もちろん」
アンジーがわざわざ言葉を繰り返しているのは、情報をヴィテッロ組に伝えるため、そうしろと指示されているためである。
アンジーの身体にマイクを仕込んで盗聴しているのなら、彼女自身の言葉が最も聞き取りやすいだろう。実際、すぐに耳元で声が響いた。
「カクジツニ、ジッコウセヨ」
その後、幾度か耳元で声がしたが、どうもヴィテッロ組は殺しのサポートができないらしい。まあ、想定よりも機会が早すぎるのかもしれないし、他の理由があるのかもしれない。例えば報道陣がいるのは、その中に紛れるには便利だろうが、そこからさらに接近して、こちらに接触するのは難しいだろう。
アンジーは自室に戻り、荷物を引っ張り出す。
ポーチの中にしまっていくのは彼女の手の中に収まる小振りな飛び出しナイフ、口紅に偽装した一発きりの仕込み銃。
靴の踵に仕込んだ刃、青の容器の目薬は毒薬。
これが彼女のちっぽけな武装だった。
「はぁ……」
弱音は吐けない。泣き声は上げられない。聞かれているかもしれないから。ただ、重い溜息を一つ吐いた。
誰かサポートがいるなら別かもしれないが、アンジー自身がこれより大きな武器など持ち込みようがない。
こんな武器でも暗殺が成功する可能性はそれなりに高いとアンジーも考えている。ターゲットに近寄るのが難しいのであって、それさえできれば大口径の銃も破壊力のある爆弾も不要だ。
ただし、アンジーがその後逃げられる可能性は絶無であろうとも分かるのだ。貴族の城の奥で暗殺を実行するとはそういうことだろう。
「ラファエラちゃん? 準備はできたかしら?」
母親の声だ。
「はぁい、ママ! 今行く!」
彼女ら三人はホテルを後にした。追ってくる車やバイクもあるが、警察車両がそれらを追い払って行く。そして車はナポリの市外に出た。平原の少し小高い丘、木立の向こうにロッセリーニの屋敷が見える。屋敷、というか城である。居住しているために城の中は公開していないが、その外見だけでも観光地となっているような建造物だ。
車は警備員の立つ門を抜けて、敷地内をさらに走っていく。
城はずっと正面に見えている。ということは向こうからも見えているということであり、これはヴィテッロ組がどうやっても攻められない訳だとアンジーは思った。
そうしていよいよ車は城のエントランスにつき、三人は精緻な彫物の施された重厚な扉を潜る。
執事らしき男が父パオロに近づいてコートを預かりながら二、三言葉を交わす。
「おじい様はまずは水入らずで話したいってさ」
「そ、そう? おじい様はどこに?」
執事が言う。
「2階のいつもの書斎にいらっしゃいますよ。どうぞ」
そう案内する姿勢を見せた。パオロは軽く手を挙げる。
「私はママと下のサンルームで待っているよ」
「う、うん」
どうにも、とんとん拍子に話が進んでいく。まるで急かされるようだとアンジーは思った。彼女はハンドバッグからこっそり取り出してあった飛び出しナイフを手の内に握り込んで執事に問いかけた。
「おじい様はお元気?」
「ええ、少し前はお嬢様が心配で大変でしたけどね。ご無事で何よりです」
毛足の長い絨毯の上、足音は吸い込まれるよう。
人がいないわけではないが、城の大きさの割には雇っている人数が少ないためか、豪華で、だが静寂の支配する廊下を二人は歩んだ。
そして執事が頭を下げて入室を促した書斎。
「お邪魔します、おじい様」
そう声をかけて部屋に入ったラファエラが見たのは、古風な椅子に座って長い脚を組む、白皙の美貌の男だった。
彼は銀縁眼鏡の奥、碧の瞳を不機嫌そうに輝かせて言った。
「よく来たな。偽物の少女よ」




