インテリマフィアのオルゾさん、ナポリに向かう:2
ステラマリナはシャネルの墨紺のジャケットと、その上に薄手のコートを羽織っている。ハンドバッグは同じくシャネルのもので、黒地に白で斜めに格子模様のステッチが入ったクラシカルな意匠のツイードのものであった。
「よく似合っている」
とりあえずオルゾは褒めた。
「聞いた? この雑な感じ」
ステラマリナは周囲に同意を求める。ラファエラはけたけたと笑い、男たちも苦笑した。
オルゾは溜息を一つ。
「今日という日によくあった、主役を引き立てる落ち着いたコーディネイトでありながらも品が良く、滲み出るエレガンスさは隠しようもない。さすがは素敵な俺の奥様だ惚れ直したところだ」
「棒読み」
「人前で言わせるんじゃねえ」
オルゾの言うように、ステラマリナの装いは普段より地味である。色も落ち着いているし、貴金属もゴールドは使わず、宝石も小振りなものだ。
それでも彼女自身の華やかさは損なわれていない。
一方のラファエラが着ているのはブランド品ではないが、質の良いもので明るく華やかに纏められており、五人の中でまずは自然とそこに視線が集まるような装いであった。
「ラファエラもかわいいぞ」
「ん、ありがと」
ラファエラはすっと左手を差し出した。
オルゾはステラマリナを見る。彼女は頷いた。なるほど、彼女の仕込みであるらしい。
オルゾは右肘を上げ、ラファエラが差し出した手をそこに置いた。
エスコートである。
ステラマリナがラファエラの右手を取った。オルゾは再び溜息を吐く。
「とんだ家族ごっこだぜ」
五人は笑いながらリムジンに向かった。
二頭立て以上で四輪の馬車、それも板ばねのきいた高級な乗用のもののことをキャリッジというが、その中でもさらに御者席と客室が壁で仕切られて独立した構造のものをリムジンという。
それが現代の車のリムジンの語源であり、運転席と背後の客室とが完全に仕切られているのが正式である。
護衛のためエキーノが運転手と話し、アキッレーオが最初にリムジンに乗り込んで座席等を確認する。
無論、首領から回された車だ。問題のあろうはずもなかった。
五人が乗り込めば車は揺れもなく発進する。
「さすがに快適だよな。一杯ひっかけるか?」
出発するなりアキッレーオが備え付けの冷蔵庫を開けて示す。
中には飲み物や軽食が用意されていた。
「仕事前には飲まねえって言ってるだろ。終わったら付き合ってやるからよ」
オルゾはそう答えるが、彼の右肘のあたりが遠慮がちに引かれた。
「飲んでみたい」
なるほど、仕事が終わるということはラファエラがここからいなくなっているということだ。とオルゾは気づいた。
「……軽いのはあるか」
アキッレーオは笑いながら綺麗な緑色の瓶を取り出した。
「シャンパンがあるぜ」
さすがに良い酒を置いてある。オルゾが頷けば、アキッレーオは嬉々として封を破り栓を抜く。
ポン、と軽快な音が車中に響き、気泡の揺蕩う黄金色の液体が注がれた細身のフルートグラスが回される。何となく視線がオルゾに集まったので、彼は杯を視線の高さに掲げた。
「出会いと別れに」
ステラマリナが続ける。
「楽しかったこの二日に」
「えっとじゃあ、名誉の負傷に」
「いつかの再会を願って」
エキーノ、アキッレーオと言葉を続け、そして四人の視線がラファエラに集まる。
彼女ははにかんだ、どこか儚さを感じさせる笑みを浮かべて杯を掲げた。
「この日々、人生最良の日々に」
「乾杯」
杯の縁がそっと合わせられ、彼らはそれを口へと運んだ。
「美味しい」
ラファエラが言う。
クリュグは良い酒だ。だが、彼女が言いたいのはそういうことではないと誰もが分かっている。
「こんな生活がずっと続けば良いのに、そう思ったわ」
ラファエラが呟いた。
オルゾたちはマフィアである。そして彼女は貴族であり、財界の顔である男の娘である。その生活が交わることは二度と無いであろう。
「……『ローマの休日』は終わるのさ」
架空の某国の王女が、過密な公務、スケジュールに嫌気がさしてローマで宿泊地を抜け出し、新聞記者とたった一日の逃避行を行うという映画になぞらえてオルゾはそう言った。
「ここはローマじゃないわ」
しかしラファエラはきょとんとした表情を浮かべてそう返す。
オードリー・ヘップバーン主演の歴史に名を残す名作映画とて、十五の娘には伝わらないのである。
オルゾは憮然とした顔をし、ステラマリナたち三人の笑い声が車中に響いたのであった。
彼らはローマの休日のあらすじをラファエラに説明し、その間にリムジンは一路、ナポリへと向かう。




