エピソード7 シュレディンガーの生徒会準備室
「いやー本当に悪かったね。土曜日に学校に来てもらって」
「いいえ、別にいいですよ。仕方ないことですから」
俺は土曜日に学校に呼び出されていた。
土曜日ですることも無かったのでのんびりと寝ていたのだが、ふと電話を見ると留守番電話が入っていて、学校に来てほしいとのことだった。
何のことかと思って急いでいってみたのだが、なんのことはなかった。
本来4月前半までに提出しておかなければならない転校に関する書類を提出していなかったことが判明したためだ。
これは学校側が慣れていなかったこともあったが、俺も初めに提出しなければならない書類のリストはもらっていて、俺にも不手際があった
だから、土曜日に呼び出されたことに対して、面倒ではあったが、怒ってはいなかった。
「さて、今日はどうしようかな?」
既にこの町にきて3週間。杏里達に紹介してもらったこともあって、大体学校や家の周辺の地理も分かった。
だから今日は家でのんびりしているつもりであったのだが、外に出てきてしまったので、このまま帰って家に戻るのも着替えた手間を考えるともったいない。
そんなことを考えていたためか、下駄箱から反対側に歩いてしまった。
「おっと、間違えた。こっちじゃない」
チャリン!
そう思って振り返ると、足元に何かが当たった。
「何だこれは?」
俺はその音の原因になったものを拾った。
「鍵?」
それは鍵であった。付属のキーホルダーには『生徒会準備室』と書いてあった。
「落し物か。職員室に届けておこう」
「ん? 何か用事かな?」
先ほど書類を渡した先生がいたので、俺は鍵を見せた。
「ああ、生徒会準備室の鍵? おかしいな。今日は佐々木さんが生徒会準備室を使用許可をとっていたはずだけど?」
「佐々木先輩ですか?」
「ごめんね。もしよかったら鍵を持っていってくれないか? 今私しかいないから職員室を離れられないけど、鍵がないときっと佐々木さんが困ると思うから」
土曜日は学校は基本的に行っていない。だが部活は行っており、鍵の貸し出しなどは行われるため、
一部の担当教師が職員室に待機する必要はあった。今のタイミングは偶然他に先生がいなかったので、できれば離れるのを避けたいようだ。
「ええ、それくらいなら」
大した用事でもないので引き受けた。
「佐々木先輩大変だな。休みの日も仕事してるのか。もしよかったら手伝ってあげよう」
佐々木先輩のことだからきちんと計画してできるようにしていると思うが、別に本来いない人が来て作業が早く終わる分にはこしたことはないだろう。
これはほんのきまぐれだ。
生徒会準備室は本館4階にあり、生徒会室の真横に位置していた。
普段来ない場所ではあるが、別段周りに人がいるというわけでもないので、気にすることは無い。
「ああ、そういえば佐々木先輩に用事があったからいいのか」
佐々木先輩は会議が終わったときに俺に連絡先を聞いてきた。まぁあくまでも連絡用のものではあるが、1学年上で忙しい先輩の連絡先を知っておくことは便利である。
その時先輩も携帯電話を持っていたので先輩の携帯を見せてもらって連絡先を確認しようと思ったのだが、充電が切れたということで、結局手書きの紙をもらった。
いつも冷静な先輩がその時だけちょっと慌てていたのは気になったが、見られると恥ずかしいメールや電話でもあるのだろうか。先輩人気ありそうだからな。
「よし、ここか」
生徒会室は教室2つ分はあると思うが、準備室は決して大きくない。
教室の半分から3分の1といったところか。
「どうでもいいけど生徒会準備室って何するところなんだろう?」
一般的に理科準備室とかそういったところには実験器具などがおいてあるものだが、生徒会にそういったものが必要なのか?
教室の2倍の大きさの生徒会室を軽く覗いてみたが、決して散らかっていてものが溢れている様子も無い。
資料とかを置くスペースは十分すぎる大きさで、資料をおいておく必要もない。
まぁ学校の間取りについて俺がきにしても仕方が無い。何か使いどころはあるんだろう。
コンコン。
俺は生徒会準備室の入り口をたたく。
しかし何の反応も無い。
おかしいな。佐々木先輩がここにいるはずだよな。生徒会準備室の鍵が落ちていた以上、佐々木先輩みたいな人が無くなった鍵について何の連絡もしないで帰宅するはずはない。
一旦外に出ているのだろうか? お手洗いとかで。
ガッガッ。
ドアを開けてみるが開く様子はない。鍵がかかっているということだ。
鍵がかかっているということは、鍵がここにある以上は内側から鍵をかけるしかない。つまり、中に人はいるということだ。
一体何なんだ? 休みの日以外で仕事に来ているから疲れて寝たりしてるのか?
だったら悪い気もするが、鍵をここで渡しておかないと俺は一旦鍵を職員室に預けることになる。
すると佐々木先輩は生徒会室の中を探したり、廊下を探したりする手間をかけることになる。
最終的には先生に相談するから気づくことになるが、ただでさえお疲れな先輩に無駄なストレスと労力を与えるのも申し訳ない。
生徒会準備室には小窓がないため、中を見ることは出来ないが、別に着替えをしてたりするわけじゃないだろうし、最悪寝顔を見るくらいならちょっと怒られるくらいですむだろう。
そう思って鍵を使って生徒会準備室の鍵を開けた。
そこにあった映像は言葉で表現するのは難しい。
きっと資料が乱雑にされているであろうと思われた部屋は、確かに散らかっていた。
だが、そこにあったのは俺でも知っている漫画やゲームが散乱していたというものだった。
棚があっても棚にはろくに物が入っていなくて、ほとんど床においてあり、いろんなものが混ざっていた。
中心にはパソコンがあり、そこではアニメが放映されていた。
そしてその中心に位置するのは、皆があこがれるカリスマの佐々木先輩がいた。
しかしその格好はいつものきちんと着こなした制服ではなく、長さはきちんとしていたが、だらしなくしわになったスカート、上も上着を脱いでいてカッターをボタン2枚目まではずしていた。なんすかねこのサービスショット。
先輩はパソコンに向かっていて俺に気づく様子が無い。
え? 何で俺が先輩の上半身の様子が分かるって?
先輩は入り口に顔を向けてパソコンを見ているんだ。先輩が気づいていないからって先輩が俺に背を向けているとは限らないじゃないか。誰への説明だ?
え? だったら何でアニメがパソコンで流れてるって分かるかって?
横にあった鏡に映ってたからだ。先輩は全く鏡を見ていないから俺に気づいてないだけだ。
さてそんな誰に言っているか分からない言い訳はいい。ちょっと動揺している。落ち着こう。
ふぅ……、さてここで問題がいくつかある。
俺はもちろん先輩に気づかれないようにここを出てしまいたい。
だが、俺の目的を果たすためには先輩になんとかして鍵がないことに気づいてもらう必要がある。
こそっと机の上にでも置こうと思ったが、置き場といえる場所の全てに何かがあって置きづらい。
逆にここでなくなってしまったら、俺にも責任が発生する。
かと言って今の先輩に声をかけると、まちがいなく面倒な展開になるに決まっている。
これはどうする?
ティン!
ひらめいた~。鍵穴に生徒会準備室の鍵をさしておけばいいんだ。
今日はまったく学校に用事がある人はおらず、用事があるとすれば部活動だが、部活をやる人間は部活用の館に行くか、職員室に行くはずだから誰も来ないに決まっている。
鍵を刺したままは少し無用心だろうが、生徒会室の鍵ならともかく、生徒会準備室の鍵をわざわざ盗むわけがない。
いいアイディアだ。気づかれないうちにそうしよう。
思いついたアイディアは正しかった。ただ、気づかれることを恐れてほんの少し足元がお留守になっていた。
よく考えればこれだけ散らかっている部屋。入り口付近にも物があるのは当たり前だが、あまりにも先輩の周りの光景に気を取られて全く足元を見ていなかった。
パリン!
何かのケースを思い切り踏んだ。
それに気づき足元をちらっと見て、そのままおそるおそる顔を上げる。
「…………」
当たり前だが、佐々木先輩は俺のことを見ていた。
その顔は真っ赤になり、その後真っ青になっていった。困惑からの動揺からの狼狽であった。
「あ、お疲れ様です。なんか鍵が落ちてたんで届けに来ました」
棒読みで一切の感情を込めずに外に出て行こうとする。
「ちょっと待って! 岩瀬くん! お願いだから説明をさせて!」
「このことは誰にも言いませんし、俺もここを出たら夢でも見たと思って忘れます」
「お願いだから! 違うの! 目を逸らさないで! 出てかないで! あっ!」
がっしゃーん。
佐々木先輩はもちろんパソコンでアニメを見るのにイヤホンをつけていた。
それで慌てて立ち上がったものだから、イヤホンもそのまま引っ張られ、パソコンも持ち上がった。
イヤホンは短めで、パソコンから外れて、パソコンが落下して周りのものにぶつかった。
先輩自信もバランスを崩して、横転した。
本やケースの山に頭が埋まり、腰を上げてなんとも情けないポーズであった。
もし先輩がこっち向きに倒れていたら絶景が見れてしまうところであった。
ただ、顔を真っ赤にして慌てている先輩は、いつもより可愛らしく見えたな。




