エピソード3 重い思いとクラス長
「一応言っておくが俺は毎日カフェにいるわけじゃないぞ」
まるでいつもいるべき場所にいなかったような攻められ方をしたので、俺はそう言った。
確かにカフェにいることは多いが、俺の行動範囲はそこまで狭くない。
「え、対してやることもない岩瀬君が何でカフェにいないの?」
「カフェを遠まわしに悪く言うな。俺とカフェに謝れ」
確かにカフェにいる人は部活をしていない人だから、暇つぶしで使うことになるが。
「授業終わってからずっと待ってたのに……」
ちょっと待て。授業が終わったのは15時くらい。そして今は20時を回っている。
「カフェに1人でずっといて、その後ここで待ってたのか?」
「……うん」
「私のことはやっぱり嫌い?」
「違うって、泣くな。今日は用事があったんだよ」
「そ、そうなの?」
「というか、クラス一緒なんだから、何か用があったなら言えよ」
「だ、だってクラスでは話さないって約束してたし……」
ああ、そういえばそうか。これに関しては俺が悪いか。
とは言ってもやはりクラスで話しかけられるのは少し面倒だな。
「そうだな、俺が悪かった。でもやっぱりクラスで話すのは目立つから、携帯の番号を交換しよう」
「うん、そうだね、はい」
「何だこれ?」
「私の携帯の番号とメールアドレス」
俺の右手に小さなメモが渡され、そこに12桁の番号とアドレスが……」
「ちょっと待て。番号が間違ってるぞ」
「え?」
「12桁もあるぞ」
メモに記されていた番号は、080-××××-×××××で、おそらく俺がここに電話しても確実にかからない。
「あ、ごめんなさい。人に番号を教えるのは初めてだったから……、じゃあはじめの0を消していいよ」
「多分そこじゃないと思う。最後の5桁がおかしいから、最後の1つ消せばいいんじゃない?」
「そこはあってると思うんだけど……、えーとどこ見れば分かるのかな?」
「着信履歴とかないのか?」
「うん、まだ電話したこと無いの。携帯電話もまだ1週間くらいしか使ってないから」
「このメモは?」
「番号が分からなくならないように、買った日に何個か書いたメモの1つだよ」
携帯電話をいじるスピードは恐ろしいくらい遅くて、慣れていない様子がよくわかる。
「えっとな、ここを見るとわかるんだが……。ああ、やっぱり最後の5桁のところが……、ああ、これ9だったのか」
最後の数字が0と1に見えたのは9であった。
藤川さんの字は女の子らしい丸い字体だったが、描いてあるメモ帳が小さいものだから、字がくっついてそう見えてしまった。
というか、この連絡交換慣れしていない感じが実に初々しくて可愛らしい。
「じゃあ俺のも赤外線で送っておくから」
この後赤外線の説明で時間がかかったが、何とか連絡先を交換できた。
「じゃあね」
「あれ? 用事は?」
「別にない。友達と会って連絡先を教えたかっただけ。ありがと」
はにかんだ笑顔で俺に微笑んで背中を見せて帰る。
俺がその場で立ち止まっていると、何度もこっちを振り返って恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「なんか悪いことしたな」
今回の件に俺の落ち度は無かったと思うが、あれくらい一途な行動を取られると逆に申し訳なかった。
次の日、いつも通りの時間に登校すると藤川さんが校門の前に立っていた。
下級生らしき男子生徒や、先輩っぽい人も彼女をちらっと見ている。
朝ということもあって、ちょっと寝ぼけ眼で、大きな瞳がちょっとだけ閉じ気味なので、少しだけ色っぽいような気もする。
俺に気づくと、目でこっちに来てほしいと訴えてきた。
教室はもちろんだが、ここでも一応俺を気にして話しかけないようにしているようだ。
方向的に校舎裏のようだ。軽くうなずいて俺はそっちの方向に向かう。
「今度は何だ?」
「昨日、ずっと待ってたのにメールも電話もくれなかった……」
昨日感じたのと同じ目線を感じる。今回はやって当たり前のことをやらなかったことに対しての不満があったようだ。
「いや……、だってもう帰った時点で21時くらいだったし、へんな時間に用も無いのに連絡したら迷惑だろ?」
「え、じゃあ私を気遣ってなの?」
「ああ、まだ俺藤川さんのことよく知らないしさ。俺も帰ってから飯作ったり風呂入ったり、明日の準備してたら、もう22時だったんだ。さすがにそんな時間には悪い」
いまどきの高校生が22時に寝ていることは少ないと思うが、人によっては早く寝る人もいるだろう。
俺は睡眠を邪魔されるのが本当に嫌いなので、拓也や、これまでの友人には遅い時間や早い時間の連絡は断っている。
「別によかったのに……」
藤川さんはそういいつつ、目をこする。
「寝てないのか?」
「うん、いつ連絡が来てもいいように24時くらいまで起きてた。でも岩瀬君の言うとおり、22時くらいに寝てるときもある。だからありがとう。そしてごめんね」
「ああ、なんか昨日からすれ違いが多いな。じゃあ今日の夜はメールしとくから」
「うん、楽しみにしてる。じゃあね」
そして彼女は先に教室に向かう。俺を気遣って一緒に行こうともしない。
「別に一緒に行くくらいならいいと思うんだがな。同じクラスなんだから偶然一緒になったでいいだろう」
どうも生真面目というか、不器用というか、人付き合いが下手糞というかな。
「おっと、そんなことよりも俺も教室に急がないと」
「よっす、今日も遅めの出勤だな」
教室につくと、拓也とその友人が気づいて俺に声をかけてくる。
俺は遅刻はしたことは無いが、学校につくのはHR開始の5~10分くらい前と早くない。
家からの距離が近いので、よほどのことが無い限り遅刻は無い。
これが電車通学とかだと電車の遅れとかを心配して、1つか2つは余裕のある電車に乗ろうとするので早くつくことになる。
現に友人と遊ぶときには、電車など自分の足だけで行動しないで目的地に行くときの俺は、集合が早い。
逆に近場ならぎりぎりに到着する。
朝に弱い俺と、遅刻を嫌う俺の2つの関係でこういう行動になる。
もちろん遅刻をしないのだから、いずれにしても問題になることは無い。
「別にいいじゃん。遅刻してないんだから」
「いいよな。毎回ぎりぎりに来れるんだから。俺も1人で住もうかな?」
「言って拓也も一駅だけだろ」
「俺は朝練があるからな。ちょっとでも近いにこしたことはない」
「大変だな。俺は朝が弱いから、朝練は無理だな」
「お前部活に入ってないだろう。関係ないじゃないか」
「まあな」
俺がいつも通り話していると、藤川さんと目があい、微笑まれた。
「おっ、珍しいな。藤川さん機嫌いいのかな?」
俺に微笑みかけたとは思っていないようで、拓也にはそういうように見えたようだ。
彼を含めたクラスメイトがその笑顔に見とれる。
話しかけないという約束を守っている彼女に非常に好感を持てた。
「おい太一。昨日の私を好きというのはどういうことなんだ?」
そんなほのぼのとした空気の教室に、いきなり爆弾が投げこまれた。登校してきた由美がいきなり俺の前に立ってとんでもないことを言ってきた。
しまった。藤川さんだけ気にしすぎて、由美に口止めしとくの忘れた。
由美との会話は彼女が超ネガティブなことばかりが気にかかっていたし、別れ際に恥ずかしいことを言って走って分かれたので、仮に口止めすることを考えていたとしても出来たかはわからなかったが。
そうだった。由美は藤川さんと同じで友人はいないが、彼女と違って自分に自信がないだけで、話せないわけじゃない。
クラスで話していることがほぼなかったとはいえ、それは昨日少し話すだけでも意外と話好きなことは分かることだった。それよりも藤川さんは言わなくてもまじめっぽいし、そもそも話さないから言わなかっただろう。
ザワザワザワ!
「おい太一! どういうことだ!」
俺と由美の間に拓也が入り込んで怒鳴ってくる。
見渡してみると他のクラスメイトも、驚いて俺や由美を見たり、携帯電話を開いてどこかに電話やメールをしたりしていた。
「いやいや、クラスメイトなんだから、普通に話すことはあるだろう」
「いやだって好きだとかなんだとか言ってただろう」
「それは皆そうだろう。背も高くて美人なんだから、高校生なら好きになってもおかしくない」
「いや、私は自分が美人だとは思っていない。だが、昨日太一が熱い言葉で褒めてくれた」
「おい由美! 言葉を選んで話せ!」
「由美……?」
あ、やべ。興奮して呼び捨てで呼んじまった。
「説明をしろ! お前にはその義務がある!」
拓也以外の男子も熱気だって問いかけてくる。
普段藤川さんを囲んでいる男子も、今回はさすがにこっちに向かってくる。
藤川さんが可愛らしい美人すると、由美は大人っぽい美人でややとっつきにくいとは言っても、人気の大差は無い。
そんな彼女に隠れたファンや隠れてないファンも多いはずであり、そんな彼女が誰かと話すだけでも目立つのに、特定の男子と関係がありそうな話をしているのだから、騒ぎにならないはずが無い。
「くそ、この女ったらしめ。見損なったぜ」
「ずっと仲良くしてたのに裏切るとは」
「なんだこれは、俺たちの今までの苦労は……」
まだ落ち着かない空気が続き、俺が非常に居心地が悪い思いをしていた。
だが、もっと落ち着かなくなるのはこの後である。
「ん? どうしたの藤川さん?」
男子が俺に詰め寄っていたため、藤川さんの周りには女子が多く集まっていたが、藤川さんが立ち上がったので、疑問に思ったようだ。
「岩瀬君…… 私とは遊びだったのか?」
爆弾投下後の焼け野原に、追い討ちの爆弾が投げられた。もうこれ以上投げたら、今後この土地は復帰しないぞ。
「!?」
ザワザワザワザワザワザワ!
さっきの2倍くらいの大きさのざわめきとどよめきが聞こえてきた。
「聞いてる? 私は名前で呼んでくれないし、教室でも話すなって言ったのに」
「落ち着け、説明を……」
「オイ!! お前何をした!? 催眠術か? 降霊術か? 忍術か?」
「落ち着け。普通の高校生の俺にそんなことできるか!? それに降霊術は関係ない」
「前世で何をしたんだ!?」
「前世のことなんか知らん」
「どうやって2人と仲良くなった!?」
「普通に話しただけだ」
「本当? 藤川さんに山口さん」
「…………」
「…………間違ってはないけど、秘密」
「何も分からないぞ!」
「くそっ。俺も転校するか」
拓也や友人はもちろんだが、俺と話してもいない奴まで絡んできた。
「私も同等の友人のはずだから、私も太一って呼ぶ。 だから私のことは杏里って呼ぶことにして」
どさくさにまぎれて藤川さん、もとい杏里に名前呼びを確約される。
もうこの土地は元に戻らないな~。
その後教師がHRとして来るまで10分くらいだったが、俺が生きてきた中では最も濃い10分間であったと思った。
「と、言うわけで副クラス長は岩瀬太一君に決定しました!」
「横暴だ!」
その後のHRでクラス役員を決める時間があった。
通常クラス役員というのはすぐ決めることが多いが、ここではある程度クラスメイトと過ごしてから、役員を決める。
まだあまりクラスメイトとなじめていない段階でこういうことを決めると、立候補者が出る場合は問題ないのだが、出ない場合は誰かを推薦したりするということもやり辛く、時間が無駄に過ぎていったあげく、先生が無理やり決めたり、くじびきというできれば避けたい結果になる。
それならば、初めの方は教師がある程度こなして、その後で皆で決める方がすばやく決まって時間がかからない。
くじびきや教師が決めるのは、この学校の校風である生徒の自主性を重んじるという考え方と矛盾する。
立候補であれ推薦であれ、生徒だけで決めるのがやはり望ましいというものだ。
実際は、立候補で無い場合は、推薦だろうがくじ引きだろうが指名だろうがあまり差はない。
クラス長といってもそこまで難しいことをするわけではないので、なんだかんだで誰がやってもなんとかなる。
それは誰もわかっていたが、あくまでも、生徒だけで決まるという形を学校ではこだわっていた。
そして今回のHR。クラス長は立候補がいたのだが、副クラス長は立候補なし。
待っていても立候補の様子が無かったので、推薦で決めることになったのだ。
「はい!」
そうすると拓也が手を上げる。その時点でやな予感はしていたが。
「太一がいいと思います!」
「「「「「「異議なし!」」」」」」
「おい待て! こんなのありか!」
「あきらめろ。これが民主主義だ」
「少数意見を大事にするのも必要だと思う!」
「うるさい! お前は相当得してるんだから、苦労しやがれ!」
「じゃあ岩瀬君、お願いできる?」
文句を言いたかったが、担任の先生に頼まれて完全に味方がいなくなったため、断ることはできず。
「分かりました……」
こう言うしかなかった。
「じゃあよろしくね。太一君♪」
その後クラス長であるクラスメイトと2人で会議室に行く。
この学校では、クラス長と副クラス長には月2回生徒会メンバーを含めた会議に参加しているらしく、強雨は全てのクラスでクラス長と副クラス長を決める人いうことで、顔見せをすることになった。
そして、クラス長に立候補したのは、永川水城。
拓也が藤川さん、由美ともにこのクラスで美人であると紹介してきた女子である。
彼女は他の2人と比べて、友人と話している様子も頻繁に見られていて社交的でもある。
俺と話すのはほとんど今回が初めてなのに、下の名前で自然と呼んできたが、不快さが全くないのも彼女の魅力だろう。
そんな彼女と仲良くできる副クラス長のポジションをなぜクラスメイトは望まなかったのか。
その理由が分かるのに、そこまで時間がかかることは無かった。




