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エピソード25 言わないと伝わらない

「お父さん、もしかしてお兄ちゃんを呼んだのは……」


「ああ、このためだ。悪かったね太一君。君が杏里の本当の話し方を知っても、ともに居ようとしてくれるかを知りたかったのだ」


「俺を試したんですか?」


「悪いとは思ったがね。杏里がこれだけ友人と仲良くしているのは初めてでな。そんな杏里がもし急にこの話し方になって、友人を失ったらショックを受けるだろう」


「俺はそんなことしないですよ。1ヶ月も付き合って、寝食も共にしてるんです。今更話し方程度で接し方が変わるわけ無いじゃないですか」


「しかし、だまされていたとは思わないかね?」


正義さんの表情が変わる。少し微笑を浮かべた表情から真顔になった。


俊さんと杏里も表情が変わる。何か空気も変わったようだ。


「杏里のこの乱雑な口調に驚いただろう。君はありがたいことに杏里と1ヶ月決して浅くない時間を過ごしてくれたようだが、この間ずっと君は杏里にだまされてきたというわけだ。友人というのはそんな隠しごとをしていいものなのかい? 作った口調でしゃべるような相手は嫌いなんだろう?」


正義さんは俺の目を見て問いてくる。


「太一……」


杏里も俺のことを見てくる。


「はぁ、杏里、何でそんな不安そうな顔してんだよ。さっき俺が言ったこと忘れたのか?」


「でも……、嘘をついてたのは本当じゃん」


俺を信用してないのか? いや、これは自分が信用できてないのか。さっき言った台詞だって十分恥ずかしかったんだぞ。


しかもさっきは正義さんや俊さんが聞いていないと思ったから言えたのもある。

今度はいることを知った上で言わなければならないのだ。


結果的に聞かれていたから一緒かとも思わなくも無いが、発言時点で自覚があるがないかという差があるだろう。


でも仕方ない。杏里のためだし、なにより何も言わずにここを離れるのは無理そうだし。


「えーとですね。仲間だからって、隠し事をしてはいけないっていうのはちょっと了見が狭い話だと思うんです。俺にだって、家族以外には知られたくない話はあります。でも、彼女達と仲良く出来てます」


「しかし、それを今回君は知っただろう。それについて思うことは無いのか? 一見おしとやかな杏里がこんな口調で思うことはあるだろう」


「いいえ、杏里はこの話し方のほうが杏里らしいです。杏里のこの話し方を変に思うのは、杏里のことをよく知らない人でしょう。俺はさっき杏里に由美達の前では黙っててもいいといいましたが、俺の友人たちも杏里を受け入れると思いますよ」


「それは分かっておる。問題は、君たちをだましていたことの問題だ」


「杏里が今回俺達の前でこの口調を隠していたのは、俺達に嫌われて、俺達の傍を離れたくないという気持ちからでしょう。決して俺達を陥れたりするためじゃありません。だからむしろ感謝しなきゃいけませんよ。俺達のことを大切に思ってくれてるってことですからね」


あーもう恥ずかしい。何で気持ちって言葉に出さないと伝わらないんだろう。


「うむ。君の言うとおりだ。だから私も杏里の口調を注意はしても、無理には治そうとは思わなかったのだ」


「う~」


後ろから唸るような声が聞こえて振り向くと杏里が真っ赤になっていた。


そしてそのまま走って中庭の方に戻ってしまった。


「はっはっは、まだまだ初心だな」


「何いってんすか。原因は正義さんですよ」


「父さん、杏里居なくなったし俺戻りますよ」


俊さんは不機嫌そうに正義さんにそう言うと、離れていく。


「まったく、俊は優秀だが、杏里のことになると愚かになってしまう。杏里がお兄ちゃんと呼ばなくなっただけで、営業成績を一気に落としてしまったこともあるくらいでな」


「ああ、明らかに毛嫌いしてそうな俊さんのことをお兄ちゃんと呼んでるのはそのせいですか?」


「うむ、それだけは杏里に私が頼んだ。俊が仕事できないと会社が傾きかねんからな」


「何であんなに嫌いなんですか?」


「あれはな……、嫌いというわけではなく……、生理的に……」


正義さんが少しどもる。


自分の娘が自分の息子を生理的に嫌っているというのは親として複雑すぎるからだと思う。


「俊は男子高一筋で勉強ばかりしてきていて、女子と何かをするというのはほとんど無かった。だが、スペック自体は低くないから、自分はモテると思っている。そして距離感が分からないからがっついてしまうが、自意識過剰だから落ち込まないでどんどん行く。それで杏里が嫌っているんだ」


「杏里と普通に話すのは無理なんですか?」


「杏里は俊にとって唯一まともに話せている女子だからな。俊はメイドが相手でも口説いたりして、失敗するから、俊の世話は男の使用人か、メイド長にしかさせていない」


なんか俊さんがあわれに思えてきた。そういえばさっき俊さんを助けてたメイドさんは年配の方だったな。あの人がメイド長か。



「まぁ、そんなことよりも、君は杏里に聞いていたよりもいい男だな。あの学校に転入するくらいだから基礎の教養もあるだろうし、真剣な目で言ってくれたさきほどの言葉は信用に値する。しかもいいのは、完璧ではないところだ。あの台詞を平然と言うのではなく、恥ずかしがりながら言うところは、若さが出ていて実にフレッシュでいい。君さえよければ藤川家に婿養子として招いてもよいぞ。俊に足りない部分を補ってくれそうだからな」


「ちょっと待ってください。評価はありがたいですが、俺は藤川家のやっていることに関する知識は全くありませんよ」


杏里のことを正義さんは大事に思っているようだし、それで評価されるのであれば俺が恥ずかしい思いをして発言したかいはあったというもの。


だが、それ以上に話がとんとん拍子に進みすぎて怖い。


「別に知識など後からいくらでもつけられる。それよりも君の杏里への思いを語るときの言葉がしっかりしているのがよかったのだ。いまどきの若いものは自分の意見をあそこまではっきりとは言えん。しかも自分のためじゃなく人のためにな。なんなら、明日からでも私が君を見てやってもいいぞ」


「はぁ、ですが今日の今日ではいと言うわけには」


「まぁそうだな。話をせかしすぎた。まぁでももしよければ、名前だけでも貸してもらえないか?」


「名前ですか?」


俺の名前を何に使うんだろう?


「俊は私の会社の跡取りとなる。その相手は私が選ぶつもりだ。だが、その代わりに杏里に色々な会社から縁談の話があるのだ」


「何でそんなことに?」


「俊はな、女性関係では本当に弱いんだ。それで、女性にいわゆるハニートラップを仕掛けられるとだまされかねん」


俊さん、女性関係において一切の信用なし。


「その点ではまだ杏里の方が安心できる。あの子は身持ちが堅いからな」


「しゃべんないだけですけどね」


「だが最近杏里も17歳になってそう言う話が現実的になってきた。よい相手がいれば別にそれでもいいのだが、まだ学生の杏里にそのようなことを言ってくる相手にはちょっと信用ならん。だが、無下にすると関係が悪くなるから、困っておった」


「大人の世界は大変ですね」


「だから君の名前を借りておくぞ。婚約者がいれば縁談の話も出ないだろうしな」


あれ? 婿養子の話から婚約者になってるぞ。しかも婿養子は断ったのに、婚約者は決定事項になってるし。


「あのー」


「いやーよかったよかった。杏里のことは頼むぞ」


上機嫌な正義さんを前に俺は何も言えなくなった。


正義さんの冗談だよな?



「そんな顔をするな。あくまでも形上で名前を貰うだけだ。君は優秀だし杏里以外にも優秀な女子をかこんでいるようだからな。私がむりやりその関係に決着をつけるのは正しくない。君が誰を選んだとしても、私の会社に呼びたいといったことはうそではない。単純に君を気にいっておるのだ。だが、杏里のことはどんな結果になっても大切にしてくれ。友人としてでも構わない」


「…………、分かりました。俺にできることはそんなにありませんけど出来る範囲でならいいですよ」


「うむ。それで十分だ。話し込んで申し訳ないね。みんなの元に戻りたまえ。また君とは話したいものだ」


そう言って正義さんは話が終わったということで、屋敷に戻っていった。



「あ、お帰り~。これどう~?」

「私すごく興味あったんです。素敵で可愛い服ですよね」

「私がこれを着るのはどうかしらね?」

「ううむ……、素敵過ぎる」


中庭に戻ると、メイドさんが4人いた。まだ杏里は戻ってきてなかったようだ。


「全員で何やってるんだ?」


「たっくん、似合う?」


「いえ、恐ろしいほど似合ってますけど、なんで着てるんです?」


「京ちゃんが着てみたいって言っててね。ほら、京ちゃんって家事好きじゃない? メイドさんって家事をする人のプロみたいな感じだから。そんな話をしてたら、使用人さんが1人メイド服を持ってきてくれて、着てみたの」


「素敵な衣装ですよね。フリルもカチューシャも可愛いです」


京は恐ろしいほど似合っていた。着慣れていない感が全くない。この格好で家事をしたら、本当にメイドさんのようだ。


「私達もメイド服に興味はあったからね~」


水城は嬉しそうに着ている。似合ってはいるが京と比べるとコスプレの域を出ない。


「し、しかし、もう少しスカートは長い方がいいのでは?」


由美も着ているのは意外だったがよく似合っている。

ただ、身長が大きくて足がとんでもなく長いから、スカートの丈が短くなっており、普段よりも見える部分が多くなっていたりする。ちょっと見とれるくらいであった。



「あら? これくらいの方がいいんじゃないかしら?」


先輩も足が長く、しかも一部分が圧倒的に由美より大きいのでさらに短めになってミニスカートみたいになっている。

堂々としているから、活発的に見えてこれはこれでよい。


「今日は先輩へのお礼もありますから、私がご奉仕しちゃいます!」



京が張り切ってシェフの下へ行って何かつくろうとする。


「私に料理を作らせてもらってもいいですか?」


「おう、小さなメイドさん、ご奉仕したいのはあの彼かい?」


シェフも意外と乗り気であった。愉快な人だ。


「ご、ご奉仕……うふふ、あなたの胞子を誤報し放資、フリフリドレスで露出がレス、こんなエッチなメイドにメイドインあなた」


「エロラップするな!」 


「えーと、サンドウィッチでいいですよね。卵、きゅうり、パン、トマトと」


京は何か俺に作ってくれるようだ。


                               「後は睡眠薬と……」



「!!? おい、なんか変なもの入れなかったか? 睡眠薬とか聞こえたぞ」


「嫌ですね、先輩。何を言ってるんですか?」


「ああ、だよな」


「そのとおりですよ。口に出したんですから入れるに決まってるじゃないですか?」


「聞き違いじゃないのか?」


「うふふ、冗談ですよ」  こそこそ。


「冗談じゃないじゃないか!」


「心配しなくても、私1人じゃなくて、5人で分け合いますよ。公平にしなくちゃいけませんからね」


何を? 何をだ?



結果的に睡眠薬はなしの方向になった。どんな方向だ?


そして杏里が戻ってきて、全員のメイド姿を見て、激しく突っ込み、それにより口調がばれたが、誰も気にしなかった。



「今日はカフェで少しのんびりするか」


昨日は正義さんに絡まれた上に、メイド姿の4人にご奉仕という名の強制接待をされて、その後杏里が乱入して、カオスなことになり、気づかれが半端ではなかった。楽しかったけど。


「よっす、今日は誰かいるのか……」


「太一、今日は私だけだ」


今日いたのは杏里だけだった。まだ砕けた口調に慣れていないので一瞬目の前にいる人を杏里と認識できなった。


口調だけでも困惑が半端ないのに、服装まで違和感がある状態のため、停止してしまった。


なぜかその恰好はメイド服だった。


「何でメイド服着てんだ?」



「そんなことも分からないのか。私だけメイド服見せてないんだろう。太一と誰が付き合うかは別としても、条件を同じにはしないと不公平にしかならないじゃないか」


「別に俺はメイド服が好きなわけじゃないぞ」


「嘘をつくんじゃない! あんなにデレデレしてたくせに!」


激しい口調で迫ってくる杏里は、昨日までの杏里と本当に同じ人かと疑うほどであった。


「で、どう思うんだ?」


「まぁすごくメイド服だな」


「語彙が貧困すぎるだろう? サービスが足りないのか? 太一ご主人様、大好きとでも言えば昨日みたいに照れてくれるのか?」


「分かった分かった。落ち着いてくれ」


言動が変わるとともに、行動力も変わっている。


相変わらず教室ではいつも通りなのだが、以前はそこまで大きなギャップはなかった。


しかし、今の彼女と教室の彼女はあまりにも差が大きすぎる。


「で、どうなんだ?」


「背が小さすぎて着られてる感がすげえある。似合ってはいるけど」


144センチしかない杏里は普段の征服も少し手が隠れてしまっている。それが可愛らしくていいし、一部分だけ小さい身長に似合わない部分があるせいで、妙に注目される。


それはメイド服でも同じようで、彼女なりのプライドなのか子供用ではなく、一応一般用を着ているため、メイド服のスカートの裾が地面につくすれすれになっていて、足元も全く見えない。


「なんていうことを言うんだ。じゃあこうすればいいのか?」


そう言うとメイド服を持ち上げて膝の少し下まで上げる。


「どうしてそう思ったんだ?」


「こうするとドキドキするってメイドが言ってたのを聞いた」


「それはメイドが好きな人の場合だろう。俺はメイド好きじゃないって言っただろう」


「じゃあ何で昨日デレデレしてたんだ? それに今もちょっと顔赤い」


「えーと、それは……」


「それは?」


「言わないとダメか?」


「ああ気になる。太一が望むならメイド以外の格好もしてやるのに」


これは言わないと明日からまた違う服装で邪魔をしに来かねない。


「俺が照れてんのは、杏里達が相手だからだよ。普通に気になる相手に可愛い格好をされたら照れるに決まってるじゃないか」


「……………、バッ、太一のバカ」


そしてメイド服のまま外に出てしまった。

こういうところは以前のままなんだな。


「ってこんな格好じゃ恥ずかしくて外に出れない」


しかしすぐに戻ってきたが、こっちには来れないというシュールな展開になり、俺が外に出て、杏里が着替えるのを待つしかなかった。


口調が変わっても結局はあまり変わっていなくて、少し安心したりもした。


「そういえば杏里って、もしかしてなんだけど由美の話し方真似てるのか?」


杏里が着替えて落ち着いたので、一緒に途中まで帰宅したのだが、そのときにふと思ったことを聞いた。


杏里と由美は声の高さが大幅に違うので、聞き間違えることはなかったが、なんとなく似ている感じはしていたからである。


「ああそうだぞ。由美の話し方は私の元の話し方と、大きな大差がない割には上品だからな。1年生のときに由美と同じクラスで、すごく由美の話し方が、丁寧だったから真似た。それだけだ。あまり話さないから生かされなかったけどな」


杏里と由美がすぐ仲良くなれたのは、こういうところもあったのかな? お互い趣味が合うとは言っても、自分からは話さない2人がすぐに仲良くしていたのは気になっていたが、由美のことを杏里が好意的に見ていたと考えれば納得できる話だった。


「由美には言うんじゃないぞ。恥ずかしい」


杏里はそっぽを向いた、多分照れているのだろう。


これは言わなくてもいいことだろう。あえて言わなくても杏里と由美は仲がいいのだから、杏里が恥ずかしくて言いたくないのであれば、黙っていてやろう。


そのまま、杏里のことを聞きながら分かれ道まで一緒に帰宅した。














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