エピソード14 天然とケアレスミスとよく笑う子
水城の回です。ちょっとこれまでの2人とは違う感じに仕上がりました。
「お、おはようございます~」
HR開始直前、水城が教室に走ってくる。
『永川! ぎりぎりだぞ。クラス長がこんな時間に来てどうするんだ?』
担任が水城に注意する。
クラス長である水城は最低でも10分前には来て日誌や当日配るプリントなどを、あらかじめ職員室から持ってくる必要がある。
水城は失敗することが多いが、家がしっかりしているため、就寝時間や起床時間は決まっているらしく寝坊による遅刻だけは無かった。
だが今日は俺がいつもの時間に登校すると、職員室の前で担任の先生に出会い書類を渡されたのである。
だから水城が遅刻しそうであったことを俺は知っていた。
「え、えーとですね~。自転車に乗り遅れたんです」
『…………、どういうことだ?』
先生の思っていることをクラス全員が思った。
自転車に乗るタイミングは完全に乗る人のさじかげんではないのか。
『適当な言い訳をするんじゃない。ちゃんと理由をいいなさい』
「本当なんです~」
『寝坊したのか? 別に1回くらいなら仕方ないこともある。正直に言いなさい』
「違うんです、信じてください~」
「はぁ、水城、きちんと聞いてやるから説明してくれ」
俺はそう言いながら教卓まで出る。
クラスメイトは『自転車に乗り遅れるって何?』という困惑から抜け出せないようで、首をかしげていたり、俺が立って水城のところまで行ったことで、答えを出そうという期待感を出していたりした。
『岩瀬君、君はいつも永川をフォローしてくれているようだが、これはさすがに嘘じゃないのか?』
「いえ、水城はちょっとミスが多いですが、そのミスをごまかしたことはありません。ですから、今日のことも寝坊でしたら寝坊というはずです。だから、信じて聞いてあげてください。水城、言えるか?」
「う、うん。えーとですね、いつも通りの時間に出て自転車に乗ろうと思ったんだけど、私少し助走をつけてから自転車に乗るんだ。そしたら今日は手がハンドルから離れちゃって、サドルに乗れずに転んじゃって、そのまま家の近くにある坂を自転車だけが先に下りてっちゃったの~」
いろいろ突っ込みどころがあるな。
「そしたら自転車が坂の途中の電柱にぶつかってタイヤが壊れちゃって、その修理をするのに1回家に戻らなくちゃいけなくて、それで遅くなったんだ~」
「と、言うことらしいですけど、先生信じれます?」
『う~ん、確かに永川の家の近くには結構急な坂もあるし……、そのすぐ近くにサイクルショップもあるから調べれば分かることだな。なら本当なんだろう、疑って悪かったな。席につきなさい』
担任の先生は、若くて思い込みがたまに強い先生だが、きちんと話せば自分のあやまちを認めて謝ってくれる。いい人だとつくづく思う。
「太一君、ありがと~」
水城は俺にそう言って着席した。
俺が席に戻る途中にも、『理由が分かってスカッとしたぜ』とか、『今度その理由を使ってやろう』という声が聞こえてきたが、皆俺をみて『よくやった』的な顔を向けてきた。
ちなみに、この理由がこの後まかり通ることはなかった。
これは水城が普段から遅刻をしていないからこそ通る理由で、遅刻をよくする人は使えません。
「ほんとに信じてくれてありがとね」
その日、水城が俺に礼を言いに来た。
「別にあれくらい気にしないって」
「でもやっぱり無条件に信じてもらえるのは嬉しいな~、えへへ」
「水城って真面目なのに信用無いのか?」
「う~ん、失敗がやっぱり多いからね。一部の先生には厳しいことを言われることもあるよ~」
水城の失敗はものによっては先生に迷惑がかかることもある。それを厳しく注意する先生もいるのだろう。
「まぁ必要なことは聞いておいて、今日みたいに理不尽なのは シカトしてれば いいじゃんか」
「シカトする? 鹿と……ふふふ」
ちょっと落ち込んでいた水城がくすくすと笑う。彼女はいつも笑っているが本当に笑いのつぼがわからん。
「太一君」
とある日クラス長会議が終わった後、水城に声をかけられる。
「どうした?」
「今日って用事あるかな~?」
「別に無いが、何かあるのか?」
「ちょっとだけ手伝ってほしいことがあるの」
「えっとな。ここは一気に流れを覚えた方がいいと思うぞ」
「でもそれだと覚えることが多すぎない?」
彼女の言っていた用件とは、水城の勉強を見ることだった。
水城はできないことが多いが、勉強もできるとはいえない。
赤点になるレベルとまでは行かないが、平均点がないレベルである。
しかも勉強が出来ない理由に勉強が嫌いというわけではないので始末が悪い。
ただ単に頭が悪いというだけで、授業のノートはきちんと取ってるし、忘れ物もない。
「というか、ここに水城は通えてるんだから頭悪くないはずだよな?」
「ここの試験はマークシート式だったから。5択ならはずさないよ」
「勘か?」
「勘じゃないよ! なんとなく近い答えは分かるんだよ」
マークシートは一般的に5択くらいあり、そのうちに全く違う答えが1つ。なんとなく間違っていそうなのが2つ。かなり正解に近いのが1つ。正解が1つという構成になることが多い。
つまり、きちんと勉強している人間がマークシート試験を受ければ、何とか2択までには持ち込めるということである。
水城はきちんと授業を聞いているので、まったく分からないというわけではないので、近い答えは分かる。
ただ、彼女の問題はケアレスミスの多さであった。
例を挙げてみるとこうだ。
日本国憲法の以前の憲法の名前をカッコ内に記入する問題。
( )憲法 A 大日本帝国
水城のミス (大日本帝国憲法)憲法
カッコの後ろの憲法を見落として減点。あるある。
主に草を食べて生きる動物の名前を書く問題。
A 草食動物
水城のミス 草食系動物 動物界の絶滅が増えそうだ。
水素が燃えると何になりますか?
A 水
水城のミス ヘリウム 厳密に言うと間違いでもないらしいが。
とまぁ、教師が×にしずらいミスを連発し、そこそこ出来ているのに成績が安定しないという1番かわいそうな結果になっていた。
クラス長だけでなく、勉強もミスがあまりにも多いとはいえ、がんばっている水城に力になってやりたいと思って少し時間を割いてやることにした。
多分水城はやり方の効率が悪いとか、そもそもやり方がわかっていないだけであり、努力の方向性さえ示してあげれば、何とかなると思う。
「えーと、オマーン国の首都はマスカット……、うふふ」
また何か笑ってる。本当に何なんだ?」
「しかし水城が優秀になったら、今より人気が出るんじゃないのか?」
水城はその見た目と人当たりのよさで人気があるが、クラス委員としてのやらかしの多さから付き合うにはちょっとという意見も多くあるので、その欠点がなくなれば、それこそ佐々木先輩くらいのカリスマ性ができると思うが。
「え? 私は太一君が見てくれればうれしいよ」
天然ストレート炸裂。水城は他のメンバーに比べてあまり態度に表れないからつい忘れがちだったが、告白された相手だった。
「ん? どうしたの?」
水城が首をかしげながら俺を見てくる。おそらく確信犯ではないだろうが、天然は天然でつらい。
「まぁ今日はこれくらいにしておくか。今度カフェの2階で一緒に勉強しよう。先輩に協力してもらえればはかどるだろう」
先輩は学年1位の秀才。水城も先輩を尊敬しているし、教えられれば喜ぶだろう。
「うん、ありがと、でも美香先輩がいなかったら頼っちゃうね~」
なんとなく助けたいと思わせる甘えた笑顔。それを見るだけで勉強を見てあげたかいがあるとつい思えてしまった。
「とりあえず校門まで一緒にいくか」
水城と俺では校門を挟んで帰る方向が真逆のため、一緒に帰ることはできない。だからそこまでだけ一緒に帰宅する。
水城は自転車を押して歩いている。
「こうもん……」
「おい、マンホールが開いてるぞ。下見ておかないと躓くぞ」
「まんほーる……」
「そういえばカフェにメニュー増えたな。ミルクセーキとかカフェラテとか、あんみつにクリームパイ、まだ暖かいのにあんまんも置いてるらしいぞ」
「うふふ、そ、それは、たくさん増えたんだね……」
「さっきから何を笑ってるんだ?」
「な、何でもないよ~。思い出し笑いだから……」
ブーン!
「おっと!」
水城が笑っているのが気になって、前を見ておらず、目の前を車がスピードを出して通り過ぎる。
俺は水城の前に手を出して、歩くのを止めた。そのせいで水城がちょっとバランスを崩して俺に寄りかかる。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう」
「…………」
「…………」
なんとなくくっついたままどちらも離れないままでいた。
気まずいが嫌な気持ちではなかった。
「で、でもさ、俺達も前見てなかったけど、あの車も悪いな。出しすぎだし、早すぎるだろう」
「出しすぎで早すぎ……、うふふふ。ごめんなさい、もう帰るからじゃあね。また明日~」
水城が笑ったまま、自転車に乗って帰宅してしまった。
今日は特に目立ったが、普段からこういうことがよくある。
なんで時々へんなタイミングで笑うんだろうな?
これはR-15いらないですよね。変なことは何も言ってないですよ。




