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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第6巻
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防衛魔術のお勉強

「とゆーわけで、久々のおさらいってわけ」

『なるほどなー』

『でも、りょーへーが無事でいるためだもんな!』

「ま、そーゆーこと」


 自宅に戻ってきた後のこと。

 僕が真面目にお勉強をしていることを不思議に思ったチビたちに問い詰められ、今日のお店でのやりとりを話した結果がこの反応である。うん、チビたちがマジで正しい。


「いつでも逃げられるとも限らないから、大事なんだけども」

 そう言いながら、防御用の魔術をまとめたノートと睨めっこする僕は、でもさあと呻く。

「……できる気がしないんだよなあ……」


 護身に使う魔術はいくつかあるけど、大まかに分けるとこんな感じ。


 いち、シンプルに身を守る防御魔術。

 相手の攻撃を防ぐ、弾く、魔力で作った防壁である。梗平君が使ってたのもこれ。

 とてもオーソドックスだけど、魔力または物理攻撃を魔力で防ぐので、汎用性は高いけどコスパは悪い。魔力だけ防ぐ防壁、物理だけ防ぐ防壁、両方防ぐ防壁の順で魔力消費がえげつなく増え、魔法陣が細かくなってくる。多分めっちゃ練習が必要な代物である。


 に、相手を惑わして逃げる隙を作る幻影魔術。

 幻を作って注意を引く、分身をたくさん作って狙いを分散させる、姿消しの魔術で隠れる。

 いわゆる、たぬきのドロン! だ(って言ったら梗平君の目が死んだ)。

 魔力消費はものによっては程々で済むものの、魔術の作り込みを丁寧にしないと速攻でバレる。まあ、バレる前提で目眩しという手もあるけど、目眩し無視して術者を襲ってくるおっかない魔術師もそこそこ多いので、これはこれで要練習である。


 さん、助けを呼ぶ。

 全力で他人に頼っていく安全策。っていうとなんだかあれだけど、魔術師の襲撃って人目についてほしくないことがほとんどだからね。なんなら防犯ベルを鳴らしたって嫌がられる。

 まあ、その辺は魔術師も第三者に見つかりたくないから、あらかじめ人よけの魔術を使ってることがほとんどらしい。よって、その魔術をいちはやく打ち破り高らかに助けを求めるだけでも、結構生存率は上がるらしい。


 なお、ここにプラスして「やられる前にやる」という物騒極まりない護身もあるにはある。ただし僕には無縁の代物であり、ここでは割愛する。


 というわけで、最初の3つの魔術についておさらいを開始した、んだけども。


「思うんだけどさ。魔術って魔法陣構築して、詠唱するわけでしょ」

『そーだな』

「相手がすでに臨戦態勢とってる時点で、手遅れでは……?」

『……そういや』

『そーだな』

 顔を見合わせて頷きあうチビ達を横に、僕は頭を抱えた。


 確かに僕は、おおよその魔術は一言詠唱で済ませられる。せーので魔術を構築するだけなら、実は結構有利らしい。周りに無詠唱の方々しかいないから、いまいち実感はない。

 しかしだ。すでにロックオンされて魔術も発動準備万端になってから動く場合、一言だろうが詠唱は詠唱だ。多分、いやほぼ確実に間に合わない。


「詰んでない?」

『おれらが事前に、なんかおっかないのがいるぞーって教えたら間に合うんじゃねーの?』

「それなら逃げる」

『だよなー』


 これおさらいの意味なくない? って身も蓋も無い疑問が頭をよぎる。多分あんまりない。無いけど、梗平くんが言う通り、時間稼ぎくらいはやらねばなるまい。


「……うーむ。梗平君みたいに、逃げらんないなって思ったらすぐ魔術を……いやいっそ逃げながら逃げられなかった時用に魔術を組むとか……?」


 それなら、幻影魔術が最優先かな。いやでも、探知されちゃう前提で考えると、防御魔術にするべきか……?


『なーなー、りょーへー。襲う相手を探すための魔術ってないのか?』

「探知魔術? あるよ。あるけど、使った時点で相手にも探知される」

『そりゃーダメだなあ』

「ダメなんだよ」


 襲撃者に僕はここにいます! って教えるのだから、普通に自滅行為だ。

 そういう意味で、チビ達には本当に助けられているのだ。雑鬼は無害すぎて、おっかない連中の視界の隅でうろちょろしててもほぼ無視されるからね。やばそうな奴から逃げるのも当たり前だから、挙動不審を怪しまれない。

 ただまあ、チビ達が見かける前に僕の元に来たらどうしようもないんだよね。ノワールの時みたいに。なんなら元凶の元に突っ込んできて、僕を盾にするまで証明されている。


「うーん……チビたちみたいにやばいのがきてるぞって、常時教えてくれるものがあればいいんだけどねえ」

『じゃあ、俺らが側にいていいのか!?』

『ずっと一緒か!?』

「いいわけないでしょーが」


 一発アウトでノワールに殺されかねない。護身どころかオウンゴールだ。


『えー!』

『なんでだよー!!』

「ここでブーイングされる謂れはないんだよなあ……」


 俄かにやかましくなってきて、勉強から意識が逸れかけたその時、肩にずしっと重みが乗った。


「ジャック? どした?」

 声をかけると、こめかみのあたりをザリザリと撫でられた。ちょっと痛い。割と甘え上手だけど、なんとなくいつもと違う感じがして首を傾げる。

『あ、もしかしてジャックがついて行くって話かー?』

「え、そうなの?」


 チビの思いつきになんとなく相槌を打ったら、絶妙なタイミングでにゃー、と鳴かれた。日本語聞き取ってんの?


『それありかもなー』

『鬼がダメでも、猫又のなりかけなら許されそう!』

『猫なら怪しまれないしなー』

「……いやー、うん。それはそれで、ちょっと厳しいんじゃないかな……」


 大の男が肩に猫を乗せて街を歩く。絵面もちょっとあれだし、下手すると動物愛護的な意味で通報されてしまいそうだ。

 そうやんわり伝えると、チビたちは一斉に首を傾げる。


『りょーへー、気づいていないのか?』

「何にさ」

『そいつ、見える奴以外には見えないぞ?』

「へ?」

『基本、姿を隠してるから見えないぞ。俺たちと同じだ』


 その言葉を聞いて、思わず肩にいるジャックを持ち上げる。大人しくされるがままのジャックとしばし見つめあった。


「……実体だと、思ってたよ……」


 いやその、言い訳させてほしい。僕は最初ジャックを猫と思っていたし、今もちょっと賢い猫くらいの感覚で養っている。仮契約しているのは念のためで、それも最初に首輪をしてからというもの、特にしなければならないこともないので、ほとんど頭に浮かばない。鬼狩り云々で心配したのはしたけど、眞琴さんが戻ってくるまでは保留案件だったので、契約した事実ごと棚の上に置いていたのだ。

 ついでに、ジャックを引き取った時の僕は疲れ果てていて、猫だろうが妖だろうがどうだっていいの精神で寝落ちたほどだ。猫を見たのは僕とチビたちだけだから、見えない人がこの場にいなかったのもでかい。妖気が薄かったこともあって、姿を隠しているかどうかの見分けも非常に分かりにくかった。


 ……うん、本当に言い訳だな。


 よーするに僕は、素でジャックが実体を晒したままだと思い込んでいたのである。魔女様にバレたら再教育案件だ。


「……黙っていよう」

『何をだー?』

 不思議そうに首を傾げるチビたちの口止めをしっかりとした上で、僕はジャックをおろし、腕を組んで考える。


 ジャックを連れて歩き、危ないなと思ったら知らせてもらう。そしたら僕はすぐに逃げつつ、身を守るための魔術を準備する。うん、結構有用な護身手段である。

 問題は、棚に上げていた「ジャックとの契約は鬼使い的な意味でやばくないか」という例の問題だけである。もしアウトなら、肩に乗せて出歩くのは僕はヤバい奴ですと大声で喧伝しているのと同じである。


「……うん。眞琴さんに相談するまでは保留だな」

『魔女様、おっかないもんなー』

『りょーへーは魔女様にほんとーに頭が上がらないなー』

「うるさいな、その通りだけども」


 囃し立ててくるチビたちをあしらいつつ、僕はとりあえずノートに目を落とす。鬼使い云々の問題がなかったなら、ジャックに危機を知らせてもらってからでも役に立ちそうな魔術がいくつかある。今日はとりあえずその辺をおさらいしよう。


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