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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第6巻
83/84

身の回りに要注意?

 悲しいことに、僕の願いはなかなか通じない。

 眞琴さんはさらに一週間経っても帰ってこなかった。


「……いくらなんでも働きすぎじゃない?」

「老害どもが騒ぎ始めているから、押さえ込むのに苦労しているのだろう」

 梗平君のナチュラルな罵倒に慄きつつ、僕はそっと横顔を伺う。

「……この非常事態で、元気だね?」

「有事に役に立たないから放置してたら、暇にかまけて余計なことを企て始めた形だな」

「うわあ……」

 なんというか、ザ・政治というやつである。上に立つのって大変だね……。


 ドン引きしつつ、梗平君の指示通りに魔術書を運ぶ。今日は魔術書魔導書サイドの書物整理をすることになった。魔力の流れを整える、魔術書の虫干しってやつだ。本当なら眞琴さんがいる時に、薫さんに手伝ってもらいつつやるのがベストなんだけど、眞琴さんがまだ戻ってこれそうにないので、僕らでやることにした。

 薫さんは呼ばないのかというと、眞琴さんがいないので断念した。薫さんの片付けスキルは本当に素晴らしいんだけど、魔術書を運ぶ順番が選べない。その分を僕ら魔術師組で調整しなければならないんだけど、眞琴さん抜きでやると追いつかない可能性が高いからだ。ほんと、あの手際の良さは惜しいんだけど……薫さんの天然ぶり、魔女様はいつか解決するつもりがあるのだろうか。

 まあ、そんなわけで。僕ら二人で、運んでる魔術書についての講義を梗平君から受けつつ、地道に作業を進めているのであった。


「あれ?」

 そんな中、見覚えのない魔術書が目に入る。表紙を見ると、数字だけのタイトル。著者名も書かれていなかった。


 魔術書に著者名が書かれていないっていうのは、滅多にない。魔術書とは魔術師の功績そのものであり、俺が開発したんだぞっていう著作権的な主張でもあるからだ。これを出さない魔術師というのは、その辺の主張を諦めてでも名前を出さない、出せない事情があるということ。つまり、ほとんどが曰く付きのアレな魔術書なのである。


「梗平くーん、この魔術書知ってる?」

 よって、下手に触れずに先輩魔術師の指示を仰いだ。足早に近寄ってきた梗平君は、僕が指差す魔術書を見て、一つ頷く。


「つい先日、眞琴が転送してきた魔術書だな。要約作業予定と聞いた」

「あ、そうなんだ。じゃあこれは分けて置いとく?」

 魔女様セレクションなら、まあ大丈夫なのか。そう思って聞くと、梗平君は首を横に振り、すっと手を伸ばして本を取り上げた。

「こちらで処理しておく」

「あー……結構ヤバめなやつ?」

「よほど上手く扱わないと自滅する類の魔術だ」


 めちゃくちゃやばい系の魔術書だった。そういうことなら是非とも先輩魔術師にお任せしたい。おとなしく引き下がった僕を、梗平君は面白そうに見上げる。


「涼平さんにも資格はある。読んでみるか?」

「結構です。僕は基礎的魔術で生活を少し快適に出来れば満足なので」


 しゅたっと手をあげて宣言する。過日の魔王だの百鬼夜行だのを横目で見ていたわけだけど、僕にあんな魔術バトルができるようになるとはこれっぽっちも思えない。絶対無理、普通に死ねる。防御魔術ですら、土壇場で組み立てられる自信がない。バイクで逃げる方がまだワンチャンある。

 ということをほぼオブラートに包まずお伝えすると、梗平君は肩をすくめた。


「魔術師は最低限、身を守る術くらいは覚えた方がいいとは思うがな」

「その心は」

「拷問してでも情報が欲しがる輩が一定数いる」

「眞琴さんも言ってたけど! ねえそれマジなの!?」


 いや、僕だって覚えてはいるんだ。鬼使いについて教わった時、鬼使いは超レアだから洗脳して利用しようとかそういうおっかない人たちに捕まるかもしれないよって脅されたことは。

 ついでに、それからしばらく護身系の魔術と魔術界の常識をびっしばしに叩き込まれたことも、骨身に染み込んでいる。けどその後、僕個人を狙う人とか今まで出会ったことないし、教わった魔術を使う機会もなかったので、大袈裟気味に脅されたと思っていたのだ。


 びびり上がりつつ言い訳を並べた僕に、梗平君がため息をつく。

「……涼平さんは危機管理が得意なのか苦手なのか、判断に悩む」


 梗平君曰く。

 僕はこれでも一応「魔女様の弟子」として店員をしている間にそれなりに周知されており、魔女様に「手出しをするな」と釘刺しをしてもらっている状態、らしい。

 何せ、この世界でも有数の魔術書・魔道書専門店だ。異世界の魔術書仕入れ先まで確保している店なんてそうそうないということで、魔術書ならまずここ、という知る人ぞ知る名店なのだそう。

 そんなお店の店主様直々に保護している弟子にわざわざ手を出すなんぞ、本が手に入らなくなるのが

確実なのだから、よっぽど頭のおかしい人じゃなければありえない、というわけだそうだ。


 ほーほーなるほど、と感心して頷く僕に、梗平君はさらりと付け加えた。


「だが、鬼使いだという事実が知られればその限りではない。裏の世界の連中であれば、魔女など気にせず手出しをしかねない」

「上げて落とすみたいなことする?」

「事実を指摘しているだけだ。それに、先日も話したが、鬼狩りに見つかったら即討伐対象にされてもおかしくはない。特に今は眞琴が家のことで手一杯になっているからな。気をつけるに越したことはないだろうな」

「はーい……」


 良い子のお返事はしつつも、どうすればいいのやら。とりあえず、防御魔術の見直しでもしておけばいいんだろうか。

 首を傾げる僕を見て、梗平君はため息をつく。


「……まあ、貴方を見て即排除対象と見做せる奴がいるとしたら大したものだが。利用しようとする輩は必ずいるだろうから、貴方に近づく人間には気をつけたほうがいいだろうな」

「はーい」

「それと、護身用の魔術は見直しておいたほうがいい。1秒が命運を分けることもある。魔王襲撃の時も、俺が数秒稼いでいなければ死んでいた」

「ど正論……」


 そう言われてしまうと弱いというか、中学生にばっかり無茶させるのもどうかというか。仕方ない、ちょっと真面目に見直すかという気にならざるを得ないのである。……どうも、その辺りを分かった上で突かれているような気もするけど。


 こーゆー厄介ごとから逃げたくて、適度に真面目にやってきてるんだけどなあ。世の中思うようにはいかないのである。とほほ。


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