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知識屋  作者: 吾桜紫苑
第6巻
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紅晴の傷

 魔女様が戻ったらジャックのこと相談しよう。

 そう決めたは良いものの、肝心の魔女様がなかなか戻ってこなかった。なんと今日で一ヶ月が経つ。前回が二週間ほどで休日を確保出来ていたことを思い出せば、今回の大変さが浮き彫りになるというものである。


「まーだ忙しいんだねえ……」

「そうだな。今回は大規模な百鬼夜行になることを予測して、苦肉の策として外部から随分と助力を請うた。その後始末が長引いているんだろう」


 梗平君の淡々とした相槌にふと気になって、聞いてみる。


「こないだの話もそうだけど、梗平君って、外の魔術師がまあまあ嫌い?」


 いやまあ、街が一瞬に瓦礫になるかも、なんてのは普通に怖い話だし、警戒するのは分かる。けど、このマッドサイエンティストが、街の内外はおろか陸の果て海の向こうなんぞ知識欲の前にはなんぼのモンじゃい、みたいな反応をしないのは、僕としてはちょっとばかり意外だ。

 なんてことを一応はオブラートに包みつつお尋ねしてみると、案の定あっさりと首を振られた。


「知識に貴賎はない」

「ですよね」

「ただ、この街の守護の一族の一端として、この街の過去を学んだ身としては、外部の魔術師術師は信頼に値しないと考えている」

「……なるほど」


 あ、やばいこれやぶ蛇だ。すすっと距離を取ろうとした僕を視線一つで縫い止め、梗平君が淡々と続ける。


「かつてこの街が魔王級の妖に襲撃された際のことだ。守護の一族による救援要請に対して、外部の魔術師集団は様々な理由をつけて応じなかった。ようやく人材を派遣したのは、襲撃からおよそ1ヶ月後。襲撃された人間が死に絶えてのち、事後調査と称して荒らすだけ荒らして去って行ったという」

「……」

「今回も、あちらこちらで街の事情を嗅ぎ回っている気配がある。魔術師としての知識に興味はあるが、自衛のためにも街の術者は積極的な交流を取ろうとはしない。商売を通して線引きしつつ上手く付き合っている魔女が例外中の例外だ」


「……なるほどー……」

 それはまあ、仕方ないよねとしか言いようがない。というか、部外者の僕ですら、なんだそれふざけんなと言いたくなる話だ。


「なんというか……世知辛い? そっちの問題はそっちで片付けてね、みたいな」

「……そうだな」

 何やら含みのある相槌が返ってきた。まだ何かあるとか、嘘でしょ……。


 しかもこの濁し方、これだけ情報をダダ漏らして巻き込もうとする梗平君ですらこれである。何があったの、本当に。


「……ん? そうなると、あのムキムキマッチョな集団は、前回も今回も来てたよね? あの人たちはいいの?」

「事件の後にハイエナの如く勢力を増した連中だ。ハゲタカ扱いされても動じず利益の拡大を図る、守護の一族としてはあまり深入りしたくはない連中だな」

「そ、そか」


 僕が思った以上に、この街の術者達は外部の魔術師への心象が悪いらしい。なるほど、それで眞琴さんがお手伝いのお礼他諸々、後始末を一手に引き受けているわけね。


「……そう考えると、眞琴さんは寛容というか、その辺は割り切ってるのかな」


 眞琴さん、あれで情に厚いからなあ。思うところがないはずはないけど、背に腹は変えられない的な腹の括り方をしている気がする。街が滅びるよりマシ、みたいな感じ。あるいは知識屋の超面倒くさいお客さん相手みたいに、メリットになるなら存分使い尽くしてくれよう、みたいな魔女様モードかもしれないけど。

 なんて、これまでの付き合いから僕はのほほんと予測したわけだけど。


「眞琴が割り切る? まさか」

 たいそう珍しく薄い笑みを浮かべた梗平君の意見は、真逆だった。


「魔女がそんな生ぬるい「気まぐれ」を示すわけがないだろう」

「……ええと?」


 僕が見返した梗平君は、笑みを浮かべたまま僕を振りあおぐ。


「逆だ。眞琴はこの紅晴で誰よりも何よりも、襲撃を傍観した連中に怒っている。今後連中が何を差し出そうと土下座しようと、靴を舐めようが、決して許すことはない」

「……」

「だからこそ、いつどこで死んでもおかしくないような戦場に、年端もいかない外部の術者を最前線に立たせる真似ができた。基本的には人の好い眞琴が、だ」

「……」


 ああうん。これはなんというか、僕があまりにも無遠慮だったと認めなければいけない。


 多分その事件とやらは、この街を守る術者達にとって、僕には想像がつかないほど深く大きい傷なのだ。当時まだ子供で、直接に事件に関わったわけではないだろう梗平君すら、こんな顔をしてしまうくらいに。

 テキトーな僕だけど、一応この歳まで生きてきて、そういう「年月を経ても癒えない傷」があるということがどういうことか、見て聞いて、知っている。


 だから、これは気軽に振ってはいけない話題だったのだ。


「そっか。教えてくれてありがとね」

 だから、それだけ言って話を打ち切った。


 そんな僕に、梗平君は複雑そうな顔でため息をつき、こんなことを宣った。

「……貴方は、無関心という武器の使い方が随分と上手なんだな」

「ええ……大人の対応しただけで、そこまで言う……?」

「気遣いからくるものであればともかく、貴方のそれは逃避だろう」

「…………」


 このクソガキ、ほんまいっぺんキュッとシメてやりたい。絶対無理なんだけど。


 胸にブッ刺さった言葉の棘を押さえながら、僕は心の底から、眞琴さん早く帰ってきてと祈るのであった。


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