魔術の世界と契約の常識
さて、バイトを終えて知識屋に向かった僕は。
「……ま、そうだよね」
「文句でもあるのか」
「ううん。予想通りだなあって」
梗平君が当然の顔をしてお店番に入っているのを、僕は静かに頷いて受け止めた。
僕にとってはジャックに癒された3日間だけど、眞琴さんにとっては先日の百鬼夜行の後始末に追われまくった3日間なのだ。前回の魔王襲撃後にもやばい隈を浮かべていたことを考えると、しばらくはお店に顔を出す暇もないだろう。
「眞琴さん、最低限の休憩くらいは取れてるといいんだけど」
「今回は早晩に中西病院の医療者が派遣されている。眞琴も複数回寝室に叩き込まれていた」
「へ、へえ……」
何気なく心配を口にしたら、やたら生々しい情報がもたらされた。中西病院っていうのは、紅晴で一番大きな総合病院だ。僕も何度か行ったことがあるけど、あの人たち、魔術関係の怪我人も対応してたのか……。
「怪我人の治療は順調だそうだ。建物の復旧も今の時点では問題がない」
「前回もそうだったけど、道路とか建物が復旧されるの、異様なくらい早いよね?」
道路も建物もバッキバキにされてたわけだけど、ニュースはおろかSNSでも一切騒がれてなかったので、ほぼ完璧に復旧されていたはずだ。ほぼ夜明け近い状態からと考えると、魔術を使ったって大したもんだと思う。
そう指摘すると、梗平君も頷いた。
「外部の協力を得ている。基本即戦力としての活躍はせず、後方支援に絞って手を貸してきたらしい。随分と恩の売り方が上手い連中だ」
「いや言い方」
思わずツッコミを入れると、梗平君は静かに目を細めて僕を見返した。言い知れぬ迫力に、思わず背筋が伸びる。
「……この街の建造物の8割強に、外部の術者が手を入れた。その意味が分からないのか」
「ええと……」
「今後その術者と敵対した場合、一瞬でこの街は瓦礫に帰すぞ」
ゾワっと、背筋が冷たくなった。
顔を強張らせた僕に、梗平君はあくまで冷静に告げる。
「外部を入れるというのは、そういうことだ。眞琴も覚悟の上だろうが、涼平さんも安易に他の魔術師に頼ることはしないよう覚えておけ。魔術の世界は一般とは常識が違う」
「……了解」
僕としてはかなり大真面目に頷いたのに、梗平君は何故か眉を寄せた。
「……なんだろうな。貴方がそうしていると、何かしら訳の分からない理由で外部の術者に頼り、訳のわからない結末に漕ぎ着けそうな気がしてくる」
「なんでそんなこと言うの……?」
なんとも理不尽なことを言われつつ、僕たちは知識屋の解錠作業に取り掛かった。
***
梗平君がいる間は、僕が表、梗平君が裏の担当で固定だ。理由は簡単、表の世界では中学生が店番を認められるはずがないから。
……なんだろう。当たり前なんだけど、実質の責任者は梗平君だと知っている僕としては、身の置き所がないというか、少々気まずい。幸いというか、梗平君はその辺りはこれっぽっちも気にしていないようだ。
粛々と準備を済ませてお店番を開始した梗平君によろしくと頭を下げて、僕は表のお店番を開始した。
といっても、相変わらずお客さんは少ない。いつも通りカウンター裏でこっそり魔術書を読む。今回はジャックに関係して、契約魔術について勉強することにした。
「んー……契約魔術は、人間と幻獣が交わす契約である……幻獣?」
聞いたことない単語だなと首を傾げるも、とりあえず妖怪と同じかなと仮定して続ける。あとで梗平君に聞いてみよう。
脳内メモを残しつつ、ぺらりとページを繰る。時たま来客を捌きつつ、契約魔術について読み解いていくと、まあざっくりまとめればこんな感じ。
契約魔術は、実力で屈服させるか、稀に魔力の相性が良く妖に気に入られた場合に行える。契約によって魔力が互いに流れ込む。妖にとって、契約者の魔力は力の維持どころか体の構造維持、ぶっちゃければこの世界での生命線となる。だからこそ、契約をした妖は契約者に絶対服従して、何がなんでも守ろうとする。
(……あれ。なんか、思ったより大ごとなのでは??)
今更遅すぎる、とツッコミが入りそうなことに気づいてしまった。助けるために契約したのは確かだけど、僕としては応急処置的な意味合いだったんだけど。
ううむ、と少し悩むも、互いに仮の契約に過ぎないし、相手はほぼ猫だ。僕も基本的には命を危険に晒すつもりはこれっぽっちもないし、……。
(……ここ最近を振り返ると、なあ……)
魔王襲撃に百鬼夜行と、まあまあどころではなく命の危機だったわけで、大丈夫とは言い難いなこれ。どうして本屋のお店番やってるだけのはずなのに、気づけば命かけまくってるんだ。
ま、まあ、そういう意味では、今後ああいう危険を犯すのはジャックも道連れにしてしまう、ということに気をつけないといけない。僕も好き好んで命をかけたくはない、というか二度とごめんだ。
うん、と頷き、僕は魔術書の読み解きに戻る。
読み解いていくうちにわかったのは、幻獣の正体だ。どうも、異世界にいる生命体がこちらの世界に何かの理由で迷い込んだ際、核──魂的なものっぽい──の周りに魔力を纏わせて実体を構築しているらしい。だけど、この世界の魔力濃度だと自然中の魔力のみでは実体を維持できないので、魔術師と契約して魔力を供給してもらうか、魔力持ちの人間を食べて維持するかの二択なんだそうだ。
……うん。そりゃあ、力づくで屈服させて契約するわけだ。食うか食われるかみたいな物騒な話だった。
そう考えると、妖との契約とはちょっと違うのかもしれない。チビ達、異世界生まれなんかじゃないし、魔力供給なんかしなくてもめちゃくちゃ呑気に過ごしてるもの。
(……うん?)
ふと気づいて、首を傾げる。そういえば、眞琴さん曰く、僕は鬼使いとかいう能力持ちらしい。鬼に魔力をあげて、鬼を戦わせることが出来るとか、そういうやつ。
とはいえ、僕はチビ達という雑鬼にしか接することがない。そして、こいつらにいくら魔力を流したところで走って逃げる速度が上がるか、せいぜい潰された時に重たいだけでは? という身も蓋もない結論を元に、魔女様すらそのまま遊ばせてていいよという判断になっている。逃げなきゃいけない時は一応教えてくれるので、これまで通りの持ちつ持たれつでいいんじゃないって話だったのだ。
で、ジャックだ。猫でもないけど妖怪でもない。鬼でもないらしいけど、契約の分類としてはどっちなんだ。
うっかり鬼使いとして契約していたとしたら、これ、結構まずくないか。
一瞬梗平君がいる方向を振り向きかけるも、僕はすぐに思いとどまった。
(……うん。やっぱり、眞琴さんが戻るのを待とう)
僕の危機察知能力が、これをマッドサイエンティストに相談すると余計にややこしいことになると告げている。魔女様に相談し、判断を仰ぐ方が絶対に絶対に良い。
僕は静かに頷いて、妖の契約についても調べてみるべく、次の魔術書に手を伸ばした。




