側室、狩りに出る2
更新マイペース過ぎてすみません。
今回は少しグロ表現ありなのでご注意を。
カシムの説得で、渋々動きやすいドレスに着替えたチェレッチア。
側室が軍服を着る等、貴族や他の側室に知られれば品位がない、野蛮だと罵られるだろう。
カシムが幾度と足を運び、剰え母后に気に入られたと噂されているのだ。どんな尾鰭が付き、チェレッチアを傷つける噂が流されるかわかったものではない。
「うわー綺麗ですね」
「なかなか良い眺めであろう。夕日が沈む頃には、この辺り一帯が紅に染まる。その光景はまさに絶景だ」
風に靡く草原。太陽の香りを運び心地好い。雲一つない晴天に、チェレッチアは心躍らせ馬を走らせる。 子供のように燥ぐ姿を見て、カシムは連れてきてよかったと思う。
「あまり遠くに行くなよ」
忠告を聞き入れているのかはわからないが、笑顔で振り向き手を振っている。城の生活がいかに窮屈だったのかよくわかり、カシムの胸が痛んだ。
「しかしさすが遊牧の民。乗馬がお上手ですね」
「ああ、騎士団より上手いかもな」
「それはないでしょう。騎士団は選りすぐりの兵士。厳しい訓練を熟してきた彼等に、さすがのチェレッチア様でも敵いませんよ」
馬を華麗に乗りこなす姿に見惚れながら、逸れないよう後を着いていく。
これがまた困難だった。
「は、速いっ」
「陛下!!このままでは馬が疲れ、城に戻る時間が遅れてしまいます。一度休憩しましょう」
カシム達と馬の息が荒くなり、疲労回復の為ゆっくりと走る。草原の丘の上に登り辺りを見回すが、チェレッチアの姿はなかった。周りは風の音しかなく、先程まで楽しそうに燥ぐ鈴のような声が聞こえない。
唐突に不安感が胸を締め付けた。このまま帰って来なかったら……
馬鹿馬鹿しい。チェレッチアは私の妃だ。何処にも行くはずがない。
「しかし、何故あんなにも速く走れるんでしょうか?」
「馬への負担が少ないからだ。体重の差もあるが、チェレッチアは馬に負担を感じさせず走らせる事が上手い」
「成る程……おや、あれはチェレッチア様では?」
カギルドが指差した方向に、一頭の馬が走っていた。草原を掻き分け、前方に走る野兎を追い掛けているようだ。遠目からなので、カシム達にはチェレッチアの表情はわからない。暫し眺めていると、チェレッチアは馬を乗り熟しながら背中に背負った弓を持つ。
それは一瞬だった。
狙いを定めたと思いきや、瞬く間に弓を引き獲物を射止める。あまりの早さにカシムは息を呑んだ。
貴族の嗜みで狩り等はするが、それはあくまでも趣味の一つだ。互いに仕留めた獲物を自慢し合うだけのただのお遊び。
しかしチェレッチアは違う。遊牧の民として育ち、生きる為に狩りをしてきたのだ。獲物を狩らなければ生活が出来ない、必死に狩りの腕を磨いてきたのだろう。瞬時に獲物を狩る時の動作には、熟年の気迫が漂っていた。
茫然と佇むカシムに気付いたのか、チェレッチアが丘に向けて手を振る。捕らえた野兎を抱え上げ、嬉しそうに叫ぶ。
「へーーかーー。綺麗な毛並みの兎が捕れましたよーー」
馬を走らせカシムの下へ急ぐチェレッチアに、先程は締め付けられた胸が暖かくなる。この沸き上がる気持ちが何なのか、カシムにはわからなかった。
「見てください陛下。この毛並みなら襟巻きに良さそうです」
「……そうだな」
先程まで元気に走っていた野兎が、目を開けたままの状態で目の前に差し出されるのはあまりいいものではない。
しかしチェレッチアがあまりに嬉しそうにするもので、カシムは苦笑いしながらも褒め称えた。
「弓の腕もそうだが、乗馬もかなりの腕前だ。幼少の頃から習っていたのか?」
「はい。馬は十歳の誕生日に与えられ習いました。それまでは羊や驢馬で遊んでいたんです。馬を乗り熟せないと一人前にはなれず、仕事が貰えないので頑張りました」
笑顔で話すが、かなり厳しい環境だったのだろうと想像する。まだ十歳の子供が、仕事を貰う為に必死に馬に乗り熟す。与えられてきた自分とは真逆で、チェレッチアは自分の力で得てきたのだ。
カシムが眉間に皺を寄せ深く考えているのを心配してか、チェレッチアは的外れな事を言い出した。
「陛下、もしかしたらお腹空いてるんですか?」
「は?」
カシムが顔を上げれば、心配そうに見つめる瞳に胸が高鳴る。
「いや、そういう訳では……」
「安心してください。ここに食材がありますから、今焼きますね」
「え」
――食材がありますから、今焼きますね――
此処には調理器具も料理の食材もないはずだが、確かにチェレッチアはそう言ったのだ。
何をするつもりなのかと眺めていると、弓と一緒に持って来た袋から包丁を取り出した。
そこからカシムは意識が朦朧としそうだった。
笑顔で包丁を手にしたチェレッチアは、活きよいよく兎の皮を剥いでいく。手が血まみれになろうとも、顔に飛び血が付いていても気にする事なく作業を続ける。
「……………」
「陛下、耐えてください。此処で倒れれば末代まで恥ですよ」
「……わかっている」
カシムだけではない。カギルドも顔面蒼白である。近年、ベイグラディアでは戦争などはなく平和な日々を送っている。当然、王として戦いの技術はあるが実践経験は少ない。
血が流れて臆するような気弱ではないにしろ、自分の妃が血まみれになって微笑んでいたら、誰だって引くのが普通だろう。
「これで火を付けて、焼けるまで暫く待っていてくださいね」
服の端を破り、それを薪代わりにして火を付け、切り捌いた兎の肉を弓に刺し焼き始める。手慣れた手つきで進めていくチェレッチアの横で、言われた通りカシム達は大人しく座って待っている。はっきり言って情けない。
「もういいかな。これを振って、はいどうぞ」
何かの粉を肉に散らし、弓に刺さった肉を手渡す。最早何も言えず、恐る恐る口にした。
「……旨い」
「よかった!!カギルドさんもどうぞ」
「頂きます」
外面は笑顔だが、内心遠慮したかった。神経質のカギルドは料理人が調理した料理以外口にしたくないのだ。だが相手は皇帝の妃。しかも親睦を深めたい遊牧の民の長の娘。潔く諦めよう。心の中で神に祈りを捧げ、肉を口にする。
「……うまっ!!」
「よかったです。まだありますから食べてくださいね」
「何事も偏見はいけませんね陛下」
「……お前本当にいい性格してるな」
食べる直前まで死にそうな顔をしていたのに、今はなんと幸せそうな顔か。
あの食に煩く神経質なカギルドをここまで笑顔にするとは。チェレッチアに視線を移すと満面の笑みが返され、思わず視線を外す。
「美味しくないですか?」「いや、旨い。ありがとうチェレッチア」
「えへへ」
はにかんだ笑顔。自然とカシムも微笑んでいた。二人の間に甘い雰囲気が流れるかと思いきや、
「皮を干している間に、もう二、三頭ぐらい仕留めて来ますね。ユウリにも食べさせてあげたいし」
「それはきっと……喜ぶだろうな」
「はい、行ってきます!!」
固まった笑顔に気付かず、チェレッチアは馬に跨がり草原を駆け出す。弓を担ぎ目を輝かせて。
「きっとチェレッチア様はこの国が没落しても生きていけますね」
「不吉な事を言うな」
「しかし……」
全て食べ終え、丘の上からチェレッチアを見守っていた。大の男二人が何もせず、齢16歳の少女が獲物を射止める為に走り回る。遠目からでもわかる嬉しそうな走りに微笑ましく思うが、先程まで血にまみれていた光景を思い出し苦笑い。
「いや本当に、チェレッチア様は逞しいお方ですね……」
野兎の次は狐を射止め、高らかに喜びの声を上げるチェレッチア。今の彼女は妃ではなく狩人そのもの。狐の足を紐で結び馬の鞍に括り付け、再び獲物を探しに行く姿にカシムは、
「逞しい過ぎるわ!!」
チェレッチアの未来に不安が募った。
逞しいです。16歳の女の子が獣を捌いてる所を想像すると、ちょっとしたホラーですよ。
しかし何でしょう。カシムがヘタレでミジンコに見えてしまうのは私だけでしょうか?少しは格好良い所を書いてあげたいと思いつつ、次回もヘタレなんですよね(笑)
閲覧ありがとうございました。




