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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十四節 会合と情報と水泳肌着
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2-14-2.「――何も、ないのだ」







 雑談も頃合い、階段を降りてシーラがやってきた。いいタイミングだと指を鳴らすのも一瞬、彼女の表情を見て首を傾げた。


 手摺に寄りかかりながらよろよろと下りてきたシーラは、せっかく着込んだ正装――首許までしっかりと閉じた白いシャツと、紺色の長いパンツとをくしゃりと皺で飾りながら、ぐったりした顔をこちらに向けていた。


「どうした?」


「…………疲れた。……寝たい」


 疲労か。体調が悪いわけではないらしいと確認し、少し安心する。


「会合ってのはどんな感じだったんだよ」


「……どうもこうもない、ハルトスのアホと一対一でひたすら無駄話聞かされるだけだもん。どんな拷問かと思ったよ」


 おおう、そりゃお疲れさま。とりあえず、待合所の席の一つに移動し、シーラを労う。ここの待合スペースでは、職員に言えば有料で飲み物ももらえる。冷たい炭酸砂糖水(シーデリャ)を三つ頼むと、すぐに女性が銀のトレーにグラスを三つ乗せ、机まで運んできてくれた。


「一対一ってことは、やっぱり他の団の頭領は全員不参加か」


「あたしもね、ひょっとしたら今回気紛れで一人くらい誰か来ることがあるかもって、少しは緊張してたんだけどさ。ぜぇんぜん! 気配もない! っていうかハルトスもまるで期待してなくて、あたしが行ったら『じゃ、早速始めよっか』だって。一分だって待とうとしないんだもん」


 勢いに任せてぐっとグラスを呷ったシーラ。炭酸が喉に張り付いたようで、くえぇ、くけぇと奇妙な声を漏らしている。


 大変だったろう、言いたいことはいっぱいだろうと、しばらく相槌を打ちながらその愚痴に付き合ってやることにした。


「で? 結局ミルレンダインは? 認められたのかよ?」


 最初にゼノンが話に飽きて、今日の唯一――だったらしい議題について質問した。


 一応ね。シーラは前置きしてから。「けど、サディオたちと合流できたとしても規模縮小は避けられないし、あたし自身は員証をもらってるからセラムには入れるし。五大団の一つであり続ける必要って、実はなかったのかも」


「まぁ規模で言や、うち(ラナマーヴェ)だって今は三人だけの最小規模だ。気にしなくていいんじゃねーの?」


 あそういやそうだね、と笑うシーラ。横で聞いてて、盗賊団会議とか言うのはホントに機能してないんだな、と感想する。


「次の会合は二年後だって言うし、別に出なくても損になるわけでもなさそうだし。ま、とりあえずは今のままでもいっか」


 呆気なく納得し、シーデリャに浮かぶ小さな丸い氷を口の中に流し込む。リスのように頬を膨らませた後、がりがり音を立てて噛み砕いた。


 そんな辺りで、今度はミディアがやってきた。


 シーラと同じ階段を使い、上階から溜息交じりに。ここの建物の上の階は、人を憂鬱な気分にさせる空気が充満してるんだろうか。


「あ! あんたたちだけで何飲んでんのよ! ずるいじゃない!」


 ミディアは目敏く俺たちを見付け、更に俺たちの前に並んだグラスを見付けて、早速文句をつけてきた。買ってくりゃいーじゃん、とゼノンの呟きが聞こえたかどうか。ちょっとそこのおねーさん!と働く職員を大声で呼びつけ、柘榴のシーデリャを注文した。俺たちのよりちょっと高いやつだ。


「で? お前何してたんだよ」


 シーラの隣に座ったミディアに、ゼノンが聞く。


「何って、敵の情報を持ってきたって奴らがいたから、話聞いてたのよ」


「マジか、どうだった?」


 机に肘をついて身を乗り出し、ゼノンが話に喰い付いた。


「意気込んでもダメよ。ひと月半前にミルレンダインを潰した新進の盗賊団、ガゼルダって男を首魁とする二百人からの大規模団。グァルダード始め砂漠中の盗賊に対して挑発のような声明を発したものの、そこから一か月何の動きもない――知ってる話ばっかり」 


 両手を揃えて頬杖をつき、虚空に大きく息を吐くミディア。聞いてゼノンも、何だよろくでもねーなと文句を言い捨てた。


 確かに溜息もつきたくなる。グァルダードに依頼を出してから一か月、ろくな情報が集まってこない。最初の一日二日は全くハルトスの予想通りで、例のグァルダードに出回っていたぺら紙の内容をそのまま寄せてくる奴が五、六組いた。それから二週間くらい、誰も来ない期間があった。ここ二週間くらいは平均して三日に一組くらい。それでも集まる話は今ミディアがまとめた話以上のものはなく、全部で約十組、どいつもこいつも新しい話は持ってこなかった。


 話を聞くのにゼノンがついてきたのは最初の二回だけ。すぐに飽き、どうせ進展なんてねーだろ、とその後は一度も客の相手をしていない。他のメンバーも慣れたもので、今じゃミディア一人がレマを呼んで話を聞きに行くことにも、誰一人抵抗がない。


「レマのおかげでムダ金払わなくてすんでるのはありがたいけど、一か月経って情報提供者にまだ一エニも支払ってないってのも問題よねぇ」


「確かに。早くお金を払いたい、なんて思うのも妙な話だよねぇ」


 ミディアの愚痴に、シーラが頬を緩ませた。


 とりあえず待つという選択肢を選んだ俺達だったけど、ここまで進展がないと言うのは正直想定外だった。もう少しいろいろ集まってくるだろう、それによって、見えてくるものもあるだろう。緊迫感も高まり、組み立てられる作戦もあれば、選べる戦術の少なさに危機感も生まれるだろう。もっと強くならなきゃ、なんて焦燥を抱き、そのためには何をしなきゃいけない、次は何をしよう、と建設的な考えが生まれてくるに違いない。


 ――何も、ないのだ。


「皆さんはもっとご自身方の宣伝をする方がよいと思うでます」


 レマが降りてきて、口を開いた。商談に使った別室の片付けでもしていたか、もう先に降りたミディアはシーデリャをグラス半分まで減らしている。


「宣伝?」


 シーラが聞き返した。


「そうでます! もっとミルレンダインの名前を使ったりとか、あとは何のためにヴォルハッドの情報を集めるかとか、そういうのをもっとお客さんたちにも見える形で示した方がいいでますよ!」


「自分たちの情報を垂れ流せってのか?」ゼノンが眉を顰めた。


「ちゃんとした方々は、よくわからない相手に、報酬のためだけに情報流したりはなかなかしないでます。皆さまがとある盗賊団についての情報を集めてるってことは、皆さまはその団と敵対する立場だってことだけは公言してるようなものでます。不用意にどちらかに付くような態度を取ると、後々自分の首を絞めることにもなりかねませんでます」


 びっくりした。話自体の妥当性、聞けば当たり前の話を自分たちだけじゃ気付けなかったってことにも驚きはあったけど、そんな指摘をレマからされたことにも意外性があった。やっぱり彼女、仕事はホントにできるんだな。


「ミルレンダインなら十分に有名でますし、ヴォルハッドに敵対する理由も明確でます。ヴォルハッド団に対するイメージは、今現在はそんなによくないでますので、皆さんの立場がはっきりすれば協力するのも吝かでないって人たちはいっぱいいると思うでます」


「なるほどねぇ。……じゃあ、依頼文をちょっと修正すれば少しは変わるかもってことか」


「絶対変わるでます! 保証するでます!」


 それならと、シーラが頭を捻り始める。


 ミディアがポケットから紙の切れっぱしとペンを取り出し、文面を控える役目。頭を捻ると言っても、結果的には大した修正じゃない。ミルレンダインの名前を入れて、堂々と「復讐のために力を蓄えている。何でもいいので情報を集めたい」と付け足したくらいだ。


「では、これで改めて各地のグァルダードに送る準備をするでます。大体一週間以内には砂漠全土に行き渡る予定でます」


 紙切れを受け取り、「にこにこ」と笑って事務所に下がっていくレマ。もちろん「にこにこ」も肉声だ。


「全土にってことは、多分俺たちの名前がヴォルハッドに届く方が先だな」


 事も無げにゼノンが呟いた。


 事も無げではあったけど、内心穏やかでないことも何となく聞いて取れた。動じてない、そういうポーズだ。


「構わないよ。あたしの名前はガゼルダには割れてる」


「そうだな。セラムにいるのがわかったところで、今俺たちを狙って何やら策を練るとも思えない」


 俺も、追従する。


 それからもうしばらく待合席でだらだらと話した後、最初はシーラ、その次にミディアが、グァルダードを離れた。俺はゼノンと、もう一度ライトラールへ出ていく。


 夕飯の前、最近はゼノンと軽く手合わせしている。実力が近く、剣を重ねているといろいろと発見がある。おまけにコイツ、いざ勝負となるとほとんど手加減がない。腕を磨くのに、当面一番いい相手なのだ。


 時々はシーラも混ざるんだけど、今日はどうやら随分疲れたらしい。後で聞いたら、あの後すぐに部屋に戻って、飯も食わずにベッドに沈んでしまったそうだ。




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