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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十四節 会合と情報と水泳肌着
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2-14-1.「礼を言うよ。考えが浅かった」







 キン――ッ、ヒュルゥルゥル……、ザシッ。


 弾かれた剣がくるくると宙を飛び、そして砂の上に刺さる。


 そんなものは勝負の余韻。決着は、音より早くついている。


「……く、くそォ!」


 細腕の、浅黒い肌の中年男が、瓦礫を叩いて悔しがった。


「ホラ勝負あり。次はどいつだー?」


 腰に手を当て、にやにやしながらゼノンが叫ぶ。


 俺も剣を鞘に収め、集まっている野次馬たちに目を向ける。


 さっきまでへらへら笑っていた連中が、急におどおどと目を逸らし始めた。


「……なんだよアイツ、フツーに強いじゃんか」


「お前行けよ、自信あんだろ?」


「い、ぃやー、今日はちょっと腹痛くて……」


 屈強な、あるいは強面の男たちが、何やら小声でもじもじ言い合ってる。滑稽な様子にゼノンは呆れ顔で溜息を零した。これ見よがしに、聞こえよがしに。挑発のつもりらしいけど、誰も乗ってこない。


「じゃあ、二人がかりでもいいぞ」


 俺からの挑発。ナメた提案。何だとっ、とざわつく野次馬たち。


「ケッ、そこまで言われちゃやんないわけにはいかねぇ! 調子に乗りやがってよ!」


 中から、男二人が前に進み出てきた。一人は巨体、武器は戦斧。一人は細身、武器は長刀。ゼノンに金を渡した後、俺の前に揃って並ぶ。


「らァっ、覚悟しやがれっ」


 威嚇しながら、二人同時に砂を蹴りこちらに向かってくる。


 さて、どうしたもんか。ぺろと唇の端を舐めながら、俺はゆっくりとまた剣を抜いた。




「結局大した儲けにゃなんなかったなぁ」


 財布代わりの布袋を確かめながら、ゼノンが大声で愚痴を零した。


「あんまり骨のある奴にも会えなかったな」


 俺も露骨に、肩を落として見せた。


 ライトラールの退廃区。条件のいい仕事を待つべくグァルダードに屯ってた、番犬崩れの連中を集めて、ちょっとした遊びを持ち掛けてみたんだ。内容は俺との勝負。魔法は禁止で武器は制限なし。参加料が五千エニで、俺に勝ったら賞金十万。


 小遣い稼ぎと俺の修行、両方が叶ういい考えだろ、とゼノンが誇らしげに提案してきたんだけど、正直参加した連中の力量が低すぎて大した修行にはならなかった。おまけに参加者も五人ちょっと。最後に受けた二人がかりの変則ルールは二人に参加費を払わせたけど、それでもせいぜい三万エニの稼ぎで、半日頑張ってたことを考えたらもう少し割のいい仕事はたくさんあるんじゃないかと思われた。


 貧民街でさらに連中の金を巻き上げるなんて。なんて抵抗も最初はあったけど、ゼノン曰く、こんな遊びに乗ってくる連中はその気になれば他の街に拠点を移せる、余裕のある奴だよと。そもそも、終わってみりゃこの程度の稼ぎと挑戦者の少なさで、そんな気掛かりは俺の中からももう消え去っていた。


「考えてみりゃ、お前じゃ見た目がなぁ……」


 グァルダードの建物に入る瞬間。じろじろと俺の横顔を睨みながら、失礼な言い回しを聞かせてよこすゼノン。俺の顔が悪いのがどんな関係があるんだと、怒気たっぷりに言い返す。


「あ? ちげーよ。見てくれの話じゃねーって。お前は普通だろ、フツー」普通を強調しやがった。まぁコイツに褒められたとしても別に嬉しかないけど。「俺が言ってんのは、お前外見からしてそれなりに強そうだからなってことだよ」


「な――」


 嬉しくはないんだけど、唐突に褒められるのもまた心臓に悪い。


 流れ作業のように受付に組合員証を提示し、セラムへの扉を開けてもらいながら、俺はゼノンの次のセリフを待った。


「やっぱああいうのは、いかにも見た目弱そうな、女子供とかだとカモがうじゃうじゃ集まってくるんだよなぁ。ウェルじゃ、コイツ普通に強ぇ、ってすぐみんなに警戒されちまった。シーラ辺りの方がよかったかもな」ああそういう意味か。少し、ホッとする。


「それじゃ俺の修行になんないだろ」


「けど、シーラが魔法無しじゃホントに負けちまうかもしれないからなー。そうなると、賞金ごまかす必要が出てくるしなぁ」


 いろいろ酷いことを言うゼノン。とりあえず全く俺に返事する気がないな。


「……どの道シーラは今日は忙しいだろ」


「あー、そうだっけな。大変だなぁ、頭領サマってのも」


 何かを含んだ顔でチラッと俺の方を見ながら、クヒヒと奥歯の辺りで笑ってよこした。


 シーラは今日、ハルトスに呼ばれて、建物の上の階で盗賊統一会議に出ている。俺たちがここに来て一か月ちょっと。最初に聞いたときには「一か月なんて随分先だな」と思ったもんだけど、経ってみたらあっという間だった。


 通路を抜けて、セラムの受付広間に到着。宿に行かないのかと指で聞くゼノンに、シーラと合流しようと伝える。


「お前の親父さんは、来てないのか?」


 ゼノンに聞く。もし来ているなら、ぜひ手合わせ願いたい。


「ンあ? 来ねー来ねー。別に話聞いちゃねぇけど、親父がそんなかったるいモンに出るわけねーって」


「そうなのか。じゃあホントにシーラはハルトスと――」


「タイマン張ってんじゃねーの? ご苦労なこった」


 頭の後ろで腕を組み、空を見上げて薄く笑う。それから目線をこっちに向けて。


「お前は出なくてよかったのかよ」


 もう一度、クヒヒと奥歯の音を立てながら、聞いてきた。なるほど、さっきの含みはそういう意味か。


「何度も言ってるだろ。俺はミルレンダインを背負う気はない。シーラを手伝ってやりたいとも、俺自身みんなの仇討をしたいとも思ってるけど、終わったら国に帰る」


「こないだ自分からシーラにアピールしてた癖に」


「だからあれは誤解だ! 誤解が誤解を生んだ、不幸な事故だ!」


 舌を出して笑うゼノンに、俺は睨み返して誤解を強調した。


 ミディアに聞いたんだろう。例の話の詳細は、気が付いたらこいつも知ってるらしかった。「なんだよ勘違いだったのか。あんときのお前の剣幕が凄かったから、いつの間にか本気になっちまった女に対して見境なくしちまってんのかと思った」なんて、失礼な解釈をした挙句あのあともちらほらこうやってからかってくる。


 こちらはゼノンに溜息一つ。向こうもひとつからかって満足したらしい。ははと笑って、ひとつ息を吐いて。それから少し真面目な顔になって。「終わんのか?」と聞いてきた。


「終わったら国に帰るって、お前、本当に終わんのかよ、これ」


「……それって、奴らを倒せなかったらって意味か?」


「いや」


 睨み付けるが、ゼノン表情を変えない。


「砂漠じゃ茶飯事だ。連中が俺らに恨みを買った。俺らは連中を倒す。そうすっと、また奴らの残党が俺らに恨みを持って、今度はシーラや俺たちを狙ってくる。敵討ちなんてのは恨みの連鎖だ。いつまで経っても終わるもんじゃねー」


 俺は、次の言葉が見付からなかった。


 妙になるほどと考えさせられてしまった。


 確かに俺は、奴らを、特にガゼルダやあの剛腕の男たち、四人を倒せば全てが終わると思ってたかもしれない。すっぱり線を引いて、後は国に帰れば後腐れなんて残らない、と。


 でも、俺に恨みを持つ奴らの残党が、今度は俺を追ってユリまで来る。そんな展開も、確かに考えられた。それが今度は俺を狙ってくるならいい、ティリルや母さんに刃を向けるとしたら……。


「……礼を言うよ。確かに考えが浅かった」


「んあ? 礼ってなんだよ」


「その辺も今後は考えてく。気付かせてくれてありがとうってことだ」


「よくわかんねーな。俺はただ、お前がどう思ってようが、いずれシーラと一緒にミルレンダインを継いでかなきゃいけなくなんじゃねーの?って、面白がってるだけだぜ」


「その選択肢は俺の中にはないんだよ、何度も言うけど」


「気ぃ付けろよ。お前流されやすそうだし」


 両手を頭の後ろで組んで、左の奥歯できひひと笑うゼノン。その冗談がやけに芯を捉えているような気がして、背筋が冷たくなった俺は「気を付ける」と素直に答えた。




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