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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十三節 シーラの憂鬱
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2-13-6.「あの、シーラ?」







「な…………っ、何なのよ何なのよ何なのよっ! あんたたち一体何なのよっ!」


 マウラが震えた声で騒ぎ立てた。


 俺が三人、シーラが四人。鳩尾に剣の柄を当てたり、首の後ろにナイフの峰を叩きつけたりして、全員その場に蹲らせるまで五分かからなかったか。俺は連中の頭だったっぽい髭とハゲとを相手にしたけど、取り立てて手応えは感じなかった。


 まぁ、女エサにして、安いグァルディオン引っ掛けて罠にかけようって連中だ。実力的にろくなもんじゃないってのは推して知れる。金品が欲しいなら俺なんて狙わないだろうし、あれか。狙いは組合員証か。


 まぁ、どうでもいい。


 ふぅと一息ついたシーラ。足を震わせながら不安そうにこっちを睨み付けているマウラに向き直り、一歩、一歩、近付いていく。ヒッと悲鳴を上げた彼女は、来るな寄るな化け物消えろとしばらく威勢のいいことを言っていたけど、剣一本分程の距離を空けてすぐ目の前までシーラが寄ると、その場にへなへなと座り込んで怨嗟の言葉を命乞いに切り替えた。


「ごめんなさいごめんなさいお願い赦して殺さないで助けてお願い……」


 そんなマウラに対し、シーラはすっと右手を差し出し。


「さっさと支払いしてくれる?」


 もう一度、さっきと同じ言葉を投げつけた。


 マウラは一度言葉を止め、ぽかんと口を開けてシーラの顔を見上げた。


「三度目。これで最後にするよ。さっさと支払いしてくれる?」


「…………は、……はひっ、はいっ!」


 理解したか。悲鳴にも聞こえない掠れた声を零しながら、マウラは慌てて腰に下げた財布袋を開く。用意していなかったんだろう。震える指でかさかさと、紙幣をつまんでは指を滑らせを何度か繰り返していたが、ちらちらシーラの顔を見上げてはついに圧力に耐えきれなくなったらしく、諦めたように財布を丸ごと投げつけてよこした。


 シーラは、自分の足許に落ちたそれを無言で拾い、中を漁り。最初の約束の金額だけ取り出して、ひもを縛って彼女の前に放り投げた。


「二度と」そして、ひとつ息を吸う。「あたしやウェルの前に姿を見せないで。今後ライトラール近辺をうろちょろしてるのを見かけたら、砂漠中に指名手配かけてやるからそのつもりで」


「ひっ、ひぃいいっ!」


 了承とも、無体への抗議とも取れる、獣の雄叫びのような泣き声を上げるマウラ。


 踵を返したシーラは、それ以上マウラに一瞥もやらない。黙って自分の駱駝の許に向かい、その鞍に跨る。


 俺も、もうマウラに目をやる余裕なんてない。小走りにシーラの後を追い、その表情を覗き込もうとする。けど、見えない。シーラは終始俯き加減に、まるで俺に顔を見せようとしない。ああ、怒ってるよな。そりゃそうだよな。憂鬱に襲われながら、俺も自分の駱駝に乗って、シーラの後を追った。


 奇妙な距離を空けて、二人、夜の砂漠を街へ向かう。


 あー、胃が痛い。早いとこ怒鳴ってくれた方が、ずっと気が楽だなぁ。


 シーラの駱駝が足を止めた。特に何もない場所。普段だったら、ずれた服や荷物を直しているのかなと気にも留めないところだけど、このときは、横を追い抜くだけの動きも背中の汗が止まらなかった。「どうした?」なんて、わざとらしくならずに聞く自信もない。


 静かに横を通り抜け、気付かれないように一瞬だけ様子を探って、またシーラの発言を待とう。


 そう思ったのに、横に並んだ瞬間に、気付いてしまった。


「えっ、シ、シーラっ? ……ど、どうしたんだよっ? おま、な。なに……」


 シーラは右の手で顔を擦り、まるで子供のようにして。


「な……、何で泣いてるんだよ」


「……っきり、……ってよ」


「……え?」


 唇の隙間から無理矢理押し出すように、あるいは飲み込もうとした言葉が抑えきれず漏れ出てしまったように。泣きながら、震える声で、何かを主張した。それはうまく聞き取れなかったけど、一度零れてしまってからはシーラの爆発もすぐだった。


「はっきり言ってよっ! あたしと一緒にいたくないならっ! こんな回りくどいことして、自分から言いたくないなんてズルい真似しないでっ」


「え?」


 涙を頬に走らせながら、シーラが怒声を上げる。けど、悪いけど、シーラが何に対して怒っているのかまるでわからない。俺が仕事の見極めを誤ったことに対して、じゃなかったのか。


「あの、それってどういう――?」


「ウェルが、……ウェルがもうあたしと一緒にいたくないって言うんなら、仕方ないよ。父さんとの約束はもうなくなっちゃったし、ウェルを引き留める理由はない。でも、それならそれでちゃんと自分で言ってよ。変な仕事に付き合わせたら、あたしの方から怒っていなくなってくれるとでも思ったの? 見縊らないでよっ!」


 お、おう? 予想外に過ぎる非難を浴びて、俺は言葉が見付からなくなった。


 酷い仕事に付き合わせたことを、まさかそんな風に受け取られてしまうなんて。


 叫ぶだけ叫んだシーラは、最早俺に憚ることなく、うわぁんと大きな声を上げて泣き始めた。仲間たちを殺されたときでさえ聞かせなかった、幼い子供のような泣き声だ。


 すっかり動転してしまった俺は、横に寄せた駱駝の背の上から、だけどシーラに伸ばした手が届く距離にも寄れず、ひたすらあたふたと慌てるばかりだった。


 ようやく俺が落ち着いて口を開くことができたのは。シーラが一頻り泣き喚いて、泣き疲れて。そしてぐずぐずと鼻を鳴らし始めた頃合いのことだった。


「何はなくとも、仕事の選別を見誤ったことは謝るよ。悪かった、あんな奴から仕事を受けちゃって。嫌な思いさせたよな」


「…………」


「けど、シーラのことを誘ったのは、断じて嫌がらせなんかじゃない。昔みたいに一緒に仕事をこなしたら、元気出してくれないかなって思ったからなんだ。今言われたようなそんなつもりは欠片もない。前にも言っただろ、ヴォルハッドの連中を倒すまで、俺はシーラと組むよ」


 目に力を込め、さりとて威嚇しないように。真正面からシーラを見つめ、伝える。


 シーラは泣き腫らした目許をぼんやりとさせながら、やっと、俺の顔を見た。


「あたしが、元気を……?」


 そして徐に言葉を繰り返した。まるでその意味を、じっくりと時間をかけて味わっているかのように。


「悪かったな。その、全然気付けなくってさ。けど、俺はお前を仲間だと思ってるし、辛いときには頼ってほしいなって――」


「つまりウェル、あたしを励ましてくれてたってことっ?」


 え、あ、ああ。急に声を大きくしてくるシーラに、俺はひとつ息を飲んだ。俺の乗る駱駝が、ぶひぃと大きく声を上げる。こいつも驚いたみたいだ。


「つまりウェル、あたしを思っててくれてるってことっ?」


「そ、……そりゃ、仲間じゃんか。ましてやあんなひどい目に遭った後なんだから、心配くらいするぞ」


「そっか……。……そっか!」


 何やら一人で納得した様子のシーラ。手綱は手から落としたまま、けど両の拳には生気が戻ってきていて、にぎにぎと折り曲げた指に力を込めている。


「あの、シーラ?」


「へへ、じゃあ、いいや! うん、ありがとね、ウェル」


 お、おう。やっぱり小さな子供みたいに満面に笑みを咲かせたシーラ。その笑顔に、床板を踏み抜いてしまったような冷たい感覚を覚えるのは何でだろう。


 一転、これも初めて見るくらいの上機嫌で、横並びに駱駝を歩かせるシーラを見つめながら、俺はこの背中の冷汗が察知しているものの正体を、結局確かめる勇気が出せずに終わった。




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