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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十三節 シーラの憂鬱
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2-13-2.「そんなわけで、俺は一人になった」







 黙っていたミディアを責める気はない。何で黙っていたんだろう、とその心境については疑念を挟む余地もあったけど、それくらい自分で気付いて自分で慮れ、と言われたら返す言葉はない。そして、言われなくても自分でまず思う。


 何せミディアの失言以外にも、ヒントはたくさんあったのだ。


 部屋の入り口ですれ違ったこともそう。それから、このところの俺自身の寝起きの清々しさも、よくよく考えたら随分おかしかったんだ。


 ベイクードでもこの街の宿でも、部屋割りはいつも男女別で、俺とシーラが二人きりになる時間は以前に比べると大分短くなっていた。


 だっておかしいじゃんか。シーラが俺に迫ってこないなんて。一緒に過ごす時間が短いって、文句を言ってこないなんて。部屋が別なら外でしようって、物陰に引きずり込もうとしないなんて、


 そんな気分じゃなかったなんて、一言で言っちゃえば簡単だ。だけどシーラが心に受けた傷がその原因だったなら、仲間として、無理矢理脱がされることがなくなって助かった、よかった、と笑っているだけだなんて薄情すぎると思わないか。


 さりとて今更だ。今まで鈍感に何も気付かないままへらへら笑って過ごしてた奴が、今更どの面下げて「大丈夫か。辛かったら言ってくれ」なんて言える。


 どうしたものか、悩んだ俺は、ひとまずゼノンに相談してみた。


「あ? シーラの様子? いつも通りじゃねぇのか?」


 部屋の寝具の上。そろそろ寝るかと大の字になっていたゼノンは、顔も向けず、俺の質問にぞんざいに答えた。


「いつも通りに見えるよな。でもミディアの話だと、どうやらあいつ、この街に来てからあんまり寝てないらしいんだ」


「ああ、そういやそんなこと言ってたな」なんだよ、聞いてたのか。「『まさか私にあんな相談してくるなんて、よっぽど悩んでるみたいだわ』って」


 そういえば、そうだ。シーラが相談する相手として、ミディアほどそぐわない奴もいない。なんだよシーラ、そんなに辛いなら俺に相談してくれりゃいいのにさ。


 ……ちょっと待て。ミディアもミディアじゃないか? あいつ俺には口を噤んだ話を、ゼノンには自分から伝えてたってことじゃないか。


「けどその話って――」


「なぁゼノン!」話を遮って、ゼノンに視線を向ける。「あいつがそんなに苦しんでるなら、俺はあいつの力になりたいって思ってる。お前はどうだ? こうして一緒に行動してる仲間なんだから、助けてやりたいって気持ち、少しくらいはないか?」


 えぇ?とあからさまに身体を引くゼノン。肯定も否定も、返事はすぐには示されず、泳ぐ視線ばかりが目に届く。


「お前は、口では捻くれたこと言ってても、心ん中では仲間ってものをとても大事にしてる。そういう奴だって、俺は思ってる。それとも、それは俺の見込み違いだったか?」


「……」


 口を平たく横に潰し、眉間に皺を大集合させ、目線こそこちらに向けてくれたが、何とも複雑そうな表情をしたまま、やっぱり言葉を発しないゼノン。


 けど、俺一人じゃあできることも限られる。ゼノンにどんな気遣いができるか、とも思わないでもないけど、それでもやっぱり一緒にシーラに笑顔を向けてやってもらった方がいい。それだけでもいいから。そう思うんだ。


 だって言うのに、結局ゼノンの野郎。


「……いや、正直評価はありがたいけどよ。でもこの件に関しちゃ、俺にもお前にも、できることなんかなんもねーと思うぞ。全部終わった後ならまだしも」


「それじゃ遅いだろ! 辛いのは今なんだから!」


 どれだけ声を荒げても、ゼノンの表情は緩まない。それどころかますます顔に皺を寄せ、まるで光も音も持たないまま自棄糞に穴を掘る土竜の体を掴んでしまったかのような、何とも言えない表情を続けて見せてよこした。


「わかった。もういいよ」


 結局、諦めるのも俺の方が先だった。


 頭を下げても仕方がない。一緒にシーラに笑顔を向けてもらえればと思ったけど、本位でないものを無理矢理にしてもらうのも、また違う。


 苛立つ気持ちを抑えきれず、俺は寝台から立ち上がり、部屋を出ていくことにした。


「お前は、何かするつもりなのかよ」


「関係ないだろ、ゼノンには」


 声をかけられ、一歩だけ立ち止まる。


 返答は、ついついぶっきら棒になってしまった。いや、わざとした、が正解か。


「……心変わりしたのか」


「は? どういう意味だ」


 怒気交じりに振り返り、聞き返したが答えはなし。その一言を発するだけで何か満足をしたのか、ゼノンはもう枕に頭を沈め、深く眠る体勢に入ってしまっていた。


 俺もこれ以上、追及する気はない。ただ腹の中の不満をぐつぐつと煮え立たせながら、乱暴に部屋の戸を閉め、深夜の街を散歩することにした。



 

 そんなわけで、俺は一人になった。


 一時的でも今は仲間。そう思っていた連中の冷たさを目の当たりにし、苛立つと同時にショックを受けてもいた。所詮他人か。盗賊共の人間観は、やはり大きく違うものなのか。いや待てミディアは盗賊じゃないだろ。うんぬん。かんぬん。


 苛立ちはいい。一旦忘れよう。


 一人になった俺に、さて何ができるものか。


 シーラを励ますのに、何をするのが一番良いか。


 突き詰めれば、シーラが一番喜ぶのは、仇討の完遂だろう。ゼノンも言っていた通り。ヴォルハッドの連中を砂に這い蹲らせたら、これ以上胸の空くことはきっとない。


 けどそれは現実的じゃない。実力的にもまだまだまるで敵う気がしないうえに、連中の情報だって何一つ入ってきていないんだ。今の俺が一人で何かできるって話じゃない。


 じゃあ、どうしたものだろう。


 考えながら、俺はぼんやりライトラールへ出た。グァルダード本部の建物を出て、すぐ目の前に広がる退廃区の影。真夜中でよかったと思う。痩せこけた人の顔、それが力なく地面に横たわっている姿。その風景に色を付けて目に映すのは、あんまり愉快なことじゃない。




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