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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十三節 シーラの憂鬱
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2-13-1.「当然だ。シーラは仲間なんだ」







 日が沈み始めた頃、目を覚ます。


 ミルレンダインの根城で身についてしまった、昼夜逆転の生活習慣。ベイクードに仮宿を置いていたときは昼過ぎには動き出していたんだけれど、このセラムの街に着いてから、また次第に起きる時間が遅くなり、一週間もすると完全な夜型生活になってしまった。


 セラムの宿の部屋では、内側の扉の鍵を閉めて二部屋に分けているので、シーラとミディアの普段の就寝前後についてなんかは俺にはわからない。けどまぁ大体のところ。俺が一番最初、夕日が赤くなり始める頃に起きて、多分二番目がシーラ。もうしばらくしてゼノンが目を擦りながら頭を擡げて、ミディアは日がとっぷりと沈むまで部屋から出てこない。セラムでの初日そのまま、四人の寝起きは多分そんな感じだろうと思っていた。


 セラムの宿を拠点に定めて、三日後くらいの朝、いや夕方。いつもより少しだけ早い時間に部屋を出ると、どこへ行っていたのか、隣室にちょうど戻ってきたところらしいシーラと会った。


「あれ、早いな」


 声をかけたけど、シーラからはろくな返事がもらえず。


「うん、ちょっと、ね」


 伏せた顔で震える声を零し、そのまま部屋の中へ入っていってしまった。


 どうしたろうか。首を捻ったけど、そのときはそれ以上深いことは考えず、俺もまだ日の残る街へ散歩に出かけた。その後、四人で起きて食事を取ったときにはいつものシーラの調子だったので、少しだけ抱いた違和感も気のせいにできたんだ。


 それからさらに三日ほどして、グァルダードの受付の前でミディアと話す時間があった。担当職員のレマのところに、なるべく毎日集まって状況を整理する時間を作ろう。暗黙で決まったルール。その日はシーラとゼノンが買い物とか何とかで寄り道し、後から合流する手筈になっていた。


 壁に寄りかかって立っていた俺に顔を向けるためだったのか、それとも頭が重かっただけか。ミディアはソファに体を捩じって座っていた。足を斜めに向け、背凭れに両手を乗せてその上に顎を置き、ふわあと大きな欠伸を漏らしながら。


「いつもいつも眠そうだな」


「ん。昨日も寝たのがぼちぼち二時過ぎだったしね……」


 それで起きたのが夕方七時なら、睡眠時間は五時間弱。眠いのはまぁ当然か。


「国に帰ったらもう元の生活に戻れないんじゃないか?」


「それはだいじょぶ。国に帰った日には昼の二時に寝て朝七時に起きるから。わぁ、私、帰国の時にはきらっきらに健康的な生活サイクルになれるじゃん! やったね」


 貧しい表情を保ったまま、ミディアは声だけで喜んでみせた。嬉しいのか、自分自身を皮肉っているのか、いまいちわかり辛い。


「早寝早起き、とか、俺も人のこと言えないけどさ。せめてシーラ辺りを見習ってみたらどうだ?」


「? どういうこと?」


「お前よりはマシだろって」


 この前も早起きしてたみたいだしさ。何の気なしに口から出た言葉だったけど、ミディアにしてみたら目を満月のように真ん丸に、黒目を芥子粒のように小さくしてしまうくらいに意外だったみたいだ。


「冗談でしょ? あたしの半分も寝られてないのに」


「――え?」


 一瞬、頭が理解を拒んだ。


 今、ミディアは何て言ったんだろう?


「あ」


「それ、どういうことだよ。シーラが、全然寝てない?」


「何でもない。ちょっと口が滑っただけ。全く持ってさらさら金輪際何でもないから、さらっとすぱっと忘れなさい」


 わざとらしく目を逸らし、口を覆うようにした手の平から、膝の上に頬杖をつく。こいつがごまかすなんて、よっぽどの失言だ。そう簡単に忘れられるわけも、聞き流せるわけもない。


「ちゃんと言えよ。シーラが何か、問題を抱えてるってのか?」


「あーもう、うるさいわね!」食い下がる俺に、大きく息を吐き。「あんたは知らなくていいことよ! それともあんたが気が変わったってんなら、そこは自分でちゃっちゃか気付きなさい!」


 八つ当たり気味に言い捨てると、ふんと鼻息をついてもう一度そっぽを向いた。


 強めの剣幕に、それ以上何も言えなくなる。自分で気付け。そう言われちゃ、もう返す言葉がない。


 だって、言われてしまえば当然の話なんだ。


 シーラはつい先日、そうたかだか一、二か月くらい前に、故郷を奪われたばかり。親を、親類を、友人たちを。幼少からずっと生活してきた集落をあっさり滅ぼされて、その全部をまだ背中も見えてこない仇への恨み憎しみに置き換えて平静を保てるなんて、できる奴の方がきっと少ない。ましてや、シーラはヴォルハッドへの憎しみも、ここまであまり露骨には示していないじゃないか。


 気付かない俺の鈍さが一番悪い。ミディアに声を荒げたって、その事実は変わらない。


「――……あいつ。だって言うのにあんなに普通に笑ってやがって」


「ねぇ。あんた、本気で何かする気なの?」


 ミディアが聞いて寄越す。


「当然だろ? シーラは仲間なんだから。ほっとくわけにはいかないじゃないか。ミディアはここまで一緒に行動してても、まだそういう仲間意識は湧かないのか?」


 答え、訊ね重ねる俺に、ミディアは眉を顰め。


 何かを言おうと口を開きかけたところで、シーラとゼノンがやってきて、この話は中断になってしまった。


「お待たせー。どうしたのさ二人とも、なんか怖い顔しちゃって」


 屈託なく笑いながら俺の顔を見、ミディアの顔を見、するシーラの様子は本当にいつもの通りで、夜眠れなくなるほどの悩みを抱えているなんてことはおくびにも出す気配はない。


 こんな顔されるから、すっかり騙されてしまった。


 そうやってついつい人のせいにしてしまう俺自身の性根が、たまらなく恥ずかしかった。




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