2-12-2.「ダインって、まさか?」
「そう急かすことないだろさ。必要最低限の用件だったら二三説明して終わっちゃうんだ。けど、せっかくの再会、もうちょっと旧交をほっかほかに温めたっていいじゃないか」
「旧交? 誰とだ?」
目を見開いて聞いた。ゼノンもシーラも、相手が知ってる奴だなんて様子は欠片も見せなかった。目の前の男の勘違いなら、あんまりいい展開にはならなそうな予感もする。
でも、男は自信満々だ。ふふんと鼻を鳴らし、すぐには答えないまま、俺たちの中の一人をじっと見つめ続けている。
「……は? ……あたしっ?」
視線の意図に最大級の疑問をぶつけ、シーラが慄いた。
他の三人の視線も、声につられてすっと彼女に集められる。
「そうだよぉ。忘れちゃったのかい、悲しいなぁ」
「いやいやいや! あたしあんたなんか知らないよ! 何であたしが、グァルダードの組合長様なんかと知り合いなんてことがあんのさ!」
「んー、でも僕は君を知ってるからねぇ。あーでも、あの頃の君はぷにぷにふくよかで、今とは全然違った可愛らしさだったからなぁ。僕でも一瞬目を疑ったよ、今じゃこんなにグラマラスでコケティッシュな女性になったんだなぁって!」
「何さ、そのぷにぷにふくよかって! いつあたしがそんなに太ってたっていう――」
「ちょっと待て」顔を真っ赤にして怒鳴るシーラを牽制し、二人の会話に口を挟む。「その、あんたが前にシーラに会ったのって、いつの話なんだ?」
「んーと、……うわぁ、もう十八年も経つのか! 時の経つのは早いねぇ!」
「赤ん坊の頃の話じゃないのっ!」
「そうだよぉ。マウファドとラーファに娘ができたって聞いて、休暇を取って会いに行ったんだ。……いや、まぁ、白状するとホントはジェブルとヤツミナの息子を見る方が目的だったんだけどね」
そんなの覚えてるわけないじゃない!と憤るシーラ。そういうの旧交を温めるって言うの?と小首を傾げるミディア。懐疑的なこちら勢の視線を一身に浴びながら、まるで気にかける様子のない灰色髪の組合長。なかなかに立派な心臓を持ってるようだ。
「そんな赤ん坊以来の奴と会うのが目的ってんじゃねーだろ! さっさとホントのこと言いやがれ、何が狙いなんだよ!」
ゼノンがもう一度、今度は怒鳴りながら男を威圧した。
男は首を竦めながら、軽く苦笑い。
「生憎それが目的なんだ。懐かしのミルレンダインの話を少し聞きたいって思っただけで、ね。警戒心が強いのは悪いことじゃないけど、捻くれすぎても損するよ」
「てめーみてーな不審者のお手本みたいなの前にして、どんだけ警戒したってまだしたりねーよ」
そんな! ひどい! ゼノンの啖呵に対し、ポケットからハンカチを出して目許を拭う仕草を繰り返す組合長。確かに信用ならないノリだなぁ。でも、疑わしいって言うよりは単純に、付き合うのが疲れるから近付きたくないタイプって気がする。
「ミルレンダインは、あんたにとって懐かしい存在なのか?」
また会話に割り込んで先を促した。
組合長は「ああ!」と朗らかな笑顔で答える。
「懐かしいさ! 何せ僕の生まれ故郷だからね」
「……は?」
「あれ、ひょっとして、僕のこと全然知らないのかな? 欠片も?」
目を丸くするシーラの、粘っこい口調で顔を覗き込む組合長。さすがに不安に思ったか、シーラはすっと目を逸らして、顎に手をやりひと考え。虚空を見上げてふた考え。そしてむっと男を睨み直し。
「いや、ない! やっぱりあたし、あんたのことなんて欠片も聞いたことない!」
腕組みをして、頭を突き出して、ぐっと、組合長を睨み返し主張した。
「やだねぇ、最近の若モンどもは。少しくらいは政治にも関心持っとかんと、ある日突然わけのわからん法律が作られて痛い目見ることになるんだぞ?」
「はン、法律なんて関係ないね! 砂漠の盗賊は、砂漠のルールにしか縛られない。即ち強い奴が正義! それだけよ」
「ははァ、まぁそいつは一にして全なる、疑いようのないこの砂漠の真理だけどねぇ。までも、国で一番エラい人の名前くらいは覚えといてくれても損ないと思うよ」
ンホン、オホンとわざとらしく咳払いをし、これ見よがしに胸を張って。
「改めましての自己紹介。僕はこの盗賊同業者組合の現組合長、そしてレアン国の代表なんてものも兼任してます。ハルトス・カルラン=ダインという者です。どぉぞ、お見知りおきを」
わざとらしくシーラの顔を見つめながら名乗りを上げた。
「……ダインって、まさか――?」
「そ。実弟なんだわ。ジェブル・カックラド=ダインの」
聞いた俺に、にんまり笑って答える組合長。いたずらの種明かしをしたような。恐らく俺の二倍以上年上だろうに、小さな子供のような無邪気な笑顔を浮かべて。
それに対する、みんなの反応は。
「へー」ゼノン。
「ふぅん」ミディア。
「あー……」そして、シーラ。
「なんだよっ! お前らすっごい淡白だな!」
小さな子供のように両手を振り回して涙目になる組合長。恐らく俺の二倍以上年上だろうに。うん、ジェブルさんとそう大きく離れてないんだろうに。
「ンなこと言われても、別に何とも思わねーし」ゼノン。
「っていうか、ジェブルって誰だっけ?」ミディア。
「まぁ、出身はわかったけど、あたしにとってはやっぱ知らない人だもの」シーラ。
「お前ら酷くねっ? 『まさか――?』とか劇的な反応してくれるいい子はこの少年だけなのかいっ?」
やめて指差さないで。この流れだと逆に恥ずかしい。
「でもさ、実際ジェブルおじさんの弟だからって、何か積もる話があるわけでもないし」
「特にお前! 当事者! さっきからホント冷たい! 昔会ったときはあんなにぷにぷにふくよかで可愛かったのに!」
「だから赤ん坊の頃の話しないでって!」
「けど今のシーラもふくよかでいいと思う! その胸! むにむに揉んであげたい!」
「それはそれでムカつくからやめて」
「ひと揉み千エニでどう?」
「売るな!」
「買った!」
「買うな!」
両腕で胸許を隠し、がるるとミディアを睨み付けるシーラ。なんだ仲いいなこいつら。ハルトス組合長ともいいテンポで遊べてるじゃないか。
「勝手に売り買いしないでよね! あたしの胸はウェルのものなんだから。売るんなら自分の胸売って!」
おいこら話題に巻き込むな。




