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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十二節 盗賊グァルダード組合長
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2-12-1.「そっ、そんなワケじゃない!」







 ユイス・ノル=ゼーランド。


 幼馴染であるティリル・ゼーランドの父親で、俺にとっての剣の師でもある。


 穏和な性格で、ティリルが叱られているのを見たことはないし、俺も何か言われたことがない。


 平和な、田舎町の、町外れの山奥で。それでも毎朝剣の素振りを続け、鍛錬を怠らなかった。その動きが格好良くて、小さかった俺も真似して木の枝を振り回してた。手からすっぽ抜けた枝で頭にこぶを作ったとき。笑いながらも、濡れた布巾で冷やしてくれた。


 マウファドの話で、ユイスおじさんが、若い頃この砂漠で活躍してたことを知った。


 ユリの町を離れて久しいおじさんが、ここ数年、そして今、どこで何をしてるのかも俺は知らない。だから、ありえないことじゃない。一人娘を置いてさえやらなきゃならない何かがあるのなら、それは相当大事なこと。例えば、旧友であるガゼルダという男との約束を果たすため、とかいう話。うん、ありえないことじゃない。


 だけど、信じたくはなかった。ヴォルハッド団が、ユイスおじさんの大事な友人であるなんて。何かの繋がりがあるなんて、想像するだけで心臓が冷たくなった。


「……親父が気にかけてんのは、これか」


 ゼノンが、得心顔で頷いた。


 何かと尋ねると、「姉貴の話がずっと気になっててさ」と、煮え切らない声で答えた。


「オヤジが、なんで無名のヴォルハッドなんて連中のことを気にしてんのか、不思議だったんだ。ユイス・ゼーランドの名前が出てくるなら、まぁわかる。オヤジの古い友人だって、よく話聞かされた」


「ユイス・ゼーランドとバスラ・クウェイトね。レアンの盗賊だったら誰でも知ってる昔話よね」


 シーラも頷く。そういや、マウファドもその二人の名前を意識してみたいだったけど、シーラも気にかけていたんだっけ。


「……んー、キシキシとした既視感。どっかで聞いたような名前だけど」


 おいおいおい、ミディアまで知ってんのかよ。どれだけ有名人なんだ、おじさん。


「で? ウェルはどうして、そんな怖い顔してるの?」


 シーラが顔を覗いてきた。


 ああ、いや。ごまかそうかと考えて、そこまでの話でもないと、できるだけあっさりと説明する。「幼馴染の、父親なんだ」


「それって、お前が惚れてる女のことか?」ゼノンが驚いた顔をする。


「ほっ、……惚れてるっていうか、まぁ…………」


 はっきりと認めるのは、何ともくすぐったい。ティリルのことはとても大事な相手だと思っているけど、そんな風に意識したことはあんまりないんだ。


「なるほど。本命の父親が、愛人の仇かもしれないってワケか」


「そっ、そんなワケじゃない!」


 さらりとんでもないまとめ方をするミディアに、慌ててツッコミを入れた。


 シーラが後ろで物凄い怒気を発している。……ような、気がする。とてもじゃないけど、振り返って確認できない。


 そうこうするうちに、男が帰ってきた。女性に、ヴォルハッドのことが書かれた紙を返し、シーラを先頭に男の前に立つ。


「確認してきた。結論から言うと、通してよいとのことだ」


 おおーとミディアが息を吐いた。ゼノンが悔しそうに舌打ちする。悔しいのか、ゼノンは。


「そりゃそうでしょ。追い返される理屈がない」シーラの強気は、半分くらいは演技もあるだろう。「で? そんなら早くここ開けて?」


「……ああ、勿論開けるんだが、その前に一つ、その……、条件、というか」


「なんですって? 条件? あたしがここを通るのに、条件付ける必要があるって話?」


「いや、そういう限定的なものではない。ただその、上の者からのその、依頼というか。とにかく、会って話がしたいそうなんだ」


 男の態度に表情を歪めるのは、シーラだけじゃない。ゼノンもミディアも、かくいう俺も、要領の掴めなさに若干苛立ち始めている。どうもこの男、話の要点をまとめるのが苦手らしいな。言いにくいことを言おうとするたび、話がまだるっこしくなっていく。


「上の者って誰なの。はっきり言いなさいな」


「ああ、うん。その――」腹を括ったように、男はようやく、結論を言う。「……グァルダードの組合長。レアンの最高執政官だ」


 聞いた瞬間、他の三人の表情が一色に染まった。言葉で表現するなら「うわめんどくせっ」という表情一色に。




「よぉこそぉセラムの街へ! 歓迎するよ! まぁまずは座りたまえ、座りたまえ!」


 両手を広げ、満面の笑みで俺たちを出迎える壮年の男。その装いは、とてもレアンの人間とは思えないきっちりとしたものだった。白髪交じりの灰色の髪は、油でかっちりと固められ、服装は白いシャツに灰色のズボンと上着、首には赤い紐を結んで、胸に垂らしている。確か首絞め(ククンティス)とかいう、東の国の男性が使う装飾品だったと思う。


 座りたまえ、と笑顔で椅子を勧めてくれる男。その言葉に従うのは、俺とシーラのみ。他の二人は、言われる前からとっくに、ふかふかのクッションに尻を預けてふんぞり返っていた。


「……また怪しげな奴がでてきたモンねぇ」


 肘掛けに頬杖をついて、足を組んで溜息を吐くミディア。国柄としては彼女が一番、男の格好に馴染んでるかと思ったけど、その彼女からして開口一番の感想がこれだった。


「おー、おーう。悲しいなぁ、そんなこと言わないでくれよぉ。この国じゃ珍しいかもしれないけど、他所の国のお偉い人たちの前に出るにはこの格好が一番いいんだ」


「知ってるわ。砂漠でそんな格好してるとこってこての詐欺師にしか見えないわねって感想よ」


「んなこたぁどうでもいいだろ。この国のお偉い人であるアンタが、俺たちなんぞに何の用だ?」


 もう一人、腕を組んでふかふかの背凭れに背中を埋めるのはゼノン。凄んではみるが、ふっかふかのソファにすっかり飲み込まれてて、あんまり威圧感を出せてない。


 それにしても、うん。いいソファだな。


 さっきまでのグァルダード受付の、常にどこかが曲がってるボロ椅子とは全然違う。鉄扉をくぐって廊下を進んで、もう一つ大きな広間に出て、そこから脇の階段を上って四階。案内された客間は、ソファもいいし出してもらったお茶も美味いし、壁際の書棚も雰囲気がいいし窓からの景色も相当だ。


 唯一、よく来たねと歓迎してくれたこの男の風体だけが、どうにも怪しげで頷けない。




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