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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十一節 盗賊の国レアン、その首都
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2-11-4.「嫌な予感が、ぷくーっと膨らんだ」







 食事を終え、俺たちはいよいよグァルダードに向かうことにした。ゼノンの一声、セラムに向かうために。そして何よりの目的である、ヴォルハッドの情報を得るために。


 繁華街を離れ、もう一度街の表側に来た。夜中の一時過ぎ、壁の向こう側からはきゃらきゃらとした姦しい声がこちらに届いてくるものの、見える風景は静けさを通り越して寂寥。風が瓦礫を転がす音が、星明りさえ吸い込んでしまいそうに思えてくる。


 他の国ならば時刻相応の静寂でも、この国では暗澹たる光景。早く入ろうとグァルダードに飛び込んだけど、そこで待っていたのもまた、扉の外と大きくは変わらない淋しくも雑然とした景色だった。地面は剥き出しの砂と土。一応の待合スペースには件の安宿の家具にも劣らぬ、曲がって歪んだ長机と、折れて凹んだ長さがまちまちのベンチが、適当に置かれているだけ。うちの一つを占領して鼾をかいている、座高の高い細男と小柄な少年も、用事があってと言うよりは、行くところがなくて仕方なくここで時の過ぎるのを待っていると言った見てくれだ。


 広さだけはある待合スペースの奥、入り口の扉を背にして、正面に受付カウンターが二つ、並ぶ。


 木製の白い机は色が塗られた上から艶出しの処理もされていて、歪みどころか棘ひとつ見付からない。ただしその机を十分に使えるのは向こう側に座っているグァルダードの受付の係員ばかり。こちらは机の上から天井までを遮る鉄柵に妨げられて、せいぜい手の平一枚が柵の向こう側に伸ばせる程度だ。奥へ進むには受付の脇の壁際に鉄の扉がひとつ見える、それっきり。必要性は感じさせない、拳大くらいあるごつい見てくれの鍵がひとつ。それからすぐ横のカウンターに座るのも、これまたごつい筋骨隆々の坊主頭の男。言いたいことは一目で伝わってくる。


 柵の隙間から覗えるカウンターの向こう側は別世界。多分板敷きの床に絨毯まで引かれた廊下。壁には絵画が飾られ、脇には小さなテーブルに花まで置かれている。盗賊グァルダードなんて施設にどこまで必要なのかと首を傾げたくなる装飾だ。柵ひとつでこちら側は別世界なんだぞと、寧ろこっちに言い聞かせるためだけに置いてあるようにも見えた。


 二つあるカウンターに座るのは、先述の、坊主頭の筋肉男と、もう一方はやっぱり筋肉質の女性。どちらも愛想なんてものはなく、入ってきた俺等にも顔を上げる様子もなく黙々と手許の書類を整理している。


 少なからずこの空気に緊張してしまった俺たち三人を尻目に、一人自信満々なゼノン、胸を張り、ずんずんと大股に男の前に進んでいった。


「ラナマーヴェの、クウェイトの息子、ゼノンだ」


 そして、名乗った。


 受付の男の反応は、無視。


 嫌な予感が、ぷくーっと膨らんだ。


「聞いてんのかっ? ラナマーヴェのゼノンだ! 早くそこの扉開けろよ!」


「……聞こえてる。帰れ」


 にべもない。男はまだ、目線一つゼノンにくれない。


「ンだよ、中に用事があるっつってんだろ。さっさと開けろ!」


「……組合員(グァルディオン)証は?」


 一応聞いてやる、と一瞬だけ顔を上げた男。


 何でそんなもんが必要なんだと、ゼノンも頑な、強気の態度を崩さない。


 男は大きく溜息を吐き、わざと音を立てて乱暴にペンを置く。そしてようやく顔を上げ、威嚇するようにゼノンを見上げた。


「何勘違いしてるか知らんが、クウェイトの息子だから特別扱いでここを通れるなんて道理はねぇよ。さっさと帰れ、ボンボン」


「な……っ、何でだよ! 親父は組合員証なんて見せなくても通ってたぞ!」


「……クウェイトの旦那はな。五大団の一の頭領で、会合に出る役目もある。組合員(グァルディオン)じゃなくてもここを通れる資格はあったさ。


 んで、お前は? どんな理由がある? どこまでの実力だ? ラナマーヴェのただの団員、より大きな肩書があんのか?」


 詰問され、言葉を飲み込むゼノン。効力のない親の威光を振り翳してしまった手前か、顔を赤くして悔しそうに受付を睨み付けている。


 ああ、ダメか。俺は大きく落胆した。セラムに入れるなら万事解決、と思ったのに、結局この手もダメだとなると、後はどんな手を取れるものか――。


 と、ゼノンを横に押し退けて、受付の男の前にシーラが仁王立ちした。


「名のある盗賊団の頭領なら、中に入れてもらえるわけ?」


 ペンを拾い直したところだった受付の男。続く話に、めんどくさそうに左手で頭を掻く。


「それが?」


「なら、ミルレンダインの頭領だったらどうなの?」


 あ。


「通せるだろうな。それで?」


「じゃあ通して。あたし、ミルレンダイン頭領だから」


 ふくよかな胸の下で腕を組み、強気に男を睨んで立つ、シーラ。彼女が頭領を名乗ったのは、多分、初めてのことだ。でも……、確かに嘘じゃない。


「……出鱈目ももう少し考えて言ったらどうだ? ミルレンダインの頭領といったら、お前とは正反対の屈強な男――」


 言いかけて、受付の男も何かに気付いたらしい。言葉を止め、息を飲み。それから念入りに、シーラの顔を検分した。


「ミルレンダイン第五代頭領、マウファド・トリム=ミルレンディアは……、…………死んだの。

 あたしは、マウファドの実子シーラ。シーラ・リュスタル=ミルレンディア。事情があって長らく頭領の引継ぎはしてなかったけど、団の後継の儀も終えて、団員達からの支持も受けてた。先代がいない以上、今はあたしが正式なミルレンダイン頭領なんだよ」


「いやっ、……いや、しかし、それは――」


「その様子だと、ミルレンダインが襲撃を受けた話は聞いてるみたいだね。じゃあ、問題ないでしょ?」


 更に背を反らせ、胸を張るシーラ。背中しか見えなくても、表情が手に取るようにわかる。機嫌悪そうに眉を顰めた、さぞかしドヤ顔で男を見下ろしていることだろう。


「しかし……、先代が死んだという証拠が――」


「証拠! この砂漠で人一人死んだっていう証拠が欲しい! あんたホントにレアンの盗賊グァルダードで働いてる身分なの? 何が欲しいって? 骨? 髪? それとも首を丸ごと?」


 勝てると思うと強気に出るなぁ。強気なシーラを久々に見られて、ちょっと嬉しい。


「と、……届け出が、まだなので」


「届けりゃいいの? じゃあ今届けるわ。このあたし! マウファドの実子シーラが! 父であるマウファドが、確かに死んだ! そのことを証言するわ! ……これでいい?」


「…………お、お前が本当にマウファド・ミルレンディアの娘である証拠――」


 バン! と、男の言葉を遮って、机に手の平を叩きつけるシーラ。


 手の平の下には、グァルダードの登録証。ケーパ仕事を請ける時に提示していた、金のメダルがあった。


「いくらでもどうぞ? 調べて?」


「…………」


 とうとう、男が黙った。



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