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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十一節 盗賊の国レアン、その首都
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2-11-3.「大汚かった。どこを取っても」








 結論から言うと、まぁ、「街の裏手の方にある多少小ぎれいな宿」なるものは、どこを取っても俺やミディアの感覚で言えば「小ぎれい」どころか「小汚い」とすら表現できないような場所だった。うん大汚かった。どこを取っても。


 宿自体は五軒あった。


 一番汚い見てくれの宿は、表側に持っていっても十分通用するようなものだった。むしろその建物が宿泊施設として金を取るつもりなのかと、俺ですら、宿の主を呼び出して小一時間説教したくなる程の外見だった。


 一番マシなところをとゼノンに注文を出したが、そこも結局、ミディア御大を満足させるには到底及ばなかった。


 四人詰め込みの大部屋ひとつ。寝床は、ミルレンダインのタントールの筵よりもずっと汚い、腐りかけの藁を変色した敷布で覆い隠したもの。それ以外には、あちこち曲がっている出来の悪い木製の机がひとつと、座板の代わりに穴だらけの網が張ってあるこれも木製の椅子が五つ。そして部屋の隅にトイレ。楕円形の石の便座に錆びた鉄の蓋が乗せてあって、周りを、あちこち破れた襤褸布のカーテンで区切ってある。扉を開けた瞬間から、思わず鼻を摘まみたくなるような変な臭いがしていたけど、元凶は恐らくそれだろう。と思う一方、寝床も椅子も臭気の元候補としては十分に有力なので何とも言い難い。


 環境も酷いものだけど、安全性がまた輪をかけて酷いもの。薄い木の板でできた部屋の扉は、申し訳程度の掛金がひとつ。それ自体も頼りないのに、それ以上にキイキイ悲鳴を上げる蝶番が何とも弱々しくて、襲撃なんて受けずともひとりでに扉を放り出してしまいそうだ。勿論、壁板だって頼り甲斐のある代物じゃない。俺がこの部屋を襲撃する側なら、寧ろどこからぶち破ればいいか迷ってしまう程。扉も壁も、何なら屋根の上からだって、選び放題だ。


 例の腕輪を売ったので、当面の活動費はある。顔の歪んだ壮年の宿の主に、一晩分にしては破格の金額を提示して案内してもらったので、この建物の中で一番いい部屋なのは間違いない。それでこの中身だ。もう、逃げようがない。


「……どうする?」


 一応、みんなに向けて。真意は、ミディアに向けて。


「ない」


 ゼノンがのんびりと両手を頭の上で組みながら「いいんじゃねーか」と答えようとしているのを、俺も横目に捉えていた。それより早く答えてくれよと内心でミディアに向けた想いは、刹那も置かずに叶えてもらえた。


 ここでもダメなのかよ、と不満げなゼノン。どの辺りが、「ここでも」なんだろうか。砂漠に住まうシーラですら顔を顰めているような部屋だというのに。


 とりあえず、宿探しは一旦横に置いて、飯を食いに行くことにする。


 ライトラール市は、ゼノンとシーラの説明の通り、鉄の壁を中心に囲んで環状に広がっていた。街に表と裏を付けるなら、宿が五つ立ち並んでいたこの辺りは裏側なのだという。表が退廃区で繁華街が裏にあるなどとはずいぶん捻くれた街だと感じたが、それもこのライトラールがあくまで「首都セラムの付属市街」でしかない証なんだろう。ライトラール退廃区のど真ん中にグァルダード本部の入り口があり、そここそがセラム市への唯一の入り口つまり正面玄関だとすれば、確かに向こうが表でこちらが裏、になる。


 まぁどっちが表でも裏でも関係ない。ライトラールはこちら側が賑わっていて、人も金もよく動いている。とりあえずその事実で十分だ。


 その繁華街の中央近くの、屋根板に柱を立てただけの半露店を選び、俺たちは食事を取ることにした。


 ベイクードの食事処と違い、ここは選べる献立なんてないらしい。その日のメニューは店がその日に決め、客は皆同じものを食べる。仕組みはミルレンダインの食堂に近い。


 四人揃ってトレイに乗せられた料理を受け取り、繁盛している店の、端の方の席に座った。丸パンが三つ。羊の肉を焼いたもの。味付けは玉葱と葡萄酒のソース。かぼちゃのスープ。酒だけは自由に注文し、注文ごとに金を払う形らしい。


「……美味いわね」


 羊肉を一口食べ、ミディアが目を丸くした。


 俺も同意した。ユリのミルルゥ辺りでもなかなか食えない、上質な食材と腕前だ。この街でこれほどの料理と出会えるとは。感動もあったけど、それ以上、意外性が大きくて驚いた。


「それにしても……、なんか、馴染まないよね」


 スープを匙で舐めながら、シーラが店の外に目を向ける。繁華街のどん詰まり、ここからもう二区画ほど行った先に、鉄の壁がずんぐりと聳えていた。


 さっき間近で見た壁は、相当頑強そうだった。高さは目測で三メトリ半程か。俺がゼノンの肩の上に立っても、多分まだ手は届かない。更に壁の上には、細い棘がいくつも飛び出した太い鉄()()が長く引かれている。


 そんな壁が、この街の片側にずっと長く続いているんだ。


「こんな街が首都だってんだから、ふざけた国よねホント」


「じゃあどんな国が首都ならまともな国だって言うのさ」


 大きなグラスで大麦酒を喉に流し込むミディアに、シーラも負けず声を張る。


「国の話なんか知らねー。どうせグァルダードのお偉い連中のやるこった。まともなはずねーよ」


 フン、と鼻を鳴らしてゼノン。パンにぐりぐりとソースを付けて、口に放り込む。


「グァルダードのお偉い連中、ね。なるほど興味深くはあるけども」


「ミディアの興味はひとまず置いておいてもらって」雑談を、一度断ち切る。「当面の問題は国の話より、宿をどうするか、だろ」


「さっきの宿でいいじゃんか。どうせ寝るだけなんだしよ」


 ゼノンはいまだ自説を曲げない。けど、俺たちもここは譲れるとこじゃない。


「ないわ。あそこはない」


「うん。悪いけど、俺たちの感覚じゃあそこは『小ぎれいな宿』とはとても呼べない」


「待ってあたしの感覚なら呼べるとか思われてない? 砂漠育ちでもあそこは無理だよ、あたし的にも。あんなとこじゃさすがにウェル襲う気になんないもん」


 三人に否定され口を尖らせる。だから団体行動ってのはめんどくせーんだよなぁ。……大声で愚痴る。あんな宿に紙幣を落とすくらいなら山羊に食わせた方がまだ有意義だと、思う本音は隠しておくことにする。


「で、どうする? 実際あそこしかないんだったら、もうあとは野宿するしかないわけよね?」


 カップから直接スープを啜りつつ、ミディアが喉を唸らせた。


 この中で一番、「どこでも寝られるわけじゃない」のがミディアだ。さすがに焦りもあるんだろう。


「あたしは野宿でも構わないよ? そっちのが雰囲気作れそうだし」


「俺も構わないぞ。ちゃんと女性陣と男とで距離置けるならな」


 ツッコミはいちいち入れない。釘は刺す。シーラから、抗議の視線がじろり届いた。


「あんたたち、野宿に慣れ過ぎじゃない? 他にどうしようもなくてももうちょっと嫌な顔するとか――」


「……ったく、しょーがねぇなあ」


 ゼノンが大声で視線を集めた。何やら舌を鳴らし、次の一言をずいぶん勿体ぶって。


「そんなに言うなら、壁ん中行くか?」


 そうして言い出した提案に、ミディアもシーラも、そして俺も。思わず目を丸くして、声を揃えてしまった。


「はあぁあ?」


 四人分の「はあ?」が店中に響く。隣の卓どころじゃない、店中、店の外の注目も浴びたけど、今は気にならない。


「何よあんた! 行けるんだったら最初からそう言いなさいよ!」


「そうだよ! お前の説明で行けないもんだと思い込んだんだぞ」


「え? って言うか、ゼノン、ホントにセラムに行けるわけ? 何で隠してたの?」


 質問と詰問を、一斉に浴びるゼノン。眼力に圧倒されたか、身を乗り出して睨み付ける俺たちに一瞬たじろいだ後、ああもう散れよと手で払う。机の上で、スープと酒と、ゼノンのミルクが小さく波打った。、


「中の連中偉そうだから、できれば付き合いたくねーんだよ。けど、宿の確保がどうにもならねーんじゃしょうがねえ。」


「本当に入れるわけ?」


 シーラがしつこく聞く。


「まぁな。任せとけよ」


 にやりと笑って答えるゼノン。


 なんだ入れるなら解決だ。さすがに壁の中なら、今度こそ「小ぎれいな」宿の一つや二つ、いや三つや四つすぐに見つけられるだろう。もう安心、後は財布との戦いだなと、羊の肉を大きく切って頬張る。胸を張るゼノンの笑顔に一抹、嫌な予感が走らないでもなかったけど、気にしないで肉の美味しさを堪能することにした。



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