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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十一節 盗賊の国レアン、その首都
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2-11-2.「本当にここが、この国の首都なのか?」







「あとどれくらいなんだ?」


 鞄の中から小麦焼き菓子(ベストキュイト)を取り出しながら、俺はシーラに聞いた。シーラは干したナツメヤシを咥えながら、ひょっほまっへねと地図を広げてくれる。


「んー、……と。今大体この辺りかな。もう三カイル程南下したら、海沿いを離れて内陸の方に向かうわ」


「日数で言いなさいよ。あとどれくらい歩くの?」


「正直わかんない。あたしもセラムに行くの子供の頃以来だし。距離的には、二日はかかんないはずだと思うけど――」


「急げば明日中には着ける。砂地に出れば平坦だし、今よりはペースが上がるはずだ」


 ゼノンが補足した。


 じゃあ最初から砂地を歩けばよかったんじゃない?と、ミディアが首を傾げる。ゼノンは首を横に振って、深く溜息を吐くだけ。何も答えはしなかった。


 砂地は歩みは捗どるけど、休む場所が少ない。見晴らしもよく、狙われる確率も上がる。ゼノンとしてはそちらの道の方が好みだったろう。けど彼も、砂漠を知らない俺とミディア、そして旅にはあまり慣れていないシーラのことを考えて、この道を勧めてくれたのだ。


「明日着くなら、その後のことを考えておかないといけないな」


 地図から顔を上げ、ベストキュイトに齧りつく。


「その後のことったってなぁ。セラムが一番情報が集まってきそうってだけだからなぁ。空振りに終わったら、また次ンとこに移動すりゃいいんじゃね?」


「え、ちょっと待って。まだ歩くかもしれないってこと?」ゼノンの言葉に、ミディアが顔を顰めた。「それは勘弁してほしいわ。私あんたたちと違ってか弱い乙女なのよ?」


「何が乙女だ。三十手前の癖に」


(くび)るわよ?」


 ミディアが本気の殺気を纏う。


 そういや、ミディアはそこそこ年上なんだっけな。いつもゼノンともシーラとも同じレベルで喧嘩してるからすっかり忘れてた。年長だけど、リーダーシップを揮うどころか、もう少ししっかりしようなんて思う気も、さらさらないんだな。


「まぁでも、二日間砂漠を歩いてきて、体力の消耗も結構あるなってのは俺も感じる。策がないならあちこち動き回るより、セラムを拠点にする方がいいんじゃないかって思うな。砂漠中の情報が集まってくる場所ってことだし」


 俺の提案に、ミディアも、シーラも頷いた。一人反応を見せないゼノンも、別に反対ってわけじゃないらしい。ガジガジ干し肉を齧りながら、視線ひとつもこっちに送ってはこない。


 じゃあそれでいいかなと話をまとめ、俺もベストキュイトを齧ろうと口を開いた瞬間。


「まぁ、正確にはライトラールに拠点を置くことになんだろうけどな」


 汚らしい咀嚼音を立てながら、ゼノンが、そんなよくわからない一言を付け加えてよこした。


「ライトラール?」


 初めて聞く単語に首を捻る。


 シーラが「あー……」と言葉を探し、腕を組んで考え込んだ。


「行きゃわかる。大した話じゃねーよ」


 ゼノンはそれだけ言い捨てて、それ以上説明はくれなかった。手に残っていた最後の一口も口の中に放り込み、まだ飲み込まなうちから両手を後ろについて「ふぅ」とくちそうに息を吐く。


 よくわからないけど、別に問題があるわけじゃなさそうだ。


 それならいい。明日実際に街を見てから考えようと、俺も先のことを考えるのはやめることにした。




 駱駝の足音がさくりさくりと変わった頃、前方の空からは雲も消え、夕日が辺りを真っ赤に染めた。


 さらに少し、星空が広がり辺りが夜闇に包まれた頃、街の明かりが見えた。


 近付いて感じる、不穏な空気。明りのある所よりも、ずっと手前から。古びて形も歪な、木と石をいい加減に組み合わせて建てた家――らしきもの――が乱雑に立ち並び、雑然とした雰囲気の道が伸びていた。建物群は酷く荒廃していて、例えば扉のように見える木の板は、行儀の良いところでだらしなく開きっ放し。悪いところでは(つがい)が外れて斜めになっていたり、立てかけてあるだけだったりしている。それでも全体を見回せば、行儀が悪かろうが戸板があるだけで上出来であるらしい様子だった。


 そして、そんな荒廃した風景は建物に限った話じゃなく。誰かの物なのかただのゴミなのか、種々雑多な木片、石の欠片、割れたガラスやズダ袋、腐った肉や果物などが道端に転がっていて、それからぼろぼろの布切れを体に巻き付けた人間の多くもそこらに転がっていた。


 脇を通る俺たちに、起きるどころか首を擡げるだけの反応をする者もほとんどいない。


「何よこれ……」


 ミディアが、異臭に鼻を押さえた。


 俺も思う。「本当にここが、この国の首都なのか?」


「ううん、ここはセラムじゃない。ライトラールだよ」


 シーラの言葉に、俺とミディアが「は?」と声を揃える。


「何よ、それじゃ私たち、三日もかけて違う街に来たってことっ?」


「違う違う。セラムはこの先」


 シーラが指差す道の先。先程砂の丘陵から遠目に見た街の明かりは、駱駝の鼻のさらに先に微かに見え隠れしている。


「どういうこと?」


「レアンの首都セラムは、鉄の壁に覆われてるの。その周りを囲むようにしてあるのがライトラール市。セラムの入り口は、この先にあるグァルダード本部の扉しかないんだよ」


 説明を聞くが、全く意味がわからない。市の周りを市が囲んでいて、壁が境目になってるってことか? 一体何のために。


「詳しくは知らないけど、グァルダード本部の機能を守るためって聞いた気がするよ。依頼人から仕事を預って護衛者(ケーパ)に委ねるのが支部の主な役割だけど、本部はそれに加えて情報の管理もしなきゃいけない。けど、街を開いていると情報を盗みに来る奴や、能力もないのに仕事にありつこうとする奴がたくさん集まってくる。だから、壁を作ってグァルダードに不要な人間は入れないようにしたって」


「不要な、か。それで入れない連中が、壁の周りに住み着いたってこと?」


「ま、そこはいろいろだ」今度はゼノンが補足する。「流れ着いたけど中に入れず、ここに屯ってる奴。中から追い出されてどこにも行けない奴。商業やケーパ仕事の目的で少しの間ここにいる連中も、中に入れなきゃライトラールに宿を取るっきゃねぇ」


「げ。じゃあ、私たちもっ?」


「安心しろよ。見てくれが酷いのはこの辺だけだ。裏の方に回りゃ、多少小ぎれいな宿もある」


 ゼノンの言葉にミディアは天を仰ぎ、ああ、と嘆きの声を漏らした。


「多少小ぎれいな、ね。ああ、あんたたちの感覚が少しでも私たちと近いものでありますように」


 それについては、俺も、多少なりと同じ願いを抱いていた。ミディアほど贅沢は言わない。見張りを立てなくても安眠できる宿がいいなあ。できればふっかふかの敷布で。



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