2-10-6.「いいよシーラ、お前に任せる」
「伺いました。ミルレンダインには戦いを知らない方もたくさんいらしたとのこと。本当に胸の痛いことです」
「……何で知ってるの」
「恐らく相手の団が自ら喧伝して回っているのでしょう。かの強大なる東のミルレンダインが、何者ともわからぬ雑把盗賊に一夜にして壊滅させられた。今やこの報せは砂漠中に届いています。とはいえ、私の父はとりわけ件の盗賊団の動向に気を配っております。世間に流布する噂を、積極的に集めたのも事実ですね」
え、そうなの? ゼノンが間抜けな声を上げた。
セーラの父、つまりはゼノンの父。確かクウェイトって言ったか。グァルダードで六重の塔の話を聞いて以来、ちょくちょく名前を耳にした。
現在のタミア砂漠の最強を冠する男が、ヴォルハッドの噂を積極的に集めている……? それってつまり、どういうことだろう。
「ミルレンディアさん。私たちラナマーヴェ団としましては、あなた方と協力して敵を追う準備があります。ですが、あなたにも仲間がある。今ここで大きな決断を行うのは難しいでしょう。
まず今日のところは、あなた方が先日得た敵の情報を、売って頂けませんか?」
「情報を、……売る?」
「敵の名前。構成員。得手とする武器や強さ。その他、実際に戦ってみて感じられたこと、なんでも。本当でしたらそれぞれをちゃんと吟味して値を付けるべきだとは思いますが、生憎細かい持ち合わせがないもので、よろしければ『これで支払えるだけ』という形でお願いしたいのですが」
言いながら、セーラさんは左腕の銀の腕輪を外し、机の上に置いた。幅は目算十センターン。中央にウズラの卵大の青い宝石が等間隔に三つ、両の際に緑色の小さな宝石がいくつも並べて施してある。
宝石なんてものに明るくない俺にはどれが何の石だかはよくわからなかったけど、絵本にいわゆる「宝物」なんかに相応しい、高価なものだってことは見るだけでわかった。話にはまるで興味ないって顔していたミディアも、これには見開いた目をガッツリと向けている。
「これで、……払えるだけって、え?」
「ミルレンディアさんの思う値でこちらをお支払い致します。あなたがこれに見合うと思う分だけ、敵の情報をお教えください。少なくとも、敵の名前くらいの価値はあると思うのですが」
嫌味なほどの過小評価だ。この腕輪ひとつで敵の名前程度の情報なんて、一万人分売ってもまだ足りないだろう。
セーラさんはもう一度腕輪を持ち上げ、手を伸ばしてもう少しシーラに近い場所に置き直す。手の平を向け、どうぞご検分ください、とポーズで示すその姿があまりに余裕を溢れさせていて、正面のシーラはなかなかそれに手を伸ばせなくなっている。
「いかがでしょうか?」
「いいんじゃないの? 全部教えちゃえば」
不安そうに口を三角形にしているシーラに、横からミディアが口を挟んだ。
「ちょうどさっきお金の話もしてたとこだし。売れるもの売って当座の生活費どころか今後の活動費までもらえるなら、願ってもないじゃない」
「うん……。正直、断る要素は何にもないんだけど」
それでも、シーラの口調は慎重だ。
「あんまり美味しすぎる話なのが逆に怖くて。この腕輪だって、どう安く見積もっても十万エニは下らないでしょ?」
ゼロが一個足んねーよ。両手を頭の後ろで組んで、ゼノンが口を挟む。
「セーラさん。あたしたち、これに見合う程の情報は持ってないんですけど。お釣りは換金してから払えばいいってこと? それとも、その分更にあたしたちに何かしろって言うんじゃないの?」
「いえ。その腕輪については今回限りの取引です。申しました通り、ミルレンディアさんの思う値を付けてください。一エニの価値しかないと思えば、一エニ分だけ情報を頂ければ構いません」
相変わらずの柔らかい笑みをまるで崩さず、セーラさんはひたすらシーラの顔を見つめている。確かに、話は美味すぎる。セーラさんも見かけによらず怖い人みたいだし、慎重になりたい気持ちもよくわかる。
「受けりゃいいよ。何か企んでるとしても、こんなとこに罠なんかしかけねぇ」
椅子を引き、作ったスペースでふんぞり返って足を組んで。話の行方を、彼女のことを一番よく知っているゼノンはそう評価した。
「金額渡しておいて後から条件を追加する、なんてセコい真似はしないはずだ。うちにゃこの程度の装飾品や貴金属がごろごろ転がってるからな。いちいち換金するのもめんどくさいし、価値を数えるのもうざったいし、だからいざ使おうってときには適当な計算になっちまうんだよ」
「こ……っ、……このくらいの装飾品が、ごろごろ……?」
ミディアがごくりと喉を鳴らした。
「まぁ、そういうことです。もし高額過ぎて不安を感じる、と仰るなら、いくつか宝石だけを外して差し上げても私は構いませんけれど――」
いやそんな面倒な。しかも物としての価値は絶対下がるだろ。
っていうか普通に考えたら、先に換金して必要額だけ払うのが損しないやり方だろう。捻くれた見方もできるけど、こんな穴だらけの儲け話が罠だなんてとても思えない。
「いいよ、シーラ。お前に任せる。結果どうなっても俺は何も言わない。ただ、俺はセーラさんの話に乗ってもいいんじゃないかな、とは思う」
「…………」
無責任かもしれないけど、最後のところでは多分セーラさんを信じるかどうか、直感の問題だと思う。俺の直感を伝え、その上でシーラの直感に任せた。
「……そうだね。怖がってても仕方ないか。
よし、いいよセーラさん。交渉成立。大した情報持ってないけど、知ってることは全部話すよ」
「ありがとうございます。では――、と、その前に」
小さく微笑み、無駄のない動きですっと立ち上がるセーラさん。
何をするのかと思えば、静かに歩みを進めて厨房の方に向かい。しばらくののち、林檎の小麦包み焼と、氷の入った香茶のグラスを持ってきた。
「お待たせしました。さぁ、お話をお願いします」
言いながら、香茶にミディアを超える量の砂糖を大量投下している。包み焼にもたっぷりの蜂蜜がかけられているので、両方が一気に放り込まれたシーラさんの口の中、さぞかしあまあまになっていることだろう。
うーん。ミディアだのセーラさんだのの食事を見ていると、朝から脂っこい肉焼何か食ってるゼノンの方がよっぽどまともな感じがしてきちゃうなぁ。




