2-10-5.「おおぉ、お姉さまめっちゃ怖い」
「何がどう、違うのですか?」
「えっと、だから、その……」
「用事はもう済んでるのですよね? それなら、帰りは私も一緒に歩こうかと思うのですけど」
横で聞いているだけでも、そこはかとなく漂ってくる威圧感。あ、これ、ゼノンが弟だから頭が上がらない、ってだけじゃないな。そもそもこの人怖い人っぽい。
「えっと、その、だから……」
「はい。だから?」
「その、あの……」
「あの?」
復唱だけでゼノンを黙らせる。
そして、ついに根負けしたゼノン。
がっくりと肩を落とし、踊り子風の女性につむじを見せて。
「ごめんなさい、姉ちゃん。その、まだ、仕事、終わってないです」
何と素直に謝った。ヤバいこの後は雪でも降るか。それとも槍か火薬玉か。
ぽかんと口を開けてやり取りを見守る俺とシーラ。口許押さえてあからさまに笑いを堪えているミディア。さて、おっかないお姉さんはというと。
「あら……。まぁ、そうなのですか。それはまぁ」
頬に手を当て、困りましたねと眉を顰める表情。そして、少し溜めた後言葉を。
「何も危険なことなどない、ただのお使いでしたよね、ゼノン? そんな仕事もこなせない無能なら、塔に帰って一歩も外に出ないようにした方がよいかしら」
「や、やっ! 待ってそんなことないから! これからちゃんとやり通すからっ! だから待って! 親父には内緒にしてよぉ!」
おっかないお姉さんの迫力。そして取り乱すゼノンの情けなさ。どっちもなんか言葉でうまく表せないような衝撃で、うん、なんか、見ちゃいけないものを連続で見せられてるなーって感じだった。
ミディアはそろそろ手が口を抑え込み切れなくなってる様子だし。
「バスラ様にお伝えしないわけにはいかないと思いますが、とりあえず事情は伺いましょうか。よろしければ、お友達にもご紹介して頂きたいと思いますし。ねぇ、ゼノン」
言いながら、お姉さんはとても淑やかな身のこなしですっと体の向きを変え、隣の席から勝手に一つ椅子を持ってきて、向かい合うゼノンとミディアの間に座った。
見た目はとても秀麗で、婉然とした様子なのに、醸している雰囲気はシーラやミディアなんかよりもっとずっと恐ろしい。ゼノンが震え上がるのも、一見滑稽のようだけど、心のどこかでは納得。その蠱惑的な笑顔に、なぜだかすっかり目を奪われてしまった。
ところでシーラは、何でそんなに俺のことを睨んでるのかな。
「お話は理解致しました。そのようなご事情があったのですね」
ゼノンの姉のセーラさんは、俺たちの話をそれはもう静かに、頷きながら聞いてくれた。そして話が終わると、噛み締めるように深い溜息を吐きながらそう言ってくれたのだった。
「つまるところ、ゼノンがお仕事の最中偶然出会ったあなた方に無用の勝負を仕掛け、敗れた末に大切な届け物を奪われてしまい、更には謎の襲撃者に持ち去られてしまったと」
「無用の勝負って、姉ちゃん酷くねっ? こいつらが塔に忍び込もうなんて悪巧みを堂々と口にしてたんだ。黙って放っとけねぇだろ!」
「塔には私もバスラ様もおりました。黙って放っておけば、この方たちが塔に来たことを後悔なさって、それで終わる話だったんですよね」
セーラさんから目線を送られ、ぞわり背筋を毛虫が走った。
「まあでも、確かにあなたの気持ち自体は、私たちを守ろうという素晴らしいものだとも受け取れます。そのことは評価に含めておきましょう。
それで、負けたんですね?」
あ、辛辣。
「やっ! ……や、待って、待って姉ちゃん! 違うんだって! その、あの瞬間は不意を突かれて――」
「負けたんですね?」
「いやだって、なんだかんだ言ってあの状況三対一だったし、それで――」
「負けたんですね?」
「だから違くて! 大体あの日誌は先に拾われちゃっただけで、負けたから奪われたわけじゃなくて――」
「負けたから奪われたわけじゃなくて――。奪われて、そして負けたんですね?」
おおぉ……。お姉さまめっちゃ怖い。
最早ゼノンは涙目。俺の前で、ミディアの前で情けない顔を見せたくないとか、そんな意地も根こそぎ刈り取られたみたいだ。
そして、散々弟を委縮させたセーラさんが、ふっと目線を俺に向け。
「ウェルさん、でしたね。欲目かもしれませんが、これでもゼノンの実力は相当のものだと思います。それを倒したのであれば、あなたの力はこの砂漠でも屈指のものと言えるのでしょう。称賛しますわ」
褒められ、微笑まれる。
ともすればお世辞とも思える軽い口ぶりだったけど、なんでだか俺は心底からの評価と受け止めることができて。両手の指先まで熱くなるくらい嬉しくて、居ずまいを正して素直に礼を返した。
ところでシーラは、何でそんなに俺のことを、頬を膨らませて睨んでるのかな。
「……なるほど。ゼノンに匹敵する実力者がもう一人。それでも……」
笑顔の後の僅かな真顔。下唇を親指と人差し指でつまみながら、何やらぶつぶつと呟く横顔からも、彼女の誉め言葉がただの飾りでないことを保証しているようだった。
そして、突然また表情を柔らかくして、
「ところで、私の話をさせて頂いてもよろしいですか?」
机の上に両手を組んで、セーラさんはにっこりと微笑んだ。
あなたの話? 聞き返すはシーラ。
「ええ。実のところ、私は別に愚弟の様子を見にこの街に来たわけではないんです。そもそもまだこんなところでグダグダしているなんて思っていませんでしたからね。私がここに来たのは、実はあなたにお会いするためです」
「えっ、あたし?」
「間違っていたらごめんなさい。あなた、ミルレンダイン団の後継のご息女ですよね?」
え、と。シーラの言葉が止まる。
素直にそうだと頷けばよい話、まだシーラの胸中には消化しきれないどす黒い想いが渦巻いているんだろう。
「元、ね。ミルレンダインはもう潰れた。今のあたしは、ただのミルレンディアの娘よ」
そんな憎まれ口を、叩かずにはいられなかったみたいだった。




