2-10-4.「大丈夫。シーラが戦えないわけない」
「俺は、しばらくはシーラと一緒にいるよ。シーラがヴォルハッドを倒したいって思うなら一緒に剣を握るし、全てを忘れて静かに暮らしたいって言うなら、落ち着くまでは傍にいる」
はぁあ?と俺の横顔を睨み付け声を荒げるゼノン。
シーラも顔を持ち上げ、ほんのりと頬を赤らめた。目が、熱っぽく滲んでいる。
「けど、ウェル……。さっき、父さんを倒したあいつらを倒したいって、言って――」
「ああ。最終的にはそれを目標にしてるよ」
「ンならよっ! こんなヘナチョコ女の面倒なんか見てる暇――」
「シーラはヘナチョコ女なんかじゃないよ」遮って、強い語調でゼノンを睨む。「なんだかんだ言って、シーラは戦うよ。敵の四人を前にしたとき、正直俺は足が震えてた。これは絶対に勝てないって肌で感じて、死ぬのが怖くて、完全にビビってた。どういう心境だったかは今さら聞かないけど、ゼノンとミディアは連中の前にも出てこなかった」
「あ、や……」
ゼノンの威勢が、途端に萎む。あれはその、違くて……。しどろもどろになる。
「別に責めてるわけじゃないし、臆病者って笑いたいわけでもない。ただ、あのときシーラだけは自分から走り出してた。敵の前で倒れてるマウファドに駆け寄って、敵の首領を睨み付けてた。絶対許さないって、啖呵切ってた。
だから大丈夫だよ。今はただ少し落ち込んでるだけだ。シーラが戦えないわけない」
断言した。
それを正面から受け止めて、うぅと小さく唸ったゼノン。振り上げた拳の卸どころが見付からなかったみたいに、しばらくは返す言葉をあれやこれやと探していたけれど、最後には俺の言い分を受け入れてくれたらしい。「まぁ、戦うんだったらいいけどな」と、一つ大きく鼻から息を吐いて、腕組みをして、それきりむすっと黙り込んだ。
そんなゼノンの顔を、しかし俺はじっと睨み続けた。というのは正面に座るシーラの顔を見ることができなかったから。熱い視線が、こちらに向けられているのは感じてた。それを真っ向受け止めたら、絶対恥ずかしいことになる。確信があった。
カラリ。背後の扉が鳴る。他の客がこの時間に来るのは珍しい。
「じゃあまぁ、とりあえずあの銃使いから日誌を奪い返すまでは四人で行動するとして。具体的にこれからどうするのか、資金繰りも含めてもう一回、きっちりしゃっきり話し合わないといけないわけね」
ミディアの言で、この話し合いが最初の議題に戻ってきたことに、気付く。
最終目標を再確認できたのはひとまずの収穫として、何はさておき金がない。
「まずは、ウェルかな。他の人でもいいけど。具体的に、敵を倒すために、これから何をしなきゃいけないと思う?」
そうだなぁ。指名されたので、発言を前提にいろいろした考えを整理していく。
まずは――。
「情報収集だろうな。ヴォルハッドなる連中の活動拠点や戦力なんかを探る。
それから味方を探す。ミルレンダインのみんなを探すのも大事だし、他に一緒に戦ってくれる盗賊団やケーパなんかを見付けるのも重要だ。あいつらは『砂漠中の盗賊団を潰して、向こう千年砂漠を支配する』なんて言ってやがったし、協力できる盗賊はいっぱいいると思うんだ。
そして何より肝心なのは、俺たちがもっともっと強くなること」
ふんふん成程。ミディアが鼻を鳴らす。俺に何かを示そうとしてるのか、それとも自分の頭をまとめるための手助けか。一つ、二つ、三つと机の上で指を折って数を数えている。
とす、とすぐ近くで何かが置かれる音がした。さっき入ってきた客が、後ろの席に陣取ったらしい。
「そこに追加して、資金繰りの問題をどうにかする、と」
「……なんか、やること整理されてきた気がするね」
「列挙するとね。整理できた『気にはなる』のよ。ま、実際どの順番でどれをどうやって進めるか、具体的に考え始めるとまた泥沼入るから、あんまり錯覚しない方がいいわよ」
癖のある葡萄酒でも飲んだよう。眉間に皺を寄せ小さく舌を出して、ミディアはふるふると首を横に振った。
「そんでもよ、何も取っ掛かりがないよりマシじゃねーか。そっからもう少しやることまとめていきゃいいんだろ。だったら――」
「ようやく見つけました」
ゼノンの言葉は最後を待たずして、誰かの言葉に遮られた。
恐らく、先程背後の席に荷物を置いた客だろう。シーラとミディアの視線が集まる先に、俺も遅れて目を向ける。ゼノンのすぐ後ろ。彼の肩に手を乗せて。立っていたのは髪の長い女性だった。
「……あ、……ね、…………ねえ――」
「こんなところで、一体どうしたのでしょうか?」
声を引き攣らせ、体を震わせるゼノン。女性は嫋やかな笑顔でくすくすと無邪気に笑っている。
女性の容姿は、楚々として妖艶。腰まで伸びる長い髪は、ゼノンと同じ麦藁色。額に赤い小さな宝石のついた銀鎖の装飾を付け、左腕に装飾華美な銀の腕輪を付けている。薄紫の、透けた生地の肩掛けを胸許で合わせ、上半身は鎖骨の下までしか隠さない卵菓子色のタイトな服。下半身は濃緑の布をふわり巻き付けた珍しい形のスカートを着ていた。
一言で表現するなら踊り子のような――俺の中でのイメージだけど――、そんな恰好をした、金色の瞳の美しい女性。思わず、見惚れちまってた。
「異国から帰って久しぶりの砂漠の空気をお友達と満喫していたところ――、だったらごめんなさいね、邪魔をしてしまって。
それともまさか、まだ船にも乗っていない……、なんてことはないですよね?」
ゼノンの知り合いにしては随分とした緊迫感だけど、それにしてもゼノンの怯え方が相当で、驚きだ。そもそもこの男が誰かを怖いと思うなど、有り得るものか疑問に感じてしまう。……いや、以前にも一度あったな。確か、彼の父親に負けたことがバレたら――と。
とすると、この女性はひょっとして。
「や、待って姉ちゃん。違うんだって! これはその、いろいろあって……っ!」
やっぱり身内、姉弟か。




