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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十節 作戦会議と新たな出会い
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2-10-3.「今すぐは無理だろうな」







「奪い返すのが優先っつったって、お前が国に帰るのは写しを作り終えてからだぞ」


「嫌よ。さっさと帰って写しの作業は学校でやるわ。欲しいならその後で原本返すから、グランディアまで来なさいな」


「ふざけんなお前がソルザランド来い」


「なんで、わざわざさむざむド田舎村なんかに。バドヴィアの出身ってだけで、遺物とか何にもないんでしょ?」


 話の流れ、とはいえ気が付くと何でか俺の故郷が貶されていた。まぁそれくらいは聞き流してやろう。何もないド田舎なのは反論できないし。


「っつーか、よく考えたらお前に返す必要無くね? 俺があのクソ道化(ペルロ)から奪い返せばもう原本は俺の物じゃんか」


「はぁあ? そんなの許されるわけないでしょっ? 元々あれは私のものなんだから、きっかりチャッキリ私に返すのが筋ってもんでしょ!」


「元を正しゃ俺のモンだ! っていうかオヤジのモンで、親父の友人のモンだ!」


「や、……でも、そんな、そんなの」


「へっへー。こりゃいいや。ようやくお前の面倒から解放されるってわけだ。あー清々するぜ!」


「……そ、そんなら私だってまたウェルとシーラを雇うんだから! 前みたいにガッツリ奪い取ってもらって、今度は港まで送ってもらおっと」


「ヘ、今度は俺が雇ってやるよウェル。二人でこのエセ学者から日誌奪ってやろうぜ!」


「……いくらで? 高い方につくよ」


「こっ、こないだと同じでいいでしょ!」


「まっ、まずは別の奴から奪って来ようぜ! その報酬を山分けってことで!」


 冗談交じりに新たな火種を撒きながら、俺は二人のやり取りを、頬杖を突きながらのんびり眺めていた。俺たち以外の最後の客が少し前に席を立ち、店の中は俺達だけになっていた。店の人には多少迷惑かもしれないけど、これなら少しくらい声を大きく騒いでも追い出されたりはしないだろう。


 外は依然、激しい雨が降り続いている。


「ねぇ」騒々しさを遮って、シーラが重く口を開いた。気が付くと、またその表情が重く暗くなっちゃってる。「ちょっと、確認しておきたいんだけど」


「どうした?」


 聞き返す。


 両手を組んで机の上に置き、俯いた顔はほとんど見えないので表情が読めない。脇に避けたパンとスープの皿。まだどちらも中身を残したままだ。


「ウェルは、……それからゼノンは、……あいつらに勝てると思う?」


「あ? どういう意味だ?」ゼノンが眉を顰めた。


「そのまんまの意味だよ。あいつらと戦ったら今度は勝てるって、本気で思ってる?」


「そりゃ……」


 言い返そうと息を吸ったゼノン。だけど、すぐに返す言葉が見付からなかったようで、吸ったそれをなかなか吐き出せずにいる。飲んだ言葉が答え。シーラの視線は、すっと俺に移る。


「まぁ、今すぐはとても無理だろうな」俺は、努めて冷静に答えた。「大柄の男は、俺とシーラが二人がかりで行ってどうにか勝負ができるかどうか、くらい。銃使いはゼノンを軽く弄ぶくらいの実力だった。一見大人しそうに見えた女は、多分あいつがマウファドを倒してる。そして、ガゼルダってあの年の行ってそうな男は、この四人のリーダーっぽい風格だった。

 どう考えても、この四人で真っ向から向かってたって一人倒せりゃ御の字、くらいの相手だよ」


 諦め交じりに答えると、ゼノンが横から声を荒げてきた。そこまで言うことねぇだの悔しくねぇのかだの、俺に言ったって仕方ないような抗議の文句を山ほど。


 ゼノンもわかってるんだ。ただ、素直に認めたくないだけ。


「ゼノンはさっき、目的は二つって言ってくれたけど、さ。……あたしはその、これ以上ヴォルハッドに関わるべきなのかなって、正直悩んでるんだ。日誌を奪われたミディアには悪いんだけど――」


「…………」


 沈黙は、ミディアだけじゃない。ゼノンも、俺も。


 シーラがどこまでを思い悩んでこんなことを言い始めたのか。それを考えると、息が苦しくなる、


「……お前、あんなメチャクチャされて、黙って見過ごすってのか?」


「…………」


 今度はシーラの沈黙。否定の言葉も、即座には弾き出せなかったよう。


「父親も、仲間も。みんな踏み躙られて、泣き寝入りできるってのか?」


「悔しいよっ? もちろん悔しいっ! ……けど、けどさ。……正直、怖さもあるんだよ。父さんが殺されて。仲間たちみんな殺されて……。赦せないよ! ……赦せない、けど。……でも、ここにいるみんなまで同じことになっちゃったら、……もうあたし、耐えられない……っ」


 心臓が、握り潰されるように痛みを訴えた。


 シーラのこんな声を、俺は知らなかった。いつだって強気で、明るくて、気丈に振舞う彼女の姿しか、俺は知らなかった。


 こんなの見せられるなんて、反則だよなぁ。右手でグッと、俺は前髪を掻き上げ押さえつけた。


「……じゃあ、テメェは逃げてろよ」冷たく、ゼノンがシーラを睨み付ける。「俺は赦せねーよ。成り上がりの新興盗賊団が、他所の根城に奇襲しかけて成功したくらいでいい気になってるとかよ。ミルレンダインにも多少の恩義は感じるが、舐めた態度でヘラヘラ笑ってるあいつらを赦せねーのは俺の問題だ。父親の仇を殺す気になれねーようなクズ女はさっさと尻まくって逃げてろ」


 冷たく言い捨てる。


 ごぐ、とシーラが唾を飲み込む音が聞こえた。


「ほら、ウェル、行こうぜ。こんな恩知らずの臆病女に付き合ってても仕方ねーだろ」


「あ、いや」


 矛先を向けられ、俺は俺の言葉をまとめる。




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