2-10-1.「こいつら砂漠の連中は、全く面白い感覚だ」
生活の拠点をベイクードの宿に移して数日。
雨季と言っても、青空が全く見えないわけではなかった。むしろ太陽が顔を見せる時間の方が長かった。それでも、雨は毎日降った。多い日には五、六時間。少ない日でも二時間以上。脆い小屋など叩き潰そうかという勢いで、豪雨が降った。
砂漠の言葉で「驟雨」というらしい。東岸沿いの、ダザルトの港町や北の伏龍アリオーネ団の塒、そして東側の岩場にあるミルレンダインの集落や、せいぜいアルハーダの名がついたオアシスの辺りまで。降るのは大体その辺りばかりで、砂に覆われたタミア砂漠の中央から南西にかけてはほとんど降雨がないのだそうだ。ゼノンや、グァルダードの受付氏に説明されたけど、正直俺の頭じゃちんぷんかんぷんだった。
理屈はともかく、雨続きのベイクードの町の様子には二、三日で慣れた。あっという間に激流を作る岩砂漠の河の姿には閉口したけど、それでも生活に障りはない。少なくとも、仮宿で燻っているだけの生活には。
数日間の間に遠出をしたのは一度きり。苦労の目的地はミルレンダインの集落。最早生きる者の姿はなく、敵の一人も留まらなかった集落は、あれこれの物資も水に流されて、あっという間に廃墟になってしまっていた。俺やシーラの荷物も、拾えたのはほんの僅かだった。
一番の目的は、仲間たちの、亡骸の埋葬。雨で、あるいは人為的に崩された建物や岩場の下から見付けられるだけのそれを見付け出し、水が流れ込まない横穴に運び込もう。運び終えたら最後に全てを燃やそう。そういった考え。状況が状況で、半日かけても三十人くらいしか見つけられなかった。水でどこかへ流されてしまった者もあっただろう。土砂に埋もれてしまった者もあったろう。無性に、申し訳なかった。
作業はなかなか進まなかった。惨状を前にして、シーラの動きが鈍くなってしまったのだ。ちょくちょく手を止めては、彼女に声をかけ、背を撫で、励ます必要があった。
意外だったのは、ゼノンが、ミディアを街に置いても同道してくれたことだった。あーったく、雨でぐっちゃぐちゃじゃねぇか! ひでぇ季節に当たっちまったもんだよなホント。――ぐちぐち文句を重ねる割に、むしろ自分から率先して手を動かしてくれた。
作業の合間に聞いてみる。
「ンあ? 当たり前だろそんなの。俺だってここの連中には世話になったんだ」
むしろ、疑問を抱く意味がわからない。そう言いたげな表情が返ってきて、何とも言えない気持ちに襲われた。作業の合間、シーラが一人涙ぐんでいたのを見た。
こいつら砂漠の連中は、……と十把一絡げにするのもよくないかもしれないけど、シーラもゼノンも、義理人情にはむしろ厚いところが目立つ。倫理観って言葉については何だそれって顔してやがったくせに、面白い感覚だ。
日が沈む頃、風が強くなった。また降り出すかもしれないぞ、とゼノンが言う。悔しいけど、作業はここまでだろう。目を瞑って深く頭を下げ、黙祷してから、シーラの魔法で火をつける。それから横穴の入り口、地に、マウファドのものだった曲刀を突き立てた。墓標にしては淋しかったけど、今俺たちにできる弔いはこんな程度がせいぜいだった。
シーラがずっと、目を滲ませていた。顔を伏せ、肩をいからせ、必死に声を飲み込んでいた。慰めの言葉一つ、俺はかけてやることができなかった。
帰路を考えると火が尽きるまで傍で待つことはできず。皆悔しい想いを噛み締めながら火葬場に背を向けた。背中越しに遠くから眺めるだけだったけど、多分、炎は穴の中の全てを燃やし尽くしてくれたと思う。ありがたいことに、空は二時間ほど持ってくれた。遠目にずっと上っていた煙は、俺たちが街に戻ってきた頃、雨に隠れた。
資金の底が見え始めた。
元々、集落からろくなものを持ち出せなかった敗走劇。一度戻った弔いの作業のときにも、火に焼かれ雨に流されて、金目の物はほとんど拾えなかった。
宿の隣にあるそこそこきれいな食事処を、四人で集まるときの話し合いの場所としてる。食事時はかなり混み合う店だが、まだ夜型生活だったミルレンダインの習慣が抜け切っていない俺たちは、例えば朝食が昼過ぎになったり、まだまだ生活の周期が他の商人たちとは噛み合っていなくて、逆にそのおかげで空いた時間に利用できていた。
ただ、費用はかさむ。それなりに人気の店のようで、決して安い値段じゃない。勿論宿代も嵩んでいる。日を重ねるごと、なけなしの活動資金は確実に額を減らしていき、一週間経ったこの日、俺たちは改めて今後のことを話し合おうということになったのだ。
「金なんて稼ぎゃいいだろ? ここはベイクードなんだ」
朝から脂身の大きい焼肉を頼んだゼノン。ナイフで肉の塊を刺し、振り上げながら力説する。
その通りだ。固いパンに噛り付きながら、俺も賛同した。
実のところ、俺自身毎日グァルダードに顔を出してはいるんだけど、それはあくまで情報収集のため。仕事を請ける暇はここのところ全然なくて、ここ一週間一エニも稼いではいなかった。うん、また仕事を請ければいい話だ。登録証のメダルは、ちゃんと持ってる。
「うーん……」
スプーンを動かす手を止め、シーラは俯いて表情を曇らせた。色の薄い野菜スープが、力無く皿に零れる。
「正直、グァルダードで稼ぎを見付けるのは難しいと思う。世間的にはあたしたちはミルレンダインの残党、だから」
「それの何がまずいんだ?」
「ひょっとしたら敵に目を付けられている可能性があるあたしたちを、護衛に雇う依頼人なんてなかなかいないと思うんだ。受付の眼鏡はよくしてくれるからね、情報くらいはもらえてるけど、『誰を紹介するか』ってのは、グァルダードの信用にも関わるから」
そんなの気にするか? ピンと来ていない様子のゼノンは、随分浮世離れしている気がする。依頼する立場なら、リスクのある奴に仕事を頼みたくないって思うのは当然だ。
そして、無理を通そうとしたらグァルダードに迷惑がかかることも、よくよく理解した。
「じゃあハイエナやろうぜ? 手っ取り早くそこらの商人を狙ってさ」
「え。……ハイエナ、かぁ。それはちょっとなぁ」
二の足を踏む。奪い奪われは盗賊の本分、とはいえ俺は、できればそこまで染まりたくない。
「何言ってんだ。番犬がダメならハイエナするっきゃねぇだろ」
「そうなるかぁ……。そうなるよなぁ……」
腕組みをし、唸り声をあげて。
少し考えてから、俺はまた別の手はないか、可能性を探ってみることにした。ケーパ稼業をこなすか、レルティアに身をやつすか。そうなってくるともう資金繰りの話ってだけじゃない。俺たちがこれからどうするかって話になってくる。




