2-9-6.「ゼノン、負けたのか?」
「ケケケ、手伝ってもらった方がいいんじゃねーのかナぁ」
「ナメんのもいい加減にしろよクソ道化」
勢いに任せ、何度となく剣を振るうゼノン。
にやにやしながらその全てを避け、手袋で受け流す敵の男。
「やっぱり君一人じゃ当たんないんじゃなァい? 素直に手伝ってもらいなヨ」
「黙れ!」
挑発に乗って、更に刃が大振りになるゼノン。
「クけけ、だから当たんないって。可哀そうだから、こっちも当たんなくしといたげる」
パワァンッ!
男が棒をゼノンに向けるや、唐突に破裂音が響いた。
男の言葉と、破裂音と、ゼノンの喉がぐぅと大きく鳴る音と、全て。一瞬だけ重なった。それ程の瞬間の出来事だった。
――なんだ、今の攻撃は……。
何が起こったのか、俺には全然わからなかった。
ゼノンにはわかったのか。危うさを察知して首を僅かに動かした。
男の何か、その棒から繰り出された攻撃は、ゼノンの頬に一筋の掠り傷を付けて、それで終わったらしかった。
「――……っ! ンだゴラァざけやがってっ!」
「けけ、言ったじゃン。当たんなくしといたげるって。ボクのラディルム改造型、キミなんかにはモッタイないヨ」
男の攻撃の正体はまるでわからなかったけど、どうやら男がわざと外したこと、それを察してゼノンが怒り狂っていることはわかった。
敵の攻撃がわからないんじゃ、手伝っても足手まといか……。
パァン――ッ!
今聞いたばかりのような破裂音が、今度は明後日の方向から響いた。
首を向ける。シーラに守られるようにしながら、ミディアが、男が持っているのと同じような棒を男に向けて構えていた。
「ケケーっ! なんだ、銃持ちもいるのか! 先に言ってくれよナ!」
男の方を見る。嬉しそうに満面で笑っていた。くすんだ砂色のダブダブの上着、袖の部分に傷をつけ、じわりとその傷の口を赤く染めながら。
なんだコイツ。ミディアが何やら仕掛けた、そのたった一手でずいぶん嬉しそうな顔を浮かべやがる。ゼノンの剣技なんてどれだけ重ねても、裏庭の花が枯れている、くらいの興味しか向けなかったくせに。
それにしても。……じゅうもち? 何のことだ。
「この感じ……。レティルト・サッハーヴェリ、かナ。121か、127型辺りだろ? なかなかいいの使ってるみたいだネ?」
傷ついた袖口を口許に当て、匂いか味か、検分するように。もぐもぐと動かしながら、男は何やら聞いたことのない名前と数字を口に浮かべた。その視線は、完全にミディアに釘付けにされて動かない。おいコラ余所見してんじゃねぇぞ! ゼノンが喚くが、駱駝の背に唾を吐くよう。まるで相手にされない。
これはヤバいかも、と、遅れながら俺もシーラに続き、ミディアの脇に向かうことにした。
けど。
「……ひッ」
ミディアの悲鳴が響く。
走り出した俺よりも、正面にいたゼノンよりも早く、男はミディアの目前に移動していた。ナイフを構えるシーラのすぐ横に立ち、獲物を補足した蛇のようにじっくりとミディアを睨み付けて逃さない。
こっちからじゃ背中しか見えない。一番近くにいるシーラがようやく体の向きを変えて男にナイフの刃先を向け直すけど、至近距離過ぎて逆にまともに戦える体勢じゃない。
クソ。どうしたらいい!
「けケ。やっぱりそうだ。レティルト・サッハーヴェリの127型。九〇二年モデルだネ。こんな渋いの使うオンナ、そうそういないヨ」
男はぐぐっと腰を曲げ、ミディアの手許を覗き込んで笑う。視線の先は、ミディアが手にした持ち手のついた棒か。男が何を言ってるのか、何を考えてるのかまるでわからない。
――と。
ピュウピュルルゥ、と鳥の鳴き声のような甲高い音が、近くの空から聞こえてきた。
誰よりも、真っ先に敵の男が首を上げ、そして忌々し気に大きな舌打ちをした。
「チッ、面白くなってきたとこだったのにヨ!」
ビユン、と左手を素早く振り、そして男は踵を返した。
ミディアは、そしてシーラは。……どうやら無事のようだ。一瞬ミディアが倒れ込んだようにも見えたけど、駆け寄ってみれば切れているのは上着の端くらい。多分、緊張から解放されて力が抜けただけだろう。
「しゃーねェナぁっと。ボクは一度戻るネ。じゃあネ、サッハヴィアのオネーサン。追いかけてきてくれるの、楽しみに待ってるヨ」
訳の分からないことを言い残して、男は走り出した。さっき甲高い音が響いた、集落の奥の方へ。ゼノンが制止の声をようやく上げる頃には、その背中は指先ほどの大きさになっていた。
「っざけんなあのクソガキ! 勝ち逃げしやがって!」
「……ゼノン、負けたのか?」
「負けてねぇっ!」
顎を左手の甲で拭いながら、怒鳴ってよこすゼノン。お互い軽口を叩けるなら問題ない。
シーラもミディアも、怪我はなさそうだ。しゃがみこんだミディアが、例の黒い棒を右手に持ったまま。眉間に皺を寄せて敵の去った後を睨んでいる。
「ところで、それって何なんだ?」
緊張を緩めてよいか慎重に確かめながら、つとミディアに聞いてみた。目を丸くしてこっちを見てくるのは、むしろシーラとゼノンだった。
「ウェル、拳銃も知らないの?」
「マジか? お前、結構物知らずだな」
悪かったな。腰に手を当て口を尖らせ、鼻を鳴らして遺憾を示した。
「ソルザランドの出身だっけ? だったら知らないのも無理ないわよ」ミディアだけが、そう言ってくれた。「これは拳銃。火薬をぱぁんと弾かせて中の弾丸を標的に飛ばす、機械仕掛けの武器よ」
「へぇ、マシナ仕掛け……」
「多分あの男は銃オタク、…………や、クレイジーね。撃たれた感覚で銃の型当ててきやがった」
蓼の葉でも口に入れたような渋い顔で、舌をべと出して言い捨てた。
よくわからないけど、それはつまりドン引きされるような特技なんだな。なるほど。




