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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第九節 雨季の始まり
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2-9-5.「この期に及んでも、一言ももらえなかったな」







「…………シー、ラ……?」


 声がした。


 警戒交じりに背後を見る。果たしてそこには、サディオの姿があった。


「サディオッ!」


 飛び跳ねて、シーラがその胸に縋りつく。


「サディオッ! 生きてたんだね! よかった。……よかったっ!」


「シーラッ、お前もっ! 生きていてくれて嬉しいよ」


 サディオもまた、頬を赤らめ気を抜いた、柔らかなものになった。愛用の双剣を左手にまとめて持ち、右手でシーラの背を愛おしそうに撫でている。生きた味方の姿を見て、俺も随分気が軽くなった。


「敵はヴォルハッド団って言うらしい。アグロが引き込んだんだ」


「……アグロが? まさか」


 サディオが眉を顰める。不信に染まるその顔に、本当だよとシーラが付け足してくれた。


「あのバカが、後継の儀で負けた腹いせにミルレンダインを潰そうなんて考えたらしいの。ねぇサディオ、他に生きてる人はいないの? みんな死んじゃったの?」


「――いや、大丈夫。みんな非常用の逃走路へ向かってるよ。女性と子供たちを守るよう、ジェブルさんとヤツミナさんが指揮を取ってる」


 ほっと、シーラの頬に色が戻った。


 非常用の逃走ルートがあるのか、と俺も胸を撫で下ろす。殺された人の数も見てきた限りでも少なくなんてないけど、それでも生きて逃げてる仲間がいるってわかると気持ちが全然違う。


「シーラ。僕は君を探していたんだ。生きていてくれて本当によかったよ。さ、行こう。みんな待っているよ」


 相変わらず、サディオは俺には目もくれず、シーラだけの目を見つめ、手を引いて、その場所へ連れていこうとする。俺が制止をする暇もない、反発を見せたのはシーラだった。


「待ってサディオ。みんなって、本当にみんないるの? 生き残った仲間全員、今は安全な場所に避難できてるの?」


「いや、全員かどうかはわからないけど――」


「父さんは? 父さんも一緒なの?」


「え。……あ、そういえば頭領の姿は見ていないな」


 何、それ。声を震わせ、シーラはサディオを睨み付けた。


「それじゃ、まだ全員集まってるわけじゃないじゃないっ! それとも、父さんも殺されたって言うわけ?」


「い、いや、そんなつもりじゃ……」


「あたしだって次期頭領だよ! まだ生きて助けを待ってるかもしれない仲間をほったらかして、自分だけ安全な場所に避難できないよ。あたしは行く。あいつらのことだって、このまま放っておくわけにはいかないもん」


 怒気を振りまいて捲し立てるシーラ。意気はいい。さっきまでの落ち込んで泣きじゃくってた表情より、今の方がよっぽどシーラらしい。けど、彼女の判断が本当に正しいかは俺にもわからなかった。


 今は全てを捨てて逃げるべき。そういう判断も、決して間違いじゃない。


 でもまぁ、それを今のシーラに納得させるのはほぼ不可能だろうな。


「じゃ、じゃあ僕も行くよ。シーラだけで行かせるわけには――」


「いいよ、サディオはジェブルおじさんたちと一緒に、今避難できてるみんなを守ってあげてきて。あたしはウェルと一緒に行く。きっとそっちの方がいい」


「いやそんなっ、そんな奴にシーラのことを任せるなんてっ」


「そんなって言わないでっ! ウェルはあたしの夫なんだよっ?」


 ちがうよっ?


「サディオ。あたしを大事に思ってくれるのは嬉しいけど、あたしだけを守ろうとしてくれる人は今はいらないんだ。あたしは、他のみんなを一人でも多く守るために行くの。サディオも他のみんなを守って。あたしのことはいいから、他の戦えない人たちを」


「けど! それでシーラが死んだら――」


「死なないよ。約束する、ウェルと一緒にみんなのとこに戻るから」


 一見シーラは、サディオを優しく諫めるような言葉の選び方をしているようでいて、その実少しキツめの口調になってしまっている。シーラに悪意はないと思うけど、サディオはどう受け止めているだろう。それがちょっとだけ心配だった。


「……わかった。絶対に死ぬなよ」


 ほんの一筋、頬に皺を浮かべながら、サディオは静かに言った、それが、シーラの言葉を受け止めた結果らしかった。


「サディオこそ、絶対に生きてね」


 シーラもサディオに、頷いて答えた。それから俺の腕を掴み、「行こう」と静かに呟く。サディオが、蜜蜂の巣を逆さにしたような目でこちらを睨み付けていた。


 結局俺は、この期に及んでもサディオに一言も言葉をもらえなかったな。ウェルも無事だったか、と喜んでもらえなかったことに、ほんのちょっとだけ淋しさを感じながら、もう振り返らずにシーラについては知り始めた。


 更に少し行くと、倉庫――だった場所の裏手から、鋭い音が聞こえてきた。


 人がいる。戦っている。


 シーラと目を合わせ、まずは気配を顰めて瓦礫の影から状況を確かめた。


 剣を握っているのはゼノンだった。ずいぶん奇妙な戦いをしてる。


 敵は、金の短髪に丸縁の眼鏡をかけた、細面に細い体、やたら身長ばかりが高い男。その男の手には見たことがない武具。持ち手のついた黒い細長い棒のようなものを右手に。左手には何やら大きな手袋のようなものを嵌めて、その手袋でゼノンの攻撃を直に受け止め防いでる。右の棒はただ持っているだけで、使おうとする気配がまるでない。


「ひははぁーっ、なかなか面白い動きじゃンか。まぁ言ってもたかが剣じゃあこの辺がいいとこかナ?」


「く……っ、ぅざってーなっ!」


 ゼノンの激しい苛立ちが、ここまで届いてくる。


 見ているだけでも、動きも口調もうざったい。そのくせ動き自体は俊敏で、なるほど、ゼノンでなくてもこれはイライラしそうだ。


 どうやら敵は一人。俺は立ち上がり、声を上げた。


「加勢いるかっ?」


 斃すことを第一に考えるなら奇襲はアリだけど、多分、ゼノンは望んでない。


「――いらねーよ! 一人で十分だ、そこの赤っ毛連れて逃げとけ!」


 猛攻という表現がぴったりの勢い、男に幾度と剣を振りながら、一瞥もせずに答えてよこした。ミディアがいるのか? 辺りを見回すと、少し離れたところにある小さな岩の影、青い上着の右袖が揺れているのが目に入った。


 シーラが先に、腰を落としてミディアのところへ走った。


 俺は剣を両手で握りながら、ゼノンと敵の力量を見極めようと、戦局を睨み付ける。




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