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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第九節 雨季の始まり
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2-9-3.「このまま終われるかよっ!」







「要は、お前たちヴァルハード団は、ミルレンダインの勢力を吸収するために、アグロの手引でここを攻撃した。そういうことか?」


 かいつまんで、訊ねた。


 男はすぐには応えない。あれだけねめねめと表情を変えながら饒舌にしゃべっていた男が、俺が聞くと途端に表情を固めて黙り込んだ。


 そして、にぃっと、好意の欠片も混ぜ込んでいない冷たい笑みを、数瞬置いてようやく浮かべる。


「ヴォルハッドだ。余所者にゃ発音しづらいか?」


 意外な反応に、刹那、言葉が詰まった。落ち着け、一つ深呼吸し直して慎重に答える。


「勘違いだ、悪かった。……余所者ってのは、見てわかるもんなのか?」


「……生まれが砂漠じゃないのはわかるな。油断が過ぎる。けどまぁ、お前の話はあのクソガキから聞いてた」


「ああ、そうか。さっきは坊ちゃんで今度はクソガキ。なんだか複雑な事情がありそうだな」


「気遣いはいらねーよ。こっちの都合だ。俺様としちゃ、むしろお前たちの身の上の方が気の毒でならねぇぜ?」


 かちりと、男の感情が動き出した音がした。何がそのきっかけだったのか、わからないまま否が応にも拳が震える。剣先が痺れる。


「この俺様と戦わなきゃなんねーんだ。心底同情する」


 言葉は、男が爆ぜた後。


 まず恐怖が吹いて、言葉が耳に届いて、それから目の前に刃が訪れた。


 ――魔法っ? 驚愕に襲われる。明らかに人為の風で、コイツは俺のところまで到達する時間を縮めた。


 必死に受ける。滑付いた一撃。マウファドよりは軽い、けどひたすらに粘ついていて嫌らしい剣だった。


「く……っ」


 歯を食いしばり、押し返そうと柄に力を込める。


 動く。けれど、刃が離れない。接点がずれもしない。まるで糊で接着されたように、俺の剣は男のそれに捕らえられていた。


「両手で支えてその程度かぁ? さっきは三人相手にいい動きしてたじゃんか。もう少し戦えよ」


 そんなこと言われてもなぁ。野郎、左手はまだ、使わない弓を持ったまま遊ばせてるし。っていうかマウファドと言いコイツと言い、膂力が桁違いなんだけど。ホントに同じ人間なのかよ。


「ウェルッ!」


 シーラが叫ぶ。察した俺は、心の準備を固めた。


 俺の背を押すように、水の柱が現れる。俺の背を押し、俺を追い越して、男の顔面にかかる。


「ぶ」


 さすがに一瞬、顔を顰めた男。


 剣を握る手も緩んだ。


 よし。


 濡れた背と肩に重みを感じながら、ようやく離れた刃、今度は角度を変えて横から斬りかかった。


 横薙ぎの一撃。


 それを男は、目を閉じたまま左の弓で受ける。


 ガグ――。……鋼製かっ。剣の刃は、たかが弓の身に止められた。


「二人がかりでようやくこんくらいか」


 濡れた髪を右の二の腕で気にしながら、男はつまらなそうに鼻を鳴らした。


 そして握った剣を振り上げる。


 一瞬早く感じ取り、左手で抜いたナイフでその振りを防ぐ。腹こそ守ったけど、俺の体はそのままシーラの足許まで吹っ飛ばされた。


「が、は……」


 駆け寄ってくるシーラには心配するなとその手を触るが、体に残る衝撃の痕はそれなりに大きい。おまけに、今の一撃だって相手は全然本気じゃないってわかるんだから、ホント嫌になる。


「なぁ、もっと死ぬ気で来いよ。さすがにこんなんじゃつまんねぇよ」


 俺はその場にしゃがみ込んだまま、口の中の血をぺと吐き出した。


 冗談じゃねぇよ、お前が強すぎるんだよという、不条理を嗤う気持ち。


 一方で、確かに自分も力を出し切れていないなと省みる気持ち。


 綯い交ぜになって胸中がごちゃごちゃする中、結局最後まで明確にあったのは、「このまま終われるか」っていうヤケクソで投げ遣りな強がりだった。


 このままで終われないなら、どうするか。しゃがみこんだ肩に手を添えてくれているシーラに、二言三言、思い付いたままを小さく耳打ちする。


「お、なんかいい作戦でもあんのか?」


 どれ、見せてみろよと右手をこまねく男。ナメた態度だ。


 別に作戦なんていいものはない。訓練の合間に生まれたバカみたいなアイディア。それをぶっつけでやってみようっていう、ただの無茶だ。勝算なんてほとんどなく、シーラが頷いてくれたのでどうにか少しは試算ができるかなという、その程度。


「はっ!」


 ひとつ息を吐いて、もう一度真っ正直に男に向かって駆ける。


 嬉しそうに構える男。


 距離を詰め、上段から剣を振り下ろす構えをし、敵まであともう六歩、五歩。


 男も満面、笑いながら。下段に構えて受ける体勢。


「ぁあアッ!」


 そして最後の五歩を詰めるところで、シーラが俺の足許にいくつもの土の足場を作り出した。


 駆け上る。


 男の頭の上まで。


 そして、長躯の男の頭上から、強く剣を振り下ろした。


 受ける獲物は弓。この男にとって弓は盾なのか。


 けど弓は剣ほどは粘り気がない。


 俺の剣も、空中に足場を得て、より自由になった。


 鈍い音を立ててぶつかった二つは、枯れ木の杖のような乾きっぷりで、未練薄く離れていった。


「まだだっ!」


 更に生まれる足場。


 現れて、踏まれては、すぐに岩の上に落ちる土の足場。俺が欲しいと足を延ばしたその先、シーラは的確に魔法を使ってくれる。


 男の周囲。中空。左右から。何度となく剣を振り、攻撃を重ねる。


 致命傷を狙うものではないにしろ、本当に掠り傷しか与えられず、じわじわと心臓が握られるような焦りを感じ始める。


「構えろよ、吹っ飛ばすぜ?」


 剣を剣で弾いた後、左手を振り上げ、弓の端で俺を攻撃。


 首を上げ、辛うじて避ける。チリと顎の先が熱く掠れた。


 弓はそのまま、空に放り投げられる。


 隙と見て、足場をもう一つ蹴り、何度目か剣を振り上げる。


 男は空になった左手を斜に振り下ろし、強風を巻き起こした。


 攻勢を崩して頭と腹を庇う。


 再び吹き飛ばされた俺は、けど今度はシーラの魔法のやわらかい土に受け止められ、殆ど衝撃を食らわずにすんだ。


 すぐに立ち上がり、剣を構え直す。


 頬がひりついて、手の甲で拭うと赤いものが付いた。男の肌を何度か切っ先で掻いた手応えはあったけど、顎先以外にも攻撃を受けていたとはわかってなかった。




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