2-9-2.「どうやら実力も性癖もヤバいらしい」
「は、……ははっ、お前ら二人で何ができるさ! この、ヴォルハッド団の精鋭たち相手に!」
もう一度、地を蹴った。
今度は、一回り軽い音が右の耳に心地よくついてくる。
三つの刃が襲い掛かってくる。一を避け、二を弾き、三を受ける。
更にシーラ。一を蹴り、二を吹き飛ばし、三のすぐ後ろでアグロの喉にナイフを向ける。
さすがに、アグロもそこまで簡単に首を取らせない。シーラのナイフを肘でどかし、内側に剣を入れて形勢を整える。シーラは素早く引いて距離を取った。
一瞬の隙で、蹴られ吹き飛ばされた一と二が再び臨戦する。
俺が刃を合わせている三も含め、付き従ってる三人は、アグロを守っているだけなんだ。多分本気を出せば、もっと強い。けど、そのことを合点すると、少し戦いやすくなった。
三を打ち払い、再び仕掛けてくる一と二を弾き、少しずつ。
敵を、守りの姿勢から、アグロの近くを動かない俺に向けての功の姿勢へ移ろわせていく。攻撃は熾烈になってくるけど、場所を動かずじっくり構えて二刀で弾けば問題はない。
「……ちっ」
無表情を守ってきた三人に、焦燥が、口の音が生じ始めた。
いいね。このまま俺に集中してもらえりゃ、その隙に――。
「はぁっ!」
俺たちのど真ん中に、シーラが旋風を喚んだ。
地面から空へ、天へ昇る竜のように。中心の俺を包むように、敵の四人を軽く弾き飛ばした。
三人同時に体勢を崩す一瞬。それが欲しかった。
まだ風の切れ端が残る中、俺はもう一人風に圧され顔を腕で守っている男の、腹に向けて剣を構えた。
「ぉああぁぁぁっ!」
叫ぶ。
くそと毒づきながらアグロは剣を持ち上げる。
遅い。
殺す覚悟は、もう固まってる。このまま突き刺せばばいい。
それだけの結末が、けれどここには訪れなかった。風を切り裂く音がして、反応した。
「ウェルっ?」シーラが叫ぶ。
俺の腕が、鮮血を吹いていた。
「……なんだっ?」
前腕の甲に掠り傷。問題はそっちじゃない。
慌てて辺りを見回すと、一回り高い隣の巨岩、その上。片手に弓をぶら下げながら、眉毛の太いガタイのいい男が、こちらを覗き込むようにしてしゃがんでいた。
「はいはぁい、そこまでだ犬っころ、一旦下がってくれるかな」
俺を睨み、にひぃと歯を見せて笑う男。ぞくりと、背筋が躍った。
俺とその男の間、直線でおよそ二十メトリ。ごつごつと大小の岩が転がる立体の舞台、詰めようと思ったらさらに距離がかかる。だっていうのに鳥肌が止まらない。一瞬も隙を見せられない、息が詰まるほどの圧だ。
男はよっと掛け声を上げ、のんびりと岩から岩へ跳んだ。
戦局が、一度止まった。無意識のうちに、俺とシーラはアグロから距離を置いていた。三人の男たちもまた、アグロの脇に集まり男の方を見ている。
「お前らもういいぜ。坊ちゃんも下がんな。あとは俺様がやっとくよ」
左手に弓、右手に曲刀をひっかけ、だらだらとした足取りでゆっくりとこちらへ近づいてくる男。
二メトリに届くかという、マウファドよりさらなる巨躯。猪の毛皮のような薄黒い、逆立った髪。頭頂の辺りはツンツンと立っているが後ろも長く、背中の下までだらしなく伸ばしている。腕は丸太のように太く、太腿はさらに太い。そのくせ、面だけ見ると俺よりも若いのかもと思わせる子供っぽさを残している。
静かに頷き、男に一礼してから場を離れる三人。
アグロも後を追う。ただし一人だけ態度が大きく。「ま、まぁ、ここはお前に譲ってやるよ」なんて、どこから目線だよって捨て台詞を残して。
「ははぁ、そりゃありがてぇ。感謝するぜ坊ちゃん」
チッと舌を叩きながら、口先だけそう答える男。それ以上アグロのことは見ない、意識もしないよう努めている様子が伝わってきた。
意識されてるのはこっちだ。ごくりと、喉を大きく鳴らした。
「さて」
にんまりと、改めて笑う男。
心臓が、全身に向けて警鐘を鳴らし続けている。早く逃げろと、本能が伝えてくる。
「坊ちゃんの話だと、お前らがミルレンダインの頭領なんだって?」
「…………」
答えを探す。
何と返すのが正解か、即座に頭が働かない。
「そうよ。あたしたちが、ミルレンダインの次期頭領よ」
シーラが、答えた。男が眉間に皺を寄せる。
「次期ってなんだよ。はっきりしねぇなぁ。つまるとこお前たちゃ、頭領じゃないのか?」
「い、今はまだ、ね。でも、時間の問題よ」
「お前たちの首を取りゃ、この盗賊団は俺様のものになる――、て考えていいのか?」
にたりと、嬉しそうに笑いながら。
意味がわからず、俺は一瞬吐く息を止めた。
「あたしたちが死んだって、親父が死んだって、ミルレンダインはあんたのものにはなんないわよ。何考えてんの?」
「はぁん。じゃあお前らを、首を取らずに生け捕りにしたら、お前らは俺様のものになるか?」
「ふざけないで! 誰があんたのものになんて……っ」
「俺様が考えんのはいつでもそういうことさ。俺様の思い通りになるおもちゃ。あいつとか、そいつとか……、お前みたいな犬っころが、どうすりゃ尻尾振って従順になるかなぁって、な」
ペロリと唇を舐め上げ、気色の悪い笑みでこちらを見下す男。
どうやらヤバいのは実力的な話だけじゃないらしい。恥ずかしげもなく曝け出してくる性癖で、首筋の辺りをぞわぞわとくすぐってよこす。




