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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第八節 マウファドの言葉
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2-8-5.「剣を振り上げる腕があるから、振り上げる」







 凄烈な風景だった。


 集落の建物が、あちこちから炎を上げていた。


 ――他のレルティアの「襲撃」か! ……それがどんなものなのかもわからないまま、言葉だけ、俺は頭に思い描いた。


 煙が立ち込める中、敵の姿はまだまだ明確に見えない。ミルレンディアの戦士たちが剣を持ち、弓を構え、魔法を備える、その頭上。射手の見えない火の矢が石の礫が、雨のように降り注いでいる。


 いずれ百戦錬磨の盗賊たち――、のはずの連中が、見る見る追い込まれ体に傷を増やしていく。矢と石礫とが、盗賊戦士たちだけじゃない、軽く酒を入れた老年の男たち、食事の準備をしていた女たち、遊び回っていた子供たちにまで襲い掛かっている。


 岩の上から騒動を見守っていたが、チッと大きく舌打ち一つ。息を大きく吸って、右手で剣を握り直し、腰のナイフを左手で抜いて、叫喚の渦中に飛び出していった。自分に何ができるかわからないけど、こんな状況を見過ごせるわけがない。逃げ惑う子供たちを、放っておけるわけがない。


 矢の軌道を追って、その出どころを探す。


 集落の西、入日の中から。


 ――見つけた!


 眉を歪ませ、左の腕で陽光から目を守りながら夕日を見ると、弓を構えた連中が百ほど。砂の上、日の中に隠れながら、集落に害意を向けている。


 かなりの数だ。


 キッと奥歯を鳴らし、降ってくる矢を躱しながら、岩に身を隠しながら、西を目指して走った。


 敵まで辿り着かないうち、俺は足を止める。


 途中で、シーラの顔を見付けた。


「ウェルっ! 大丈夫だったっ?」


 ナイフを手に、逃げる女たちの背を守りながら、見付けたこちらに声をかける。


 自分だって肩や太腿に傷を作っているのに。


 マウファドの声が頭に蘇ってきて、しょうがねぇなと舌打ち一つ。シーラに駆け寄り、俺は平気だと微笑みかけた。


「何があったんだ?」


「わからない。突然攻撃を受けたの。見張りも何も声を上げなかったみたいだし……」


 そうか、頷く。


 女たちが岩窟の奥に潜り込むのを見届け、俺とシーラは改めて臨戦態勢を取った。


「敵は西からだ」


 それだけ伝えて、走り出す。


 今俺が何をするべきなのか。


 考える暇なんてない。


 ただ、剣を振り上げる腕があるから、振り上げてやる。


 それがこの異国の地でできた家族を守ることに繋がるなら。



 

 シーラと合流して、西へ向かう道すがら、状況を整理する。


 この集落を攻めるとしたら南か西。東は岩と海。北は正門で警備が固く、攻めるには向かない。


 当然、守る側もそこには気を配っている。集落南西側の岩の上に見張り台を建てて、日に四交代制で周囲の様子を見張っている。俺も何度か当番を務めたことがあるけど、周囲一カイル四方はゆうに見渡せ、何なら北側のベイクードの街の様子も微かに窺えるくらいの見晴らしを誇る見張り台だ。どんなに不真面目に任に就いていたとしても、この集落に脅威を与えるような集団の移動を見逃すはずは有り得ない。


 建物や岩の影に隠れながら、南側に寄って進む。


 見えてきた見張り台。様子を見上げれば、上には腹から血を流して首を下にして倒れている男の体があった。死んでいるのは遠目からでもわかる。襲撃の口火に殺されたのだとして、やはり外から狙われることは考えにくい。


「……内通者が、いたってこと……?」


 シーラの呟きに、俺は苦い唾を飲み込んだ。


 何にせよ、この混乱は異常を告げる鐘の音も声もなかったところで、奇襲を受けたことによるものだろう。


 依然、矢は空を覆うようにして走り、時折はこちらにも向かって飛んできた。シーラが西の岩壁に向かって矢を放つ。周囲にいた味方の何人かも同じく西に向け矢や魔法を放った。そんな攻撃は、どうやら敵の隊列を崩す役には立ったらしかったが、その数を減らすには至っていないようだった。


「散会しやがった! 連中攻めてくるぞ!」


 誰かが叫ぶ。


 そこから先は乱戦。集落の中にまでなだれ込んできた敵と、刃を合わせ、魔法を受けては流しながら斬り合っていく。


 途中で、いくつもの死体を見た。


 逃げ遅れた年寄りや子供。


 剣を持ちながら斬られた女。


 魔法を構えながら脳天を矢に穿たれた男。


 見慣れぬ顔も装束もあった。斃れた敵もいるようだ。


 胸の辺りまでこみ上げてくるムカつきを緊迫感で抑え込みながら、俺も剣を振り回した。後れは取らなかったけど、敵の首は落とさず、腕を斬り、足を斬ってその場に蹲らせるに留めた。シーラがそうだと言う魔法使と思しき敵は、殴りつけ昏倒させて意識を奪った。


 まだ自分には、命を奪う覚悟がない。この期に及んで、自分の甘さを思い知らされた。


「根っこを叩かなきゃ意味がない! 壁を登るよ!」


 シーラの叫びに応と頷く。敵の動きは訓練差されていて、混乱のまま応戦しているミルレンダインに、このままで勝ちの目が降って湧くことはなさそうだ。


 そうして、削り作られた階段を駆け上り辿り着いた西の大岩の上に、そいつが立っていた。見知らぬ男を三人ほど引き連れ、不敵な笑みを浮かべて。


 俺がずっと抱き続けていた、違和感の正体――。


 副頭領の座に就きながら、あの夜以降、俺の立場に何も口を出してこなかったこと。


 俺が稼いだ金の幾許かを団に預ける時、姿どころか言葉の一欠片も見せなかったこと。


 雨季に備え魔法風壁や皮屋根の準備が進められる折ですら、影一つ現さなかったこと。


 サディオとゼノンの小競り合いが起こった夜にも、俺のやりように口を出すどころか、気配すら感じさせなかったこと――。


 全てを仕組んだのは、アグロ。それが、答えだった。





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