2-8-4.「悪いけど、俺の方は混乱の真っただ中だ」
「俺がガキの頃、グランディアから剣術使いが一人来てな。ただの観光だとか言ってたんだが、さて本心はどうだったのか。ベイクードの港で、燻ってたケーパ連中を二合三合でばったばった薙ぎ倒していきやがる。噂が砂漠まで広まってきて、今度は腕に覚えのあるレルティア共が集まってくるんだが、やっぱりからきし歯が立たない」
言葉を失した俺に、一体何の話だろう、マウファドは構わず独り言のように語り続けた。酒を飲むのが生き甲斐のような男が、この瞬間だけ、昔語りを吐き出すのが生きている意味だと言うように。
引き込まれるように、黙って聞き続けた。
「おジョーヒンな優男だと、傍から見てるうちはバカにしてた。負けてる連中もどうせ有象無象だと。いざ正面に立って、足が怯えやがった。実際やり合った時は無我夢中で、何をどう戦ってたのかはまるで記憶にねぇ。気が付いたら、俺の手から剣が落とされてた」
俺と最初にやり合った時のお前とおんなじだった。くっくっと笑いながら、余計な一言が添えられる。冗談めかした話ぶりに、俺はゆっくり話ができる程度には気持ちを落ち着かせられた。
「クウェイトともやったことはある。今は砂漠最強の名をあいつに預けてるが、俺自身はあいつとは互角くらいだと思ってる。……三回やりゃ二回は勝てるかな」
にんまりと、親が子に自慢するような顔を、俺に向けてよこした。
純然たる本気、そのことには間違いないんだろうけれど、俺の気をほぐそう、和ませようとして言ってくれているのも、伝わってきた。
「俺が負けたと感じたのは、今まで生きてきてたった二人だ。そのうちの一人がユイス・ゼーランドで、もう一人がそのグランディアの男」よく聞けよ、とばかりに眉を持ち上げ。「レイオス・オレンジだ」
「…………なに?」
「ゼーランドの野郎はその男に剣術を習ったって言う。最初お前の名前を聞いて、戦い方を見て、あぁあの男の息子かって思ったんだが、聞いてみりゃ剣の師は違うってんだろ。それで思い当たったんだ。ひょっとしてお前の師匠はゼーランドの方か、ってな」
当てものに勝ったとばかり、拳を握って俺の胸にとんと当てるマウファド。
悪いが俺の方は混乱の真っただ中だ。話の一から十まで、何一つ頷いて受け取れるものがない。おじさんが盗賊? そんでもって、オレンジ姓の男の、弟子?
……いや、いや落ち着け。ただ名字が同じだってだけだ。それに昔母さんに聞いた、「俺の故郷がグランディアにある」っていう話くらいだ。そんなもの、……。そんなもの何かの確証にはならない。
「しっかし、そうなるとなかなか面白いことになったな」
俺の混乱を考慮してくれているのかいないのか。ギザギザとした歯を髭の間から見せながら、なぁ、と人の目を目て笑う。
「何がだよ」
混乱を一時棚に上げ、マウファドの軽口に付き合うことにした。
「今俺の手許に、ゼーランドの弟子とクウェイトの息子が揃ってるってわけだ。へ、こりゃあ、ミルレンダインが天下取る日も近いな」
「ゼノンはあんたのためには働かないだろ。あいつはいざというときは自分の団へ帰る」
「お。お前は働いてくれんのか。いよいよその気になったか!」
「……世話になってる義理くらいは返すよ。命は賭けられないけどな」
ふん、と鼻を鳴らすと、しかしそれもマウファドには軽くあしらわれる。
「テメェはテメェの食い扶持はちゃんと稼いでるよ。飯のために振るう剣なんざろくでもねぇ。命賭けられるもののために振るいな」
「けど、ここじゃほとんどの人間が食べるために戦ってるんだろ?」
「だからだ。ほとんどの人間に収まってんじゃねぇよ。器が違ぇだろ」
「かっ、……買いかぶるなよ」
「テメェにゃ俺の娘を任せるんだ。見損なわせんじゃねぇ」
だからそれはっ! 声を荒げて反論するけど、それも含めてマウファドの冗談らしい。バンバンと肩を叩かれ、わかってるよ。マジに受けんな、と大声を出される。ホントにわかってんのかなぁ、と不安半分、残り半分の意識で肩の痛みをそっと撫でる。
「任せるってのはそういう意味じゃねぇ。
…………あいつが、一人で立てるまででいい、傍にいてやって欲しいんだ」
「それこそどういう意味だよ。右も左もわからずあれこれ教えてもらってんのも、俺の方じゃんか」
「ん……。まぁ、今のままでいいってことだ。お前がこの砂漠からいなくなるまででいい。俺から受けた依頼だと思って、頼まれてくんねーか」
急に、深刻な口調に変わる。いや、口調は変わらない。相変わらず飄々と、のらくらと、肝心なことは何も言わずに自分だけわかって満足してるような話の仕方を続けている。けど、何ていうか、さっきまでの俺を茶化すような雰囲気が薄れてる。冗談めかしているけど、やっぱり肝心な部分は隠してるけど、それでもその話はとても大切なものであるような気がした。背骨が震えて、俺はすぐに頷けなかった。
ごくりと喉を鳴らしてから、ゆっくりと、首肯する。「わかった」と答える。
「ありがとな」
真正面からの礼が返ってきた。
日が、沈みかけていた。
そろそろ食事の時間か。何を考えているのかわからないマウファドを横目に、よっと立ち上がり、尻を叩いた。
ふと。気付く。
「……何か、臭わないか?」
焦げ臭いような匂いが、鼻にまとわりついた。
甲高い声が、いくつも聞こえたような気がした。
一体なんだろう、と眉を顰めているうちに、既にマウファドは走り出していた。
「え、ちょ、ちょっと」
「契約だっ! お前はまずシーラのとこに行けっ」
「け、契約って……」
大岩を曲がり集落の中心へ向かうその背中を見送りながら、ぽつりと愚痴る。
けどそれも一瞬。上顎の辺りにへばりついて取れない「嫌な予感」に突き動かされ、剣を握り締めながら俺も走り出していた。




