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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第八節 マウファドの言葉
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2-8-3.「全然駄目だ! あのときから全然成長なし!」







「よし」


 頷くや、巨体が跳ねた。


「うおっ」


 不意打ちすんなよまだそこまで落ち着き切れてねーよ。


 心中でぼやきながら襲い来る刃に剣を当てる。衝撃の瞬間、骨の髄まで震えた。相変わらずの剛の剣。まるで俺を狙って降ってきた巨岩のようだった。


「ぁんだ? あのときから成長なしか? とんだ見込み違いかよ」


「……くっ」


 さすがに火が付く。


 離れた剣を、まるで付いた血でも払うようにびゅんと一振り。改めて構えて眼前の大男を睨視する。


 そうか、そう言えば前回はしなかったな。


 構えだけ見れば隙だらけ、手も足も延ばしたまま自然体で立つマウファド。俺はぺろりと上唇を舐め、相手が息を吐く瞬間を狙って踏み込んだ。


 キン!


 軽い高い音で弾かれた刃。


 込めた力は二撃目に宿らせ、角度を変えて瞬時に振り下ろす。


 左手に移した曲刀で、マウファドは二打目も防ぎ――、けれど初撃に比べると微かに体勢が崩れていた。


 檄を弾かれれば、反動でまた腕が降り上がる。


 三度、俺は角度を変えて剣を振った。


 下手から振り上げられたマウファドの剣、今度は防御の剣ではなく、攻手に攻手で応じようとしているのがわかる。


 重なった刃は、体勢の有利不利を思慮することなく、俺の体を弾き飛ばした。斬る剣ではなく叩く剣。そんな一撃。


 一旦距離を取る。


 マウファドに対して初めて俺から攻勢に出たんだけど、やっぱりそこに勝機はほとんど探されなかった。


「挑発されないとその気にならねぇなんて、一流とは言えねぇぞ」


 ぺ、とマウファドが唾を吐く。


 よく言う。俺は小さく首を振った。


「……あんたもそういうとこある気がするけどな。乗り気じゃなくても挑発されたら黙ってないタイプじゃないのか?」


「ああその通りだ、相変わらずよく見てんな」


 にまり、目を歪ませるマウファド。


「挑発されないとその気にならねぇなんて一流じゃねぇ。二流以下か、さもなきゃ俺みたいな超一流だ」


「はは、なるほどな」


 納得した後の一合は、二人同時に砂を離れた。


 受けるばかりだった大男の一振りは、重いことに変わりはなかったけど、正面から攻めて応えた方がまだ踏ん張りが効いた。それでもまぁ、降ってくるのをひたすら耐えるしかなかった重圧が、数秒間は攻勢に出られている錯覚に浸れた、っていう程度の話だけど。


 攻勢に出ようが、互角の姿勢で打ち合おうが。結局のところ違うのはマウファドに一方的な攻勢を取らせるまでの秒数、でしかなく。結局前回の試合と違うのも、俺が降参するまでの時間の短さ、くらいのものだった。


「あぁ駄目! 全然駄目だわ! 確かにあのときから全然成長なし! 言われても仕方ねぇよこれ」


 投げ槍に構えを解くと、マウファドも闘志を解いた。ふぅと息を吐き、いやいやと首を横に振ってくれる。


「そんなことねぇさ。あのときよりは確実に強くなってる。打ち合った俺が保証するぜ」


「本当かよ。全然実感湧かない。あと十年頑張ってもあんたにゃ勝てる気がしないよ」


「そりゃお前、俺はこの砂漠で五十年近くも戦ってきてんだ。十年やそこらで追いつかれてたまるかよ」


 草臥れた体を砂の上に放り出し、大の字になって寝る。


 すぐ横に寄って立ったマウファドは、馬より大きく感じられた。


「で? 一体何なんだよ。いつでもかかってこいとは言われたけど、いつでもかかっていくから覚悟しろ、とは言われてないぞ」


 半身を起こし、後ろに手をついて、足は砂に放り出したまま、苦笑交じりに聞いてみた。


「言われなきゃ覚悟しないってんならやっぱり二流だな。明日にも寝首掻かれるぞ」


「だって俺盗賊じゃねぇもん。生き方は学ばせてもらってるけどさ、根っから盗賊に染まる気はないよ」


「学びに来たってんなら一番に学ぶべきだぜ? 正々堂々での強さなんざ屁の足しにもならねぇ」


「わかったよ。で? 本題は?」


 マウファドを見上げると、彼もすぐ横に胡坐をかいてくれたが、それでもまだ首が疲れる程度には目の位置が高い。


 日は斜め。大きな岩が影を作ってくれていて、座って話すのには悪くない涼しさだ。


「お前の剣の師匠は、ユイス・ゼーランドか」


 肩が震えた。


 表情だけで、俺の意を読んだらしい。やっぱりか、とマウファドが顔を伏せ、笑った。


「……なんでおじさんの名前を」


「おじさん、か……。あの男がもうおじさんか。俺も年取るわけだぜ」


「知り合いなのか?」


 柔らかい態度に、俺も緊張感を少し緩めた。剣呑な話でもないらしい。そりゃそうだよな、あの穏やかなおじさんだもんさ。肩に走らせた緊迫感を、俺は少し恥ずかしく思った。


「一度、やり合った。多分向こうは覚えてもないだろうが。俺にとっては忘れられない戦いだ」


 剣呑な話になった。戦ったのか? 疑念が口から零れた。


「乱戦だったがな、直接剣も当てた。その瞬間、全身総毛立って、逃げるようにして距離を取った。ああこいつには一生勝てねぇ、って思わされたよ。あとで知ったが、俺より十もガキだったってんだから、心底嫌になった」


「え、ちょ、ちょっと待ってくれ……」


 昔を懐かしむように、悔しさを噛み締めるように、語り始めるマウファド。


 俺は慌てて、話の腰を折った。そのまま先を聞いても、多分混乱が膨らむだけだと思った。


「おじさんは、昔、この砂漠にいたのか?」


「あ? なんだ知らねぇのか?」


 苦い若年時代に思いを馳せていたんだろう。突然現実に戻され、髭面は少し不機嫌そうに歪んだ。


「詳しい素性なんか知らねぇが、気が付いたらあいつ、ユイス・ノル=ゼーランドはこの砂漠にいて、常勝無敗のハイエナとして名を馳せてた。そして気が付いたらこの国からいなくなってた。風の噂じゃ、戦争に参加してたって話だ」


 絶句した。


 答えを見失った。


 まさか、あの温厚な、優しい、ティリルの父親であるユイスおじさんが、若い頃に砂漠でハイエナ――レルティアをしていただなんて。




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