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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第八節 マウファドの言葉
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2-8-2.「確かに何かが、引っ掛かった」







 胸に刺さった小さな違和感を、はっきりと自覚したのはいつが最初だろう。


 足かけ三日の仕事を終えて帰ってくると、もうすっかり家族になってくれている団員連中に、この日も労われた。歓迎するでもなく、かといって相手にしないわけでもない。自然体で、目に着いたときに「おう、お疲れ」と肩を叩いてくれる。この感じは何だろうと考えた時に、家族って言葉がしっくり来た。そう、母さんがちょうど、同じような温度で接してくれていたんだ。


 稼ぎは上々。シーラと二人分ではあるけど、小遣い分を適当にくすねてもそこそこの金額を団に収めることができていた。


「もっと稼ぎたいなら、厳しい仕事に手を出すか、ハイエナに転向するかだけど、どうする?」


 シーラに聞かれた。無理はしない。俺の考えだ。


 人から奪う稼ぎを主にするレルティア(ハイエナ)。その生き方にも興味がないわけじゃないけれど、自分でするには抵抗がある。マウファドやアグロにせっつかれているわけでもなし、無理に稼ぎを求める必要は感じなかった。


 そんな会話をした時にも、確かに何か、引っ掛かったような気はしたんだ。


 四月も半ばに入ると、塒の連中は少しずつ、雨季への準備に浮き足立ち始めた。地形を変えるような大雨を、本当にこんなタントールで凌げるのか、と件の話以降ちょくちょく首を捻るようになったんだけど、その答えは案外単純なものだった。


「魔法風壁?」


 そ。シーラが一音で答えた。


 彼女の許に、ヤツミナが来ている。先程までは、ジェブルとサディオも来ていた。団の魔法使たちが、何やらの準備のために忙しそうに奔走しているのだ。


「雨を凌ぐのにね、ミルレンダインで取ってるやり方だよ。集落の上空一面を強い風で覆って、雨粒を吹き飛ばすんだ」


 忙しそうなやり取りの中、片手間でも、俺なんかにいちいち返事をくれるのはありがたい。正直思うところがないわけではなかったけど急ぐ話でもなし、後でまたと、抱いた疑念は一度飲み込むことにした。


「結構力技ね。ここの魔法使たちはみんな、そんな大魔法が使えるの?」


 飲み込んだはずの疑念は、横から別の声によってシーラに届けられる。いつの間にかミディアが、俺とゼノンのタントールに潜り込んでいた。


「……何しに来たの」


「気晴らし。ちょっと疲れたから気分転換に散歩に来たの。そしたらなんか、面白そうな話が聞こえたからね」


 平然と言うミディアに、シーラは大きな溜息を吐いた。あらあらと横のヤツミナが穏やかに笑う。疎んじてはいないようだが、手伝いを望めないミディアの登場、歓迎しているわけでもなさそうだった。


「で? 風壁って、どうやって張るの?」


 目を輝かせて話の続きを促すミディアに、シーラはもう一つ溜息を重ねた。


「まずはタントール域の上に、大きな雨避け幕を張るの。獣の皮をたくさん縫い合わせて作ってあるやつね。それでその上に、魔法使数人がかりで風の壁を作って、降りかかる雨を裏の堀に誘導するの」


「この集落全体を覆うような幕? 相当でかいな……」


 驚きに、つい口を挟んじまった。くすくすとヤツミナが笑う。やっぱり彼女の真意はわかりづらい。


「覆うのは一部だけ。タントールは一か所に集めてあるでしょ。そこだけを覆うんだよ。

 集落全体を見たら岩の影になってる場所も多いし、広場を守る必要もない。だから覆うのは大した広さじゃないんだ」


 シーラの答えに、はぁと嘆息する。


 ミルレンダインの集落は、外周を大きな岩にぐるりと囲まれている。主立った入り口は北側の門のみ。西と南は巨石の壁が守っていて、東はごつごつとした岩石地帯が広がりさらにその外側は海に続いている。


 門が見える位置に皆が集まる中央広場があり、その奥に食堂スペース。タントール域はその脇東側のほんの四方三十メトリ程度の面積で、さらに東側には岩場をくり抜いたり利用したりして建てられた小屋が並んでいる。


 砦の形状と面積を考えたら、確かに、上から布をかけるのは物理的に不可能じゃないかもしれない。けど、それだって布の大きさとしては相当だ。用意しようとしたら、何の皮であれ百頭は下らない数の獣が必要なんじゃないか。


「何人がかりだか知らないけど、雨を吹き飛ばそうなんて結構な大魔法じゃないの? しかも期間だって、一晩二晩のことじゃないだろうし」ミディアが聞く。


「全部吹き飛ばすって言うんでもないの。少しでも勢いを殺して、幕の負担を軽くするのが目的。それにずっと降り続くわけじゃないから、魔法使総出で交代制敷いて、毎年そこそこ回せてる感じよ」


 なるほど、とミディアが口許に手をやった。あっという間に自分の世界に入り込み、何やら考え込んでしまっている様子だ。いつものパターンだと、そろそろゼノンがやってきて、何でこんなところで遊んでるんだと彼女の手を引っ張っていく。


 実際そこで一度、話は途切れたんだ。ジェブルがやってきてヤツミナに話しかけ、かと思うとシーラをマウファドのところへ使いに出した。残ったヤツミナとジェブルは今度は名前の知らない若い女性に呼び出され、二人揃って出て行った。残ったミディアも戻ってきたゼノンに「ああっ」と指差され、想像通りに腕を引っ張られて小屋を出て行った。ゼノンの奴、すっかりミディアの世話役だな。


 一人になって、一息ついて。――この時も、やはり何か、靴の中に入ってころころ足に刺さるような、けれど靴を逆さに振っても一向になくならないような、石粒みたいな何かを感じていたんだ。




 その日、俺は、珍しくマウファドに呼び出された。


 まだ太陽が空の上にある時間。ミルレンダインにとっては、早朝に当たる時間だ。


 緊張しながら言われた場所へ向かう。


 ミルレンダインの敷地の端、人気のない、大岩の影。


 マウファドはそこで仁王立ちに立って、俺のことを待っていた。


「悪ぃな、急に呼び出して」


 豪放磊落な初見の印象に対し、彼は、実際は細かく気が回る。人目につかない場所を選んだことにも、きっと何か意味があるんだろう。


「さっそくだが、ちょいと抜けや」


「え……」


 〝鋭い眼光〟はこの男の枕詞、とはいえ普段はどことなく酒に寝惚けた雰囲気が付きまとう。そんなマウファドが、今日は酒気を感じさせていない。飲んでないわけじゃないんだろうけど、酔っているときのとぼけた雰囲気が一切ない。


 こんな彼の顔付きは、後継の儀で剣を交えたあの時以来じゃなかったか。と考えたところで思い至る。酔ってないわけじゃない。酔いを覆い隠すほど、強く深い殺気を発しているんだ。


 すっ、とマウファドの右手が俺に向けられた。拳には、二の腕ほどの短い刃渡りの曲刀が握られている。迫力に圧され、ごくりと大きく喉を鳴らした。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺まだ何の準備も――」


「盗賊がいちいち準備を待ってくれるなんて思ってんのかよ。抜かなくても行くぞ?」


 わ、待った待った、と大慌てで背の剣を構える。


 あんなことを言っていてもちゃんと待ってくれている。心の準備くらい、確かにさっさとまとめなきゃ、と俺も大慌てで息を整えた。


 ……慌てながら息整えるの、難しいな。





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