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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第七節 サディオの想い シーラの想い
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2-7-7.「敗者には紙とインクとミディアの好物を払わせよう」







「…………」


「……チッ」


 サディオの沈黙。ゼノンの舌打ち。


 けど、二人ともやる気だった。ゼノンは背に負った大きな柳葉刀を右手に構え、サディオは小振りの双剣を両手に。


 そして、二人は地を蹴った。


 激しい剣戟を、送られる荒々しい声援を見守りながら、俺はようやく一歩引いて溜息を吐く余裕を持った。


 ――本当は、サディオは俺に剣を向けたいんだろうけどな。


 苛立ちを隠さない激しい剣を振るう、サディオの姿を見守りながら、思う。そのうち、コイツと直に剣を合わせてみるのもいいかもしれない。


 けどまぁ今日はゼノンに任せよう。どうやらサディオが八つ当たりしたのが発端だ。今日のコイツの苛立ちに、付き合ってやるのはここまで。ゼノンに勝とうが負けようが、その辺で少しスッキリして頭を冷やしてほしい。


「なかなかやるじゃん、あんた」


 ひょことミディアが俺の横に現れ、腰を下ろした。


 何のことだ? 腕組みで仁王立ち、目も向けずに聞いた。


「決まってんでしょ、あいつらのことよ。あんだけガチャガチャ揉めてたのを、とりあえず黙らせたんだから」


「一番ガチャガチャ揉めてたのはお前じゃなかったか?」


「そりゃあ文句は滅茶苦茶あるわよ。せっかく三ページも書き進めてたってのに、全部すぱすぱ斬り捨てやがるんだもん」


 三ページ。


「あの本、全部で何ページあるんだっけ」


「え。五十ページちょっとだったと思うわよ」


 ……なるほど、ゼノンが苛立つわけだ。しかしまぁ、破られちゃったのがまあまあ水に流せる程度の量だったのは、不幸中の幸い、と言うべきかどうか……。


「そういや原本は斬られなかったのか?」


「ええもちろん。原本の方はいつも鞄にしっかりしまってるからね」


 写しの方も鞄に入れてれば、こんな諍いの火種は生まれなかったんじゃないだろうか。と、思いはしたけど、口には出さなかった。


「原本が無事なら、もう一度書き直せばいい話だな?」


「ああ、うん、まぁね。後は私のやる気が損なわれたことが、一番大きな問題かしらね」


「じゃあ、この勝負の敗者には紙とインクとミディアの好物を支払わせよう」


 わ。いいじゃんそれ! 俺の提案にすっかり乗り気。さっきまで他人事だったミディアが、拳を握り締めながら舞台上の二人の勝負に熱い視線を向け始めたので、俺はつい苦笑してしまった。


 そして、それから、俺も二人の動きに目を送った。


 相変わらず猛進の戦法を取るゼノンに対し、サディオは魔法攻撃を兼用。特にこの試合では氷魔法を軸に戦っているようで、礫を落としたり、ゼノンの足許を凍らせたりと策を弄している。


「しっかし、あいつホント出鱈目だな」嫌なことを思い出しながら、溜息を吐く。「火も氷も、ちょっとやそっとの目眩ましじゃ気にも掛けずに突進してきやがる」


「あいつ痛覚死んでんじゃないの?」


 ミディアの呆れ顔に、違いない、と俺も笑い零した。


「それにしても、シーラもサディオも、相手を直接魔法で攻撃しようとはしないんだよな」


 手加減してるってことなのかなぁ。半ば独り言のように呟くと、あぁん?と怪訝な声を上げ、ミディアがこちらを睨み付けてきた。


「あんた、本気で言ってんの?」


「え、ああ。なんか変なこと言ったか?」


「……あんだけ剣を振り回せる奴が、魔法については頭の中身すっからかんってわけか」


 なんだか知らないけど、随分馬鹿にされてるような気がする。いや、挑発に乗るな。魔法についての知識がないのは本当なんだ。


「魔法は、他人に直接危害を加えられない力なのよ。正確には『直接危害を加えるのが非常に難しい力』ね」


「直接危害を加えるのが難しい?」


「ええ。一般的に、例えば炎を召喚する魔法は魔法行使学では初歩の初歩って言われてる。ソルザランドやソフィアなどの魔法文明国では炎を操れる一般市民もたくさんいて、鍋をかける焜炉に火を付けたりランプを灯したり、生活面で活発に利用されてる。


 一方で、さっきあなたが言ったような魔法による他者への攻撃は、実は名のある魔法使でもほとんどコントロールできない。難易度が上がるっていうよりは、正確性が著しく下がるって言うのが正しいみたいだわ」


「正確性が下がる……。それは『できない』って言うのとは微妙に違うってことだよな」


「そうね。完全にできないって言うわけじゃないらしいの。ただ成功率が一厘以下とか、もっと低いのかな。とにかくそういう感じ」


「へぇ、そりゃ知らなかった。……あれ、じゃあ、バドヴィアが全島戦争を収めたって言うのは」


「私もまだまだ研究中だけど、目にした記録の限りでは、地形や天候を操って敵軍を敗走させたとか、逆に退路を断って全軍を捕縛したとか、そういう活躍が中心みたいね」


「へぇ。意外と地味なのか」


「はぁ? あんたホント魔法音痴なのね。武装した一個師団を敗走させるような天候操作。話だけでも、これ以上派手な魔法がそうそうあったらたまんないわ」


 声を荒げるミディアに、ああそういうものかと頷いた。


 確かに、想像力が追い付いていないのは正直なところだ。自分の中の昔話のイメージ、バドヴィアは敵軍に真っ向から立ちはだかり、魔法で次々軍勢を爆撃していた。それに比べて、聞いた話はいかにも地味だったんだけど、そういうものでもないのか。


 ……うん、魔法音痴は言い得て妙だな。


 頷きながら、話に区切りをつけて舞台の上に目を向けた。


 二人の勢いは、ほぼ互角に見えた。


 観衆の声援も、予想外に半々。ただしゼノンを名で呼ぶ声は少ない。「行けよボサボサ頭!」「気を付けて、ちびっ子!」そんな失礼な声が飛び交っている。


 普通に考えたら身内の応援をするのが普通だろうに、義理か。客への気遣いか。ゼノンの言い分に理が有りと認めた人が多いのか。それとも――、……賭けのためか。


「……ここんとこのサディオのぼんやりっぷりを見てたら、ゼノンに賭けたくなる気持ちもまぁわかるか」


 苦笑交じりに、観衆心理を分析してみた。


 とはいえ、勝負の流れはそれでも、どちらに傾くかわからない拮抗したバランスを保っていた。前評判をさておいて、サディオも全く負けていない。それどころかゼノンを圧倒する勢いで、二刀と魔法を鋭く振り回している。


 見応えのある攻撃の応酬が続いていた試合は、猫の目のように細い月が小指の爪の幅ほどの距離を移動した頃、終局を迎えた。


 観衆の声が、一際大きくなる。


 肩を大きく揺らしながらにんまりと笑うサディオが、柳葉刀を両手で握りながら苦々しく眉間に皺を寄せるゼノンを追い詰めているところだった。


「ちょ、ちょっとゼノン! 頑張んなさいよ! ズバッとやっちゃいなさい!」


 ミディアが拳を振り上げた。


 俺一人、その景色には懐疑的だった。


 こんな舞台で実力がちゃんと測れるかはさておき、一度剣を合わせた経験から、ゼノンがこんなに大人しく終着を認めるなんて、らしくないって思ったのだ。


 ガキィン――。


 一際鋭い金属音が鳴り響き、弾かれた剣がざしゃりと砂に刺さる。


 一瞬の静寂。そしてその後の、酔っ払い共の歓声。


 ここまでで本当の終着の形。ゼノンの刃が、まだ左手に残ったサディオの剣の内側に入り込んでいる。その光景に、俺はやっと納得した。





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