2-7-6.「サディオもゼノンも、このままじゃ治まらない」
ダメだなぁ。ほんっとダメだ。
考え事しながら剣術鍛錬なんて、心底からしちゃいけないって反省した。
いや実際そんなことはわかってるつもりで、寧ろ頭の中から考え事を追い出すために剣でも抜くかと思ったんだけど。
「変な角度で岩を叩いて腕は捻るし足も滑らせるし、おまけに剣まで刃毀れ……。散々だよ!」
少しは気が晴れるかと、不運の数を数え上げてみたけど、気は逆に滅入る一方。組み手でもないただの素振り、型の確認のつもりだったのに。どうせ頭を空っぽにしたいだけなんだったら、酒に呼ばれてた方がずっと良かったかもな。痛む右手首を押さえながら、溜息を吐くこと牛涎のごとく。肩を落として集落の中心へとぼとぼ歩いた。
もう、今日は部屋に戻ってさっさと寝よう。腹は減ってたが食堂に向かう気分でもなし、鞄に突っ込んであったベストキュイトか干サボテンでも齧れば十分だ。さもしい結論にちょうど納得したところって言うのに、どうやらそんなささやかな俺の計画さえ、今日は叶わないらしかった。
根城の中の、タントールがいくつも並んでいる居住区域。その随分とした端っこに、ざわついた人だかりができていた。中心部は見えない。酔っ払った連中が人垣を作ってああだこうだと騒ぎ立てる、その背中だけがよく見えた。
放っておこうかなと、最初はそんな考えもあった。
気になってしまった理由は二つあって、一つは、人垣の中央から聞こえてくる怒声が耳に馴染みのある響きをしてたこと。もう一つは、この人垣を避けて自分の小屋まで戻る道が考え付かなかったことだ。
「ふざけないでよ! 人がしこしこ大事に書き写してるモノ、ビリバリザシュリと切り捨ててくれちゃって!」
「人の根城に潜り込んだ余所者が、挙動不審に記録を残していたら、怪しまれるのは当然でしょう!」
「一週間も経って今さら何言ってやがる! お前が俺らのこと気に食わねぇのはわかってんだよ。だったらこいつの邪魔すんじゃねぇ!」
ええと、最初の声がミディアで、次のは余所者向きのサディオの慇懃口調。最後はゼノンか。周りの雑音がすごくても皆、相当にわかりやすい。
んー、やっぱり部屋に戻れないなぁ。こりゃいよいよ仕方ないか。これがまた余計なことになんなきゃいいけど。
ええぃ構うか。ジェブルさんのお墨付きだ。好きにやらせてもらおう。
「はいはぁい、ちょっと道開けて。ちょっと通してもらえるか?」
なるべくのんびり声を上げ、人垣の隙間にぐいぐい体を押し入れて、中心を目指した。
中心には、声で量ったその三人が、実に剣呑な表情で睨み合っていた。
一瞬じろりとこちらを睨んだそれぞれの目が、また実に乱雑で鋭い。特にサディオのそれは、この場でさえ、すぐさま俺のことを切り刻みに駆け出しそうなほど。おお怖。
「ミディアとゼノンと、サディオだな。口挟んで悪いがまずは落ち着け、みんなに迷惑だ」
「迷惑なんて知るかよ! こっちだってこんなとこ早く出て行きたいってのに、なんで邪魔すんだって話なんだよ!」
「あなたの言っていることがよくわかりませんよ。出て行きたいのなら今すぐ出て行けばいいじゃないですか。ミルレンダインの人間は、誰も、あなたのことを引き留めたりしません」
俺を挟んで睨み合うゼノンとサディオ。ぐるる、がるると喉を鳴らして、まるで牙を研いだ獣のように睨み合っている。
埒が明かない。とりあえず、見た感じ一番落ち着いているミディアに状況を聞いてみた。
「珍しく真面目に作業しようと思ってさ、場所代えようって外に出てきたところ、コイツがずけずけ現れたのよ。どこ行くんだとか何してんだとかガミガミうるさく聞いてくるから、さっぱり無視してやったんだけど、最後には持ってるものを見せろって人の荷物をひったくって、書きかけだった写しを丸ごとビリバリ破りやがったのよ!」
あ、落ち着いてないわ。滅茶苦茶怒ってるわ。
「貴女が、自分が余所者だという自覚も持たず、ミルレンダインの領地で勝手に記録を作っているようでしたので、その記録を処分しました。貴女が他の盗賊団の間者ではない保証はない」サディオはやけに大きな声。多分、みんなにも話が聞こえるように。
「偉そうな能書きボタボタ垂らしてんじゃないわよ! ろくに見もしないで刃物振り回す単純バカが。少しでも考える頭がありゃ、あれがここの機密の調書じゃないってことくらい見てわかるわ」
「だ、誰が単純バカですって……」
「あんたでしょうよ! 違うってんなら、砂漠の駱駝程度には頭使って自分で判断しなさい」
むぅ、ミディアの口撃がやや優勢か。こりゃ、下手すりゃサディオがみんなの注目集めたのが逆効果になるぞ。
まぁ、しかし大体の事情は掴めた。後はこれをどうするか、だけど……。
優勢劣勢はあれど、結局三人はそれぞれの相手と睨み合ったまま、敵意を仕舞おうとしない。取り囲む観衆たちは困惑してるのか、と思えばそうでもない。中には「いいぞやれやれーっ」だの、「ほら早く抜けよ、もたもたすんな!」だの、酒っ気交じりに汚い野次を上げる者もいる。
あーまぁ、こんだけ人が集まってんだもんなぁ、三人を落ち着かせてはいおしまい、にはならないか……。腰に手を当て溜息を吐きながら、俺は一つ声を張って、その場の全員に向かって提案をした。
「なあ、みんな。広場を使っても大丈夫かな」
ざわりと、観衆がどよめいた。どよめきはしたけど、答えは返ってこない。いいか悪いか、じゃなくて、みんな俺の発言の真意を測ってるんだ。俺は言葉を続ける。
「余所者の俺が言うのもなんだけど、みんなも言ってる通り、揉め事を手っ取り早く収めるには剣で語るのが一番なんだろ。どうだろうか、ゼノンも、サディオも。ああだこうだ言い合う前に、試合でもしてみるってのは」
二人がむ、と口を結んだ。お互いの顔を見合い。それからこっちを見る。
「……頭領気取りで争いの裁定ですか? ウェルさん。正式になる気はないくせに。あなたの言うことなんて聞く筋合いないですよ。関係のない人がでしゃばってこないでください」
冷たく、鋭い目で一睨してくるサディオ。でもね、申し訳ないけど。どうだろうか、なんて聞いてみた言葉の返事は二人には求めてない。酒に飲まれた観衆が、嫌だ、なんて答えさせてくれないことは計算づくなんだ。
「いいじゃねぇか! お前らどうせそこで言い争ってたって埒あかねぇんだろ」
「アタシは勿論サディオに賭けるわよ!」
「がはは、じゃあ俺はクウェイトの息子に賭けてやる」
「よっしゃ広場に移動するよ!」
「おう。おら、もっと酒持ってこい」
わやわやと声を上げ、ゼノンとサディオを引っ張りながら移動する酔っ払いたち。おいコラやめろとゼノンの、ちょっとまだ話はとサディオの、それぞれの喚く声が聞こえてくるが、まぁ、あの勢いに飲まれたら大人しく引っ張られるしかないだろう。
波に飲まれるように、俺とミディアも移動する。
あっという間に、広場の準備が整った。この前の『後継の儀』のときの円形の広場、囲むように座る男たちと、酒と食べ物を用意する女たち。
と言ってもさすがに儀のとき程は人は多くない。ざっと目を向けて、あのときの四半分に達すれば上等、ぐらいのもの。それでも、既にそこそこ酒の回った盗賊たちを盛り上げるには十分な催しで、ゼノンを興奮させるには余りある狂熱だった。
サディオも、俺への対抗心は明け透けに示しているものの、ゼノンに剣を向けるのは別に嫌でもないようだ。周りがこれだけ騒ぐのでは仕方ないと、わざとらしく弁明を口にして、腰の二刀をスラリと抜く。
「えーと……」皆の視線は、なぜか俺に集まっていた。ゼノンとサディオも、俺を睨み付けている。困惑は一瞬だけに留めた。司会、なんて行儀のいいもんじゃないな。ただ二人に『開始』の合図を送ればいいだけの役目。
「じゃあ、二人ともいいな?」




