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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第七節 サディオの想い シーラの想い
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2-7-4.「まさかシーラが、そこまで本気で」







「でも、俺は――」


「わかってますよ」また、心を見透かす水晶球のように笑う。「ウェルさんが、ミルレンダイン頭領になる気は全くないってことはわかってます。あなたのしたいことはそれじゃない。だからこんな話をしたんですよ」


「だから?」


「私は意地が悪いんです。必要な方に必要な話はしない。大金でも積み上げられたら考えますけどね。だから、こんな話はサディオさんにもアグロにも、多分シーラさんにもしない」


「……じゃあ、何で俺にはそんな話をしたんです?」


「言った通りです。あなたには期待してるんですよ。頭領にならないにしても、ここの若い連中に、外の風を残していって欲しい」


「どうしろっていうんですか」


「これも言った通り。あなたには、したいことを譲らない強い決意がある。そして、それを守りながらこのミルレンダインに馴染む柔軟性も。だからそのままでいいんです。サディオさんに対してもね。無闇に気負うことはない」


 机の上で腕を組み、一番の爽やかな笑み。確かにこれが、ジェブルが俺に伝えたかったことなんだろうと受け取ることができた。


 そのままでいい、か。サディオに対しても、いつもの俺のままでいい。――言われた言葉をゆっくりと反芻する。


「そっか。なんか、ありがとうございました。確かに俺、ちょっとサディオにはどう対応していいのか悩んでる部分はありました」


「ふふ、お礼なんていいですよ。ただ単に、私がウェルさんにそう振舞ってもらいたくて、こう言っているだけなんですから」


 これもまた本当の話なんだろう。だけど、言葉にして言ってもらえると、随分気持ちが楽になるもんだ。気兼ねしなくてすむ。その辺りのうまい具合を、よくよく理解している人なんだなと、俺はジェブルに少しく敬意を抱いた。


「あー、やっと見つけた! ねぇー、ウェル最近冷たくない?」


 話が一段落つくのを待っていたかのように、眠そうな拗ねた声を俺の背中に投げかけてくる奴がいる。


 辺りはもう暗くなっていた。そこそこの寝坊だ。


「飯食わずに待っててやったんだぞ? 十分暖かいだろ」


「前だったらあたしが起きるまで部屋で待っててくれたじゃん! ……なに、ジェブルおじさんと話してたの? 珍しいね」


 相手をして頂いていました。ジェブルが柔和な、当たり障りのない笑顔でシーラに会釈する。


「おじさん、あたしとだってろくに話なんてしてくれないくせに」


「そんなことないですよ。もし話をしたいならいつでも来てください。お菓子くらいお出ししますので」


「あー、ウェルとはここまで話に来るのに、あたしはこっちから行かないと相手してくれないんだ!」


「ジェブルさん、シーラのことケツの青いガキんちょって言ってたぜ」


「は? 何それ!」


「ちょ、ウェルさんっ? 私そんなこと言ってないですよねっ?」


「ああ、やっぱあたし、おじさんに嫌われてんだ。ショックだなぁ……」


 俺の隣に座ったシーラも交え、俺たち三人、いい加減飯くらい食えばいいのに、酒さえ置かずにもうしばらく、こんな下らない話を繰り広げていたのだった。




 ジェブルと別れて、シーラと二人で飯を食ってグァルダードに行って、それからゆっくりと根城に戻ってきた。今日はろくな仕事がなかった。俺の頭の中も、さっきまで聞いていたジェブルの話がぐるぐるしていてろくに働かなかった。なので気の向かない仕事をやたらに請け負わない方がいいだろう、と素直に戻ってきた次第。まぁこれはシーラには伝えてない話だけども。


 シーラとも一度別れてさてと息を吐く。


 部屋に籠るのもつまらない。さりとてそこら辺を当てなく彷徨っていれば、あっという間に誰かに声をかけられて酒を飲まされる。ひと気のない岩場に行って、素振りでもしようかな。なるべく人に会わないよう気を付けながら、集落の西の方へ向かって歩いた。


 声が、聞こえた。


 こんなところに誰かいるのか。いるとしたら、どんな密談をしているのか。


 盗み聞きするのも悪趣味だろう、と思いながらも、誰と誰がそこにいるのか、くらい確認したくなって、息を殺してみた。一瞥するだけ。顔を見るだけ。自分に言い訳しながら。


 岩の一つに身を隠し、声の方をそっと覗いてみて驚いた。


 シーラとサディオ。その二人だった。


「……きりし……なぁ。ちゃ…………ないなら………戻る……」


 薄っすらと、シーラの声が聞こえてくる。腕組みをして、少し苛立ち気味に。


 返すサディオの声はどうやらとても細い。何やら言い返している素振りは見えるけど、何を言っているのかはまるで聞こえてこない。


 盗み聞きの趣味の悪さを否定してから二分も経っていないんだけど、ここは「ぜひサディオの秘密の話を聞いておかなきゃ」って好奇心が勝ってしまった。手許のランプの火を消して、見付からないように物音を建てないように、二人の会話がはっきり聞こえる辺りまでにじり寄る。


「……その……。シーラは、あの男――……、ウェルのこと、どう思ってるのかなって」


 おおう、いきなり俺の話かい。盗み聞きへの罪悪感が一気に薄れる第一声だなぁ。


「どうって? あたしの最良のパートナーだよ? それが?」


「パ、パートナー、……って、のは、その、仕事をする上でってこと、だよな?」


「うぅん。生きていく上で、ね。出会ったときは、まぁいいかな、くらいの感覚だったんだけど。今となっちゃ、あたしもうウェル以外の相手って考えられないんだ」


「そ、……そんなにか?」


「うん。その、こんなこと言うの、結構こっ恥ずかしいんだけどさ。あたし、なんか、ウェルのことでもう頭いっぱいなんだ」


「…………」


 サディオが沈黙する。


 正直、俺も言葉が見付からなかった。


 まさかシーラが、そこまで本気で俺のことを思ってくれていたなんて。俺はてっきり、流れで何となく、とかなんだと思っていた。自分から声をかけて連れてきた手前引っ込みがつかなくなって、とか。他にいい相手もいないし今のところ適任だから、とか。


「そんなこと聞きたかったの?」


「あ。……いや、その……」


「わかってるけどさ。サディオとウェルがあんまり仲良くないのも」


「い、いやいやいやいや! 仲良くないなんてそんなこと!」


 いやいやいやいや! 仲のいい要素なんて欠片もないじゃんか!


「サディオがいない間に、相談もしないで決めちゃったからね。妹分として申し訳ないなって気持ちはあるんだけど」


「い、妹分……」


 あ。地味にダメージ喰らってるな。今の表現。


「でも、ウェルはあたしが見付けだした、掛け替えのない相手なんだ。すぐにとは言わないけどさ、いつかサディオにも認めてもらえるといいな」


 これまでで一番小さな声で、シーラがそう、うっとりと言った。


 俺はシーラの言葉を噛み締めながら、そっと、岩に凭れ掛かり腰を落とした。二人の会話に背を向けて。


 なんだよ。こんな声聞いちゃったら、今までみたいに邪険に扱えなくなるじゃんか。『どうせしきたりを守りたいだけだろ。俺じゃなくてもいいじゃんか』なんて、思えなくなるじゃんか。






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