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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第七節 サディオの想い シーラの想い
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2-7-3.「ティリルとシーラ、二人とも娶る選択肢?」







「ジェブルさんから見たら、俺だって未熟な甘ったれじゃないですか?」


 聞いて、確認する。この人ならきっと、ええ勿論って躊躇なく答えるはず。


 と思ったのに、なんでこの人はこんな時ばっかり、机の上に腕を組んで目を細めて「さぁ、どうでしょうか」なんて思わせぶりな返事をしてよこすんだろう。


「俺は、シーラやサディオさんに比べて、自分が大人だって思ったこと一度もないですよ」


 口を尖らせ、上目に使ってジェブルを睨む。


「彼らを子供だなと思ったことは、あるんじゃないですか?」


「それは――……、ええと、まぁ」


 いやそういう冗談はいいからさぁ。


「大人か子供かっていう話じゃないですよ。そんなこと言ったらほら、それこそマウファドさんなんて、ね」


 う……。い、いや、そういう冗談もいいからさ!


「私が言っているのはね。つまるところ――。


 ウェルさんが例えばサディオさんの立場だったら、どうしていましたかってことなんです」


「俺が、サディオの立場だったら……?」


「ええ」


 にっこりと笑うジェブルは、それ以上言葉を重ねてくれない。どういう意味だとしばらく思案して、はたと思い当たる。俺が知っているサディオの、数少ない情報。


「…………」


 口許を押さえて、思案する。もし俺がサディオの立場だったら、そう、そんな距離だったとしたら、俺は何をどう選ぶか。


「私はサディオさんではないので、彼が実際にどう考え、どういう結論に達し、その結論をどう受け止めているのか。それを語ることはできません。私はただ、サディオさんとウェルさんなら、あなたの方が私の思うミルレンダインの理想の姿に近く賛同してくださるかな、と勝手な想いを抱いているだけなんですけどね」


 微笑むジェブルの話に、俺は少し違和感を覚えた。


「そんなこと言われても……。まず俺自身がどう答えるかわからないのに」


「おや? そうでしたか? あなたならそうそう悩む話じゃないと思っていましたけど」


 なんでさ。反射的に声を荒げた。


 そこまで礼を失した意見でもないと落ち着いて考えれば思うのに、なぜだかこの瞬間は、決めつけられた回答が無性に腹立たしかった。


「普段のあなたを眺めていて何となく……、というのはぼんやりしすぎですかね。一番大きいのは、後継の儀のときです。マウファドさんに睨まれて尚、自分の決めた道をあの場で主張できるのは、すごいと思いました」


「え……」


 思いがけない答えだった。


「マウファドさんに逆らったから、っていう話だけじゃなくて、多分ウェルさんは誰にどう聞かれても変わらない答えを持ってらっしゃるんだろうなって、あの時感じたんです」


「あ、ああ。それは――」


「今日お話を聞いて、その『変わらない答え』が何なのかもわかったような気がします。私は、やっぱり今のウェルさんのまま、次期頭領を担ってくれたら面白いと思いますけどね」


「いやだから俺にはできないですよ。さっきも言ったじゃないですか」


「なぜ?」


「なぜって、俺には守りたい奴がいるから、シーラと一緒にはなれないしこのミルレンダインに止まることだって――」


「そのお相手をここにお呼びしたらいいんじゃないですか?」


「え?」


 深めに頬杖をつき、悪魔のような微笑みを浮かべて、事も無げに提案された。


 二秒か三秒考え込んで、いやいやいや、と手を振る。


「別にそいつがここにいればいいって話じゃないんですよ! 俺はあいつのことを第一に考えたいし、それに」


「考えればいいじゃないですか。その人と一緒になって、二人でこのミルレンダインを引っ張っていけばいい」


「で……っ、……できるんですか? そんなこと」


「あなたがすればいい。団のことを決めるのは頭領です。後は皆を納得させられれば問題はないですし、皆を顧みず恣に振舞う頭領の姿だってあって悪いわけじゃない」


 なんだか滅茶苦茶なことを言い出したな。思ったよりこの人は、常識外れなのかもしれない。


「まずはシーラさんと結婚して頭領の座に就く。その後、シーラさんと別れるなり話を付けるなりして、ミルレンダインの掟を改める。そしてその相手の方をここに呼んで、お二人でここで生きていく。ああ或いは、何ならその方とシーラさん、二人とも娶るって選択肢もあるんじゃないですか?」


「は?」


 にっこりと、明日の夕飯のメニューでも提案するような気軽さで、ジェブルはそんなことを言い出した。


「妻を二人、なんて許されるんですか?」


「ここは砂漠ですよ? 一夫多妻も多夫一妻も、前例なんていくらでも!」両手を広げて得意げに微笑むジェブル。


「でも、ミルレンダインじゃ一対一なんですね」


「多分ですけどね、ここはもう小さな村くらいの人数がまとまって暮らしていますから。皆が平穏に生きていくためにその方が都合がよく、またその決まりを皆が守ることに不満を抱いてこなかった結果なんだろう、と思います」


 ジェブルの話に、俺は随分混乱させられていた。自分の道を、決意を揺るがされた、なんてわけじゃない。ただ、ジェブルがこんな話を向けてきたことに、この人がこんな考え方をしていたってことに驚かされたんだ。


「意外でした?」こちらの心を見透かすように、悪戯に笑う。「別に私は、現状に不満があるわけじゃありません。それこそマウファドさんのやり方には納得も満足もしている。そして私も、ミルレンダインの存続をこそ第一に考えていますし、団員が不幸になることを顧みない頭領には全力で逆らいます。

 ただ、『しきたりを守らなければ他の誰かが不幸になる』なんて自己犠牲的な考え方は嫌いなんです。自分が束縛されるのも、縛られている誰かが口を噤んでしまうのも大っ嫌いです。縛られて苦しいなら、自分でしきたりを変えればいい。それもできずに、自分の不自由をしきたりのせいにして勝手に悩むなんて、砂漠の民のプライドはないのかと、まぁそんな風に考えてしまうのですよ」


 ああ、成程。それでその……、サディオの話になるのか。


 納得すると同時に、肩のこわばりがほどけていくのを感じた。ジェブルの言いたいことが見えてきて、混乱が解けたことに安堵を抱いた。


 ああでも、まだ一つ懸念が残ってる。




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