2-7-2.「本当に、俺が頭領に相応しいって言うのか」
「意外ですね。そこまで彼女のことを買っているとは」
「そうスか? 彼女には感謝してますよとても。だから、まぁ、……彼女の想いはわかってますし、応えられないのは申し訳ないな、とも思ってます」
「あくまで相棒止まり、ってことですか」
「止まり……って表現が適切かはわかりませんけど……」
ジェブルの言葉選びに挑発的なものを感じた。相棒に止まるって言い方は、違う気がする。
「シーラを恋愛対象として見ることはできません。そしてそれは、シーラのせいじゃないです。俺には守らなきゃいけない奴がいる。いつか今よりもっと強くなって、そいつのところに帰らなきゃいけないんです。だから、俺はシーラは選べない。そしてそれは、シーラに問題があるわけじゃないんです」
うん、まぁ、全く問題がないわけでもないけど。
「なるほど、そうですか。いやぁ、シーラさんが振られるの、初めて見ますねぇ」
大仰に頷きながら、含みを込めて言うジェブル。あいつやっぱりモテるのか。そのこと自体に疑問は抱かなかったけど、サディオの他にもシーラを気にする奴がいたのかってのは、ちょっとだけ興味があった。
「同年代の男共は大なり小なりシーラさんに好意を寄せていたようですけどね。サディオさん以外で一番わかりやすかったのは、愚息でしたね」
ぶふぅ、と思い切り吹き出してしまった。
「ま、……マジで? 愚息って、アグロ――さんのこと、ですよね?」
「飾らなくていいですよ。いつも『アグロさん』なんて呼んでないのでしょう?」
くすくす笑いながら、そしてジェブルは本題に戻る。
「うちのはあれで頭が固いですからね。まぁそういう意味では、サディオさんもそうですが、最近の若者たちは小さくまとまっちゃってる」
どう思います?とでも言いたげ、一瞬の鋭い視線をこちらに向けて腕を組むジェブル。なんだ? 俺は最近の若者たちの中に数えてもらえてないのか?
「あはは、話が逸れちゃいました。本題に戻しましょう。ウェルさんがシーラさんを選べない、その理由はわかりました。
……これはあくまで例えば、なんですけど。その、ウェルさんが『守らなきゃいけない』って思っている相手がもしいなくなってしまったら、そうしたらシーラさんと一緒にこのミルレンダインを引っ張っていく選択肢もありますか?」
「いなくなったら……?」
「たとえば、その方が死んでしまうとか」
ぞくりと背中が冷えた。
反射的に、背中の剣に手を伸ばす。
ジェブルは慌てて、両手を振った。
「あ、いやいや。ただの例え話です。本当にどうこうしようなんて話じゃないですよ。ウェルさんの中でのシーラさんへの想いがどれくらいなのか、それが聞きたいだけです」
あ、ああそうか。そりゃそうだよな。どんな相手か、どこにいるのか。あいつのことを何にも知らないジェブルが、何かできるわけないじゃんか。
ただの例え話に随分敏感に反応してしまった。自分の短絡ぶりが少し恥ずかしくなり、俺は頭をポリポリ掻きながら、すいませんと軽く俯いた。
「で? どうなんです? もしその方がいなかったら」
「……うぅん、……どう、っスかね。あんま想像できないけど。
そもそも俺が強くなりたいって思うのは、全部あいつのためなんです。だからあいつがいなかったら、もう剣を握ろうとも思えなくなるかもしれない」
俺がどう思うかより、シーラに愛想尽かされる方が先じゃないかなぁ。苦笑いしながら、もう一度頬杖をつき直した。
冗談の切れっぱしくらい言ったつもりだったけど、ジェブルはくすりとも鼻を鳴らさず。少し怪訝に眉を顰めながら、大きく一度二度、頷くように首を縦に振っただけだった。
「あの」今度はこっちから聞いてみる。「ジェブルさんは、ホントに俺がこの団の頭領に相応しいって思ってるんですか?」
「ん? なんだか含みのある質問ですね」
今度は笑った。俺の質問の意図を見透かしたように目を細めて、くつくつと喉の辺りを鳴らして。
「いや、まぁ、その……。正直、ここに来てからあんまジェブルさんと話す機会なかったもんで。そこまで俺のことを評価してもらえてるとは思えなくて」
あまり心中を直接的には伝えきれず、ついぼやかすような言い方をしてしまった。
有り体に言っちゃえば、嫌われてるんじゃないかって思っていた。俺のことを見る目がいつも鋭かったから。ひょっとして……と不安になったのは随分最初の頃で、そりゃ本当は息子のアグロに頭領になってほしかったんだろうなって、一人で勝手に納得してた。
「ふふ。相応しいかどうか、なんてのはよくわかりません。実際マウファドさんに関してだって、人を束ねる素質があるのかどうか、私は疑問視しています。でも、彼はそこそこにやってますし、他の人から大きな不満が上がることもなかった。結果的には相応しかったっていうことじゃないですか」
「そんなもの、なんですか」
「そんなものでしょう。本当に慎重に人選びをするべきなら、まずミルレンディア家とダイン家の世襲制度は廃した方がいいし、勝った方が頭領になるなんて統率力と関係のない選出方法も改めるべきです。そういうことじゃないんですよ、多分ね」
両肘を机について指を組み合わせ、その上に顎を乗せて話すジェブル。マウファドのように頬に傷なんて残しちゃいないけど、彼は彼で、その柔和な表情に歴戦の苦労を匂わせていた。
「まぁ、そうは言っても、ウェルさんに大きな期待をかけているのは本当かもしれませんけどね」
「え」
今更、どうせそんなわけないんだろと気楽に放ったつもりだった質問への意外な答えが発せられて、俺は動揺が隠せない。
「マウファドさんが頭領になった頃、まぁつまりは僕たちの時代ですね。この頃はまだまだこの団も成長期で、他の盗賊団に攻め入ったり、この塒が襲撃されて総出で守ったりと、剣呑な雰囲気があったものです。ミルレンダインは今やこのタミア砂漠で五指に入るほどの強大な盗賊団です。
今は御覧の通り。マウファドさんの風評もあって、この塒が襲撃されることなんてまずなくなりました。戦わない者も増え、子供が増え、財産や守るものが増えました。稼ぎに出る者も、ケーパとして商人たちの依頼をこなすことが多くなり、他所から奪うことが減りました。つまるところ、平和になったし穏やかになった」
「それのどこが悪いんだ?」
「いいか悪いかはわかりません。ただ、そうした変化に皆の意識がまだ追い付いていない、そんな気がするのです。少なくとも、アグロもサディオさんもシーラさんも、まだまだ未熟な甘ったれです」
ずいぶん厳しい評価だ。確かにこの人から見れば、俺やシーラもまだまだケツの青いガキなんだろうけど。
……ん? あれ、俺も……、だよな? あれ? 話の流れ的には、『その点、ウェルさんは彼らとは違って――』なんて言われちゃいそうな感じじゃなかったか?




