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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
序章 第五節 涙の理由
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0-5-1.ティリルはどこへ







 翌朝。


 前の晩早めに寝付いたくせに、更に俺は寝坊までしちまった。


 ぼんやりしてまだ目が覚めない頭、ボサボサの髪を手でぐしぐし搔き乱しながら。着替えを済ませ顔を洗って食堂に降りる。当たり前だろって主張するように、母さんとティリルが食卓についてた。二人とも、先に食事を始めてた。パンをくわえながらティリルがこっちを見て、笑いかけてくれた。


「おはようウェル、ひどい寝癖だよ。ご飯の前に整えてきたら?」


 そう、ティリルが笑ってくれた。笑いかけてくれた。二、三日前まで当たり前だった、明るくてどこか遠慮したはにかんだ笑顔。それが嬉しくて、俺もにんまりと笑い返してやった。


「いいんだよ、寝癖なんて。ほっときゃそのうち直る」


「でも、やっぱり可笑しいよ」


「いーの。俺の頭なんだから」


 言い返しつつ、俺も座った。いつもの席にはちゃんと俺の分まで、パンと卵が並べられていた。


「遅いなんて思わなかったから、いつもの時間に準備してしまったわ。ごめんなさい、冷めちゃってるけど」


「あ、いいよ。寝坊した俺が悪いんだから」


 気にしてくれる母さんに軽く手を振りながら、バターの沁み込んだ冷めたパンにかぶりつく。もう大分固くなってて、美味しいっていうものじゃなかったけど、それでもすぐ隣にティリルの笑顔があって、それが時々こっちの顔も見てくれると、やっぱり美味しく感じられた。


「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです、おばさん」


 一足先にティリルは立ち上がり、皿を重ねて流しに持っていく。


「手抜きの朝食にお世辞を言うものじゃないわ」


 くすりと、鼻の先で笑いを転がしながら母さんが答える。そして、そのまま流しの前に立とうとするティリルに気付き、ゆっくりと振り向いた。


「あ、洗い物はいいわ。あとで私がするから」


「え、でも……」


「みんなの分をまとめて洗った方が効率的なのよ。手伝ってほしいときにはちゃんとそう言うから、今は向こうで休んでらっしゃいな」


 母さんの言葉に、結局最後はティリルも頷いてた。


 ああ、じゃあ俺が洗うよ。自然に声が出た。俺が遅くて皿が揃わなかったわけだし、それくらいは手伝わないとねと思うと、母さんも俺には「大丈夫よ」なんて言わない。


「じゃあ、お願いしようかしら」


 おう。今の俺は、昼飯時を乗り越えた後の食堂の皿洗いだって楽しくこなせるぜ!


 と、勢い込んで拳を握った俺は、実際流しの前に立って改めてその大変さに落ち込むわけだけど……。


 一方ティリルは一回部屋に戻ったみたいだったけど、しばらくするとまた、一階に姿を現した。食卓に座ってた時には気付かなかった、珍しい茶色いズボン姿。あれ、さっきから着てたのかな、と横眼に見ながら首を傾げる。


「おばさん、私ちょっと出かけてきます」


 そして元気よく、母さんに挨拶した。はいはいと頷くばかりの母さんに代わって、どこに行くんだと俺が聞く。


「ちょっと、ね」


 返ってくるのは曖昧なごまかし。玉子を焼いた平鍋を洗いながら、なんだよそれと首を捻った。


「お昼には帰るのかしら?」


「ええと、そのつもりです。でもひょっとしたら遅くなるかも」


「それなら、お昼の準備も少し遅めにしておこうかしら」


 頬に手を当て悩みこむローザ。てっきりその後に、気を遣わないでくださいというティリルの声が聞こえるものと思ったが、それはなかった。代わりに耳に届くのはぱたぱたと忙しない足音。そして玄関の開く音だった。


「母さん、洗い物終わった! 俺もちょっと出かけてくるよ!」


 濡れたままの鍋を食器台に乗せながら、洗った後の流しの散らかりももう一切気にかけず、俺はそう宣言して自室に駆け込んだ。


 着替えて、背中にはおじさんにもらった剣、懐にはほとんど中身のない財布を携えて、どこに行っても取りあえずどうにかできそうな感じに準備。寝癖は気にせずそのままに、ものの一分足らずで俺は部屋を飛び出した。


「気を付けて行ってらっしゃいね」


 まっしぐらに玄関に向かう俺に、かけてくれる母さんの声は溜息交じり。中途半端な俺の仕事の後始末をしてくれてたんだって気付いたのは、帰ってきてからのことだった。




 玄関を出た俺は、何はなくともティリルの背中を目で探した。


 自分の家に一度戻るのか。しかし、そっちに続く道に香茶色の髪は見えなかった。


 ひょっとして、やっぱり昨日の服が欲しくなったのか。思ったが、町へ続く道を覗いても、丸っこい後頭部は見つからない。


 あちこち探して、ふと、山の奥に続く険しい獣道に小さな足跡が残っているのを見つけた。


 半信半疑、いや、何でこんな山の奥に?と疑念の方がずっと大きい中。それでも唯一の手掛かりを追って、俺は鬱蒼と木々の茂る山道に足を踏み入れた。


 山道って言っても、道、なんて呼べる偉そうなものは実際にはない。足許は土と泥と、無邪気に迷惑に伸びる木々の根っこばかり。目の前は無暗に手を広げる木々の枝葉ばかりで、誰かが歩くことなんてこれっぽっちも考えてくれてない。


 こんな道を上って、どこに行く気なんだろう。それともティリルの足跡だと思って追いかけているものは、実は全然違う誰かのなんだろうか。


 そういやこっちの方は、あんまり行ったことがなかったな。ふと、足は止めないまま、物思いに駆られた。小さい頃は時々、怖がるティリルの手を引っ張りながら探検ごっこもやったりしたけど、まぁせいぜい子供の足で届く範囲だったし。それだってホントに小さな頃の話だ。八つも過ぎたら、俺はおじさんに剣を教えてもらうのが楽しくなっちゃったし、ティルも気が付けば本ばっかり読んでた。


 だから、尚更意外なんだよな、ティリルがこんな道を知ってるっていうのが。


 小さい頃からずっと一緒にいたティリルのこと、何でも知ってるって、もしかしたら俺は思ってたのかもしれない。だから、こんな木々と緑が鬱陶しい山の中に連れてこられて、少し気分が滅入ってもいるんだろう。山道自体は別に嫌いじゃないんだけど、今日歩くこの道は随分と俺をいらいらさせた。





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