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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
序章 第四節 ティリルが家に来た日
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0-4-5.この服は、いらない







「何覗いてんだよ、お前ら」


 睨みつけてやっても、連中は何も言わない。ただ俺をからかってやろうって、そんな思惑が見え見えの表情で揃て俺を見てる。


「なんだよ、ウェル。ここ、女の店だぜ?」


「お前、女だったのかよー」


 からかう気満々の囃し声。


 下らないこと言ってんなぁと思いながら、俺は溜息交じりにボリボリ頭を掻いて、答える。


「友達の服買いに来たんだよ。昨日からうちに来ることになったんだ。だから――」


「えっ。お前、女と一緒に住んでんのか?」


「え、なになに。じゃあお風呂とかも一緒に入ってんのか?」


「着替えとかも覗いちゃってんのか。わぁ、エッチだなぁ」


 幼稚な言葉を並べちゃ、俺のことを挑発してくる男子ども。なんだよそれと呆れながら、俺は右手を腰に当ててわざとらしく溜息を吐いた。


「なぁウェル。俺たちこれから、山で魚釣りしようと思ってんだ。一緒に来ないか?」


 うちの一人は少しはまともで、俺のことを誘ってくれた。


「あー、悪いけど、今言った友達が一緒なんだ。そいつほったらかして遊びになんか行けないよ」


 断ると、そいつは「ああそっか。誘って悪かったな」と謝ってくれた。


 周りの連中はうるさかったけど、俺も気にするなって、むしろ誘ってくれてうれしかったって、ここまではいい感じに対応できたんだ。


「……ウェル?」


 待ちくたびれたのか、店の扉を半分開いて、ティリルがこっちを見ていた。


 俺が答えるより先に、馬鹿どもがうおぉと騒ぎ出した。やばいって、ホントはこの時もう思ってたんだ。


「なんだよ、すげぇ可愛いじゃん!」


「この子が着てんの、この店の窓にずっと飾ってあったやつだよな」


「ホントだ、向かいのミリーも一度でいいから着てみたい、て言ってたやつだ」


 バカ連中に囲まれて、ティリルがすっかり委縮しちまった。扉を半開きに抑えたまま、固まって、声も出せなくなって、首だけできょろきょろそいつらの様子を窺ってる。


「友達って、ひょっとしてウェルの彼女か?」


「わ、彼女か! すげぇなウェル! こんなかわいい子と付き合ってんだ」


「待てよ、ウェルさっきこの子と一緒に暮らしてるって言ってたよな!」


「あっ、そうか! じゃあこの子と風呂入ったり着替え覗いたりしてんのか! いいなぁ」


 ば、馬鹿! そんなわけねぇだろ! 慌てて上げる否定の言葉は、全然、ティリルを助けるには遅くって。ティリルは顔を真っ赤にして。ものすごい形相でこっちを睨んで、左の拳を小刻みに震わせていた。


 怒ってるんじゃない。怯えて、声も出なくなってるんだ。


「いいよなぁ。可愛い彼女。俺も欲しー」


「違うって! ティリルは彼女なんかじゃなくてっ!」


「え、違うのっ? やった。じゃあ君、俺の彼女になってよ!」


「あ、ずりぃぞ。俺が先だって!」


 否定すると、今度は別の方向に盛り上がり始め、収拾がつかなくなる。


「おい、その辺にしとけよ。その子怯えてるだろ」


 一人が声を上げて、ようやくみんな我に返って、ああやべぇと大人しくなりやがった。なんだよ、俺がいくら言ったって大人しくなんなかった癖に。そいつの言うことなら聞くのかよ。


「あ、や、その、ごめんな」


「俺たち、悪い意味で言ってたんじゃなくてさ」


「ただその、君があんま可愛かったから、少しウェルをからかってやろうって」


「うん、ほら、そこら辺にしようぜ。


 ティリルさん? ウェルも。邪魔して悪かったな。また今度、落ち着いて遊ぼうぜ」


 反応のないティリルを相手にすっかり潮らしくなった連中は、縮こまったままじゃあなと離れていく。全く、と溜息もう一つ。俺はティリルに向き直って、「嫌な思いさせてごめんな」と謝った。


「あいつら、悪い奴らじゃないんだけどさ。調子に乗ると歯止めが利かなくなるんだよ。ったく、人のことからかうのに楽しそうな顔浮かべやがって」


 できるだけ暖かい声をかけてやったつもりだったけど、ティリルは俯いて震えたまま、何も言わない。とりあえず商品を着たままだからと。俺はティルの背中を押して、店内に戻った。


 店員のお姉さんは何も言わずにこやかに迎えてくれたけど、ほんの少しだけ機嫌が悪くなったようにも感じた。


「いかがいたしますか?」


 聞かれるティリルが。ちらりとこちらを見る。


 よし、と俺は気を切り替え。


「買っちゃえよ。お金のことなら大丈夫だしさ」


「でも……」


「あいつらも言ってたじゃん。すげぇ可愛いって。似合ってるって。な、買ってこうぜ」


 ぽん、とティルの頭を軽く叩いてやる。


 ティリルは少し黙って、それから「ん」と小さく声にして、お姉さんに向き直って。


「ごめんなさい。せっかく着せて頂いたけど、やっぱりやめておきます」


 そう、答えた。 


「えっ、なんで?」


「……私にはいらない、から」


 ホントに何で?って思ったけど、ティリルはそれ以上何も言わなかった。同じく残念そうな表情のお姉さんに連れられて、もう一度奥の部屋に行って着て来た服に着替えて出てくる。


「あ、じゃあさ、他の服も見てみようぜ! 何かもっといい服があるかも――」


「ウェル」俺の言葉を、ティリルの冷たい言葉が遮った。「洋服はいらない。もう、帰ろう?」


 その迫力に気圧されて、ただ、俺は頷くしかできなかった。



 

 帰りの山道。なだらかな、開けた丘陵。歩き慣れた道は、だけど急に雲行きが怪しくなって、まだ昼過ぎだって言うのにずいぶん暗かった。


 降ってきそうだぞ、早く帰ろう。そんな、つまらない一言さえ俺とティリルの間にはなかった。言う必要もなくティリルの歩みは十分早足だったし、それに、前を歩くティリルは一度もこっちを振り返んなかったんだ。


 ティリルに何にも返事をもらえなかったら。無視されてしまったら。それが怖くて、結局俺は、その日、何も話しかけられなかった。


 家に帰った後ティリルは、いつもと変わらない元気な様子で。母さんに話しかけ自ら手伝いを志願した。魔法を使って水火の操作をし、料理や掃除を手伝ってた。俺は何となくティリルに話しかけるタイミングを見失って、夕飯の時間もティルがすごく楽しそうに母さんにあれこれと話を持ち掛けるもんだから、俺一人ものすごい疎外感だった。さすがに「なぁ」と呼び掛けたりもしたけれど、そうするとティリルは不自然なくらい自然に「なぁに?」と応えてくれて、それはそれでその後になんて言ったらわからなくなって、「あ、いや、その」なんて言ってるうちにティルはまた、母さんとの話に戻っちまう。


 俺は早々に、自室に籠ることにした。


 いいことじゃないか。どうであれ、ティリルが元気になって、笑って、母さんとああやって話ができるくらいになったんだから。


 ベッドに横たわって、頭から布団をかぶって、必死にそう思い込む。


 それから、何でティリルがあんな態度をとるんだろうって、そんなことも悩み込んだ。


 答えの出ない問いに、俺はあっという間に睡魔に襲われた。


 よくよく考えれば、二日間夜更かしが続いてた。眠くても当然の体調だったんだ。





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