0-4-4.白いフリルのドレス
めげるもんか! 計画第二号だってちゃんと用意してあるんだ!
次の作戦はそう、この店!
「……洋服屋さん?」
「そう。次はちょっとここに寄りたいんだ」
にっこり笑ってティリルに頷く。
正直、十二の男にはハードルの高い作戦だ。なんたってここは、王都サリアの流行りの服だってたまに仕入れるって評判の女性服専門店。町の女性たちの行きつけでありながら羨望の的、であると同時に、町の男性たちの地獄への門でもあるんだ。
「…………ウェル、スカート着きたいの?」
「んなわけないだろ。ティルの服だよ」
「え、私?」
どことなくぼんやりしたままだったティルの目が、氷水でも浴びせられたように真ん丸に見開かれる。
そうさ、俺はちゃんとチェックしてるんだ。この店の脇の陳列窓に飾られた、濃緑の大人用ワンピースの横、白い、フリルのたくさんついた子供用ドレス。前に一緒に町に来た時、ティリルが一瞬見惚れていたのを、ちゃんと覚えてるんだ。
「な? この服。ティリルに似合いそうじゃん。買っちゃおうよ」
「え……、えっ? 私そんなお金持ってないよ!」
「大丈夫、母さんにもらってるんだ。せっかくうちに来てくれたんだし、何か記念に買ってあげたいねって言ってさ」
これは嘘だ。今日の買い物のお釣りを使い込む気満々だ。
もちろん、使い込むったって、その後の小遣いでちゃんと返すつもりではいる。母さんだってティリルを元気づけるためだって言えば、溜息一つで許してくれるよ。
「でも……、こんな可愛らしい服、私には似合わないし……」
「何言ってんだよ。絶対似合うって! そうだ、試着させてもらお。それだけならタダだし、気に入らなきゃやめればいいんだしさ!」
「え、でも、そんな時間……」
「時間だって気にしなくていいよ、まだ昼前なんだし。シチュー作るのなんて夕方くらいからで大丈夫って言ってたし、服の一着や二着試着する時間はあるって」
ほらほら、とティリルの背中を押して、店の中に入った。
中はそれほど広くない。ただ道に面した壁二面は大きくガラス窓が作られていて、ショウウインドゥも店内からも見える形で、光を取り込んでいて開放感があった。まず入ることのない店、ごくりと唾を飲んでしまったけれど、横を見て見ればティリルはぼんやりと店の中に目を向け、ハンガーにかけられ並べられた数多くの洋服たちに溜息を零している。
うん、よし。ティリルも満更じゃないみたいだ。俺が気圧されてる場合じゃないぞ、リードしてやんなきゃ。
「すみません!」
大声を上げると、まずティリルがびくりと肩を震わせ、慌てた様子で「声大きいよ!」睨みつけてきた。でもほら、店員のお姉さんがこっちに来てくれてるし。「どうされました?」って優しい声をかけてくれてるし。
知ったかぶりして失敗するより、わかんないならわかる人に聞く方が確実だ。
「あら、二人だけ? お母さんは一緒に来てないの?」
「あ、俺たちだけで買い物に来たんです。その、この子の服がほしいので」
「あらそうだったんだ。それは失礼しました。
どんな服をお探しですか?」
俺が陳列窓の白いドレスを示すと、店員のお姉さんはああと頷いて、内側についていた窓の鍵を開けてくれた。展示されたドレスを、丁寧に持ってきてくれる。迷惑だからやめようよ、なんて小さな声を震わせるティリルに、俺はと言えば兄貴分ぶって胸を張りつつ、「大丈夫だよ。心配いらないって」と、根拠もないのに繰り返した。
「ええ、迷惑なんてことないですよ。どうぞ、何ならお試しだけでもなさってください」
「あ、やっぱ試着させてもらえるんですね!」声を弾ませたのは、俺。
「もちろん。お嬢さんならぴったりだと思いますけど、実際に着てみないとどこに不具合があるかわかりませんから」
じゃあぜひ、と俺はティリルの背中を押す。
こちらのお部屋を使ってください、手を引いてくれるお姉さん。
ティリルの抵抗も、本物じゃない。そんなのいいです、悪いです。口の先では繰り返してても、俺の手が押す背中はずいぶん軽い。
カウンターの奥にあるらしい別室に招かれたティリルが、出てくるまでには五分ちょっとくらいあったかな。退屈しかけた俺の前に姿を見せた、ティリルはまるで――、あぁ……、えっと、なんかこんなこと言うのすっげぇ恥ずかしいんだけど、でも、えっと――。
――……俺の前に姿を見せた、ティリルはまるで、おとぎ話に出てくるお姫さまのようだった。
「とってもかわいいですよね! サイズもぴったり。お兄さま、いかがですか?」
「あ、えっと……」
兄じゃない、なんてそんなどうでもいい注釈すら出てこなくなるほど、俺は完全にティリルに見惚れてた。
俯き加減に。上目遣いに俺を見て。多分緊張でスカートの裾を掴みたいけど、商品に皺をつけちゃいけないって我慢してるんだろう、左右の腿の脇辺りに揃えられた両手がわきわきと空をひっかいて。
そんなティリルが身に着けた、白いフリルのワンピースドレス。胸許で細い布が規則正しくクロスしている。ふわりと広がったスカートの裾には、特にたくさんのフリルが段々に縫い付けられてる。
展示されていたときにはわかんなかったけど、頭に付ける透かし布のヘッドドレスもあったらしい。香茶色のストレートヘアの上で、それがひらひらと煌めいている。
illustrations by 出佐由乃様
「やっぱり、似合わない……、でしょ?」
怖ず怖ずと聞いてくるティリルに、俺は素直に「とってもかわいいよ」って言うべきだったんだと思う。けど、十歳そこそこの俺は、どうにも照れくさくてたったそれだけのことが言えなかったんだ。
「えっと、その……」
両手の指を合わせていじいじと動かしながら、俺の口はなかなか、正直になれない。
そうこうするうち、視線を逸らしていた目が、店の窓に三つ四つにニヤニヤ顔が張り付いてるのを見付けちまった。
ごめんと一言残すのも忘れて、俺は店の外に飛び出し、連中を睨みつけた。もっと小さい頃、町に来ると時々一緒に遊んでた悪友ども。四人ともみんな、同い年くらいの男の子たちだ。
出佐由乃様にイラストを頂きました。
由乃様、あちがとうございます!!




