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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第六節 大仕事
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2-6-5.「俺だったらどうか。想像して、泣きそうになった」







「な……っ」


 射手の男が驚愕の声を上げた。


 上出来だ。俺は速度を下げない駱駝から勢いよく飛び降り、シーラの脇に立つ。


「さっすが」


 次の矢を弓に番えながら、シーラが脇に立つ俺に囁くように呟いた。


「ギリギリだったよ。うまくいくか五分だった」


「そんなこと言って! 余裕だったくせに」


 噛み合わせた奥歯の辺りでひヒっと笑い、構えた矢を淡白に射た。


「ホントだって! 次またやれって言われても同じことできないからな! 今度は自分でどうにかしろよ」


 こっちも即に動き出し。今矢を放った四つ這いの男の、左手に引っ掛かっていた弓の糸を剣で切った。


 他にいた三人の、一人はシーラの矢が刺さった足を引き摺り、もう二人は腹と肩を切られて砂に倒れ伏した。


 奇襲が失敗に終わったところで、彼らの勝機は完全になくなった。三つ作った戦場のどこにも、彼らの陣営で動ける者はいなくなっていた。


「…………」


 どうにか荷物も依頼人も、無事に守り通せたね。満足そうに笑うシーラの向こうで、一人がっくりと肩を落としてる人物。


「最初の連中、被害ほぼゼロで撃退したわよ」


「二番目の奴らも全滅させた。死んでない奴は縛り上げておいてあるけど、話聞くか?」


 ネメアとセグレスが、サディオに報告に集まった。カルートは最後まで本隊の傍を離れなかったが、目視で確認できる距離。腕を上げ、こっちも被害ないぞと声を上げている。


「……ああ。…………いや」


 受け取るサディオは、明らかに肩を落としている。ネメアとセグレスが、何か問題が起こったのかと、釣られて表情を曇らせてしまう程に。


 この状況で、睨まれたらどうしようかってちょっと心配もしてたんだけど、どうやらそれはなかった。シーラが朗らかに肩を叩きながら「サディオもお疲れ! さすがの名采配だったね!」なんて楽しそうに笑うのに、作り笑いを返すのがやっとって感じだ。


 想像でしかないけど、俺はサディオの気持ちがよくよく理解できる気がした。


 サディオはきっと、シーラを守ることを一番に考えていた。ひょっとしたら仕事の成否以上に重要だって考えていた。そして、だけど、肝心なところを守り損ねた。油断してシーラを危険に晒した。その上、シーラを危機から守ったのが、選りにも選って俺だった。


 俺だったら、どう思うか、素直に認められるものか。想像して、泣きそうになった。


「なぁ、サディオ? どうすんだよっ!」


 セグレスが苛立ち声を荒げた。


 我に返ったとばかり、サディオは肩を震わせて間の抜けた声を返す。


「だから、連中から話聞くかって聞いてんだよ。何ボーっとしてんだ?」


「あ、……ああ、そうか、そうだな。…………いや、悪い」


 まだまだぼんやりとした口調で、サディオは一度答え。


「……ただのハイエナだろう。追ってこられないように縛り上げておけば十分だ。今は仕事の遂行を優先しよう」


 サディオは一見冷静にそう判断した。セグレスやネメアは、本当にいいのかと首を捻っている。


 実際もう少しの冷静さが彼にあったら、黒フードの敵がただのハイエナなんかじゃないことにはすぐに気付いただろう。けど実際サディオの内心は乱れに乱れてただろうし、それに気付いてた俺も今のサディオに面と向かって異を唱えることはできなかった。


 周りの連中も、何やら違和感を抱く奴はいたに違いない。けど、カルートともう一人が、すぐさま隊列を整え動き出した運び手たちを連れて合流してきたのを見ると、すぐに仕事が優先だという気持ちになったのだろう。みんなさっさと自分の駱駝に跨り、本隊を守る最初の隊列に戻って、何事もなかったように路を進み始めた。


 手足を縄で縛られ砂漠に転がされた連中が生き延びられるのか。ひょっとしたら止めを刺された方が楽なんじゃないかいやでも朝が来るまでには縛り縄から抜け出すくらいできるんじゃないか。砂の上に転がる黒い連中の姿を横目にしながら、俺は努めてどうでもいいことを考えることにした。




 シカリッドの集落には、空がまだ暗いうちに到着することができた。


 運び手たちが、レルティアの襲撃に悲鳴の一つも上げず、淡々と運び込んできた大量の嫌精石。最後まで愛想のなかった彼らによって、集落にあったカルガディアの倉庫に仕舞われた。


 現地で倉庫を守っていたのは、背の低い禿げ上がった壮年男性。ベイクードの邸の使用人長と、唯一似ているのは慇懃な喋り口調。「ご苦労様でした」と柔らかくも淡白に応じてくれた彼から、次の仕事の話はついに出てこなかった。


「まぁ、誘われたとしてもどうせ断ってたんだから、おんなじなんだけどな」


 カルートが俺の肩を叩きながら言った。


 結果は同じでも、気になった経過は気に留めておいた方がいい。大きなごつい手の平が、道中暮れた話をもう一度、思い出させてくれた。


 カルガディアは、倉庫に残る石を別の場所に運ぶため、また同じ仕事をグァルダードに依頼するんだろうか。後で、いつもの受付に聞いてみるか。顔の表情筋をくしゃくしゃに丸めながら、俺の情報源なんて今のとこその程度だなぁ、と溜息を吐いた。


 カルガディアの使用人たちと一切の縁が切れて、外に出るとうっすら空が明らんでいた。


 小さな集落じゃ、二十人からの宿を探すのも大変で、俺を始め半数の男どもは、近くの岩場に移動し、日の当たらない、ごつごつした岩陰に布切れを敷いて仮眠を取る羽目になった。


 日が陰り出した頃、皆少しずつ起き出して、帰りの準備を始める。


 往路に八時間近くを費やした道のりは、身軽になると五時間とちょっとで渡れた。


 帰り着いたミルレンダインの集落、夜の九時過ぎは一番皆が活動的な時間だ。入り口で、これから町に繰り出して小遣い稼ぎでもしてくるわ、なんて連中とすれ違った。あたしたちも行こうか、と目を輝かせるシーラに、今日は勘弁してくれと苦笑する。確かにまだまだ今日はこれからだけど、尻が痛くてもう駱駝には乗りたくない。


 ぶぅと頬を膨らますシーラ。彼女とのやり取りの際、もう、視界にあいつは入ってこなくなった。なんだよ、認めないって言ってやがったくせに。憤りを感じるのは、多分、勝手な俺の都合だ。




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