2-6-4.「もし俺が、密かに形勢逆転を狙っていたら」
フィフィーッ、フィーイ。サディオの指示が届く。
開いた左列に人を回し、もう一度、運び人たちをぐるりと取り囲む隊形を取る。指示に従い、俺は左翼に移動した。攻撃隊を突破して本体に向かってくる敵が現れれば、真っ先に向かっていかねばならない位置。気が引き締まる。
「前だッ!」
と思った直後のカルートの声。本隊の進行方向に、黒いフードの男が八人。皆、手に剣を持ち仁王立ちに構えている。
右前方から、チッと大きな舌打ちが響く。カルートか、セグレスか。
本体は一度歩みを止め、サディオを頭に後退する。
八人の対応は六。セグレスを頭に、左列から三、右列から二。数の不利は無視できないけど、敵は徒歩。駱駝の機動力で翻弄すれば、互角以上の戦いはできる計算だ。
ちなみに、俺もこの八名を迎撃する役に付く。
抜いた剣を握り締め、片手で手綱を強く持ち。一瞬後にはもう響くだろう、セグレスの合図に従って八の相手に斬りかかる。
「伐ッ!」
合図のたった二文字、言い切った頃には皆、本隊から五メトリ近くも離れていた。
敵は動かない。こちらの攻勢に怯まず、応えて駆け出すこともなく、その場に立ち尽くしたまま刃を受ける構えを取っている。
違和感の正体は、視界の右端に映った。
後退した本隊に向け矢を射る、別動隊が姿を現していたのが見えた。
大きく舌打ち。けどもう仕方ない。
いよいよ敵が近付いてくる距離、剣を振り上げ、横を駆け抜ける瞬間に振り下ろす。
キィンと、ぶつかった音は軽い。
それほど深くは討ち合えなかった。腕に届いた衝撃は薄く、肉を切った手応えもない。
駆け抜けた先、なるべく素早く向きを変えて、もう一度敵を目掛ける。
初撃を流し、敵も動き出す。敵の狙いは駱駝の足だ。細かい手綱さばきが重要になる。こちらは六人互いの動きを確かめ合い、敵のリズムを崩すように打って離れてを繰り返した。
向きを変えるたび、視界に収まるたび、本隊の様子は気にかけた。
どうやら本隊を狙った弓兵は四。これ以上の移動は逆に危険と、運び手たちは砂の上丸くなって頭を下げ。二人の護衛だけ残して、残る四人は向かってくる矢を避けながら弓兵へと距離を詰めた。
四人の先頭に、サディオ。すぐ後ろに、シーラ。
ああ、向こうは任せておけば大丈夫だ。根拠はなかったけど、俺は割り切って自分の仕事に集中することができた。
皆、初めて一緒に戦う面子だったけど、息を合わせるのはそれほど難しくなかった。
「風檻の略!」
セグレスが指示を出す。事前に聞くだけは聞いた、予定通りの戦術。
基本的には、誰かとタイミングを合わせて連撃になるよう、別角度から一人に襲い掛かる。二人目の太刀までの間をなるべく縮め、相手に準備の余裕は与えない。そうすることで、少しずつ相手にダメージを与える。
当然、敵一人にこちらは二人がかり、を繰り返すわけにはいかない。一を狙った一人はそのまま二と三も狙う。一への一太刀目を担った者が、二への二撃目を狙い、二への初太刀の者は三に追い打ちをかける。
敵には歩を踏ませず、行こうとする方向を悉く封じる。先手を打って相手の狙いも潰せば、敵は何もできないまま、ただ瓦解するだけ。
――そこまで緻密な連携が取れるものか。聞くだけじゃ、とんでもなく難しい戦術に思えたけど、実際こいつらは息をするように当たり前にやってのけるので、すごいと思う。
「あ? なに言ってんだよ。お前だってしっかりできてたじゃんか」
後で聞いたとき、セグレスにはそんなことを言われた。
自分なりにはそこそこついていけていた感覚があったけど、セグレスの言葉がまたお世辞なんかじゃないことが感じられて、やけに嬉しく感じられた。
「はぁ? お前ぶっつけだったてのか? なんだよ、平然としてるから、カルートたちとかと前にやったことがあるんだろうって思ってたぜ?」
違う。今回が初めてだった。
話を聞き、実際目の前で繰られる仲間たちの動きを見た。俺の戦い方のよすがはそれだけの情報だった。
ガギンッ!
俺が駱駝を寄せて動きを止めた敵。すぐ後ろを交差した味方のアクバスが、槍の腹で剣を弾いた。手から獲物を奪い取られた黒フードが、くぅっと声を漏らして肩を落とした。
駱駝の鼻先を戻して中心地に向き直った俺は、ふっと手綱を緩めて足を整えさせる。八人いた敵は、八人とも既に手から武器を落としていた。膝をつく者。蹲る者。仰臥する者。意識がある者の数はもう八の半分程度のようで、今更形勢を覆す余力はおろか、それを狙う気概さえ、もう誰にも残ってはいないようだった。
「ただのハイエナ……、にしちゃ計画的な襲撃だったな。こっちの規模も、運んでる品も把握した上での動きに見えた」
セグレスの考察に、俺も同意した。
ふと、顔を上げる。後ろを振り返れば、先に本隊を離れて敵の遊撃部隊を迎え撃っていたネメアたちが戻ってくる。向こうも無事、敵を追い払うことができたのか。ネメアの笑顔に、安堵が込み上げた。
そして、本隊の方を見る。
「とりあえず、他の連中も応援は必要なかったみたいだな。計画的だった割には手応えのねぇ連中だ」
同じ方向を見ていたセグレスが、にやり笑って言い捨てる。
同じ方向を見ていた俺はぞくりと全身鳥肌を立たせ、射られた矢のように鋭くサディオたちの元へ駱駝を走らせた。
状況、四対三。敵四人のうちの一人は既に膝をつき、残る弓兵三人が、背を合わせながらサディオたちに追い詰められている。シーラが一人、弓を構えて離れた場所に立つ。こちらも味方優勢の状況だ。
膝をついている一人は、どうやらサディオたちの意識からは完全に外れているみたいだった。その隙を、奴は狙っていたんだろう。蹲りながら、その両手にはこっそり弓と矢とを掴んでいる。
狙いは誰か。
顔が見えない。
視線が読めない。
けど、もし俺なら。もし俺があそこにいて、密かに形勢逆転を狙っていたら。
奴が狙うのは――。
「…………ッ!」
声ひとつ漏らさず、零さず。男は素早く上半身を起こして矢を射た。
一瞬だった。例えばカワセミが狙った魚をつまみ上げる程の。
最初にサディオが気付き、酷く慌てて持ち場を捨てた。
好機と、囲まれていた三人は反撃を試みる。
一瞬で形勢がひっくり返りそうになったところ。どうにか優位を保てたのは、サディオ以外の二人が慌てずに反撃をいなせたこと。そして、弓を構えていたシーラが守りを捨てて矢を放つ決意をしたこと。
シーラの矢が、サディオの正面に立っていた男の腿に刺さった。
そして膝をついた男がシーラを狙って射た矢は、俺が投げた腰のナイフと空中で衝突し、狙いを違えてざしゃりと砂に落ちた。




