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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第六節 大仕事
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2-6-3.「なんか、やきもきするな……」







 最初と二度目の休憩は、砂漠の真ん中だった。


 三度目の休憩でようやく、オアシスに当たった。荷物の積み替えのみだった二度の休憩と違い、三度目は皆が駱駝から降りて腰を伸ばし、ゆっくりと水分や軽食を取って、少し息をついた。俺たちは――少なくとも俺は、ベストキュイトの入った小さな袋と水筒を腰に付け、時々口に入れていたので、取り立てて休息の時間を取る必要は感じなかったけど。


 休憩の最中シーラと話ができるかと思ったけど、遠目に見たシーラの傍にはずっとサディオが張り付いてて、話しかけられる雰囲気じゃなかった。シーラがそれを迷惑そうにしているならまだしも、見る限りだと楽しそうに話をしてるみたいだったし、下手に邪魔をしない方がいいと思ったんだ。


「……俺が文句言えた義理でもないしな」


 そう。サディオがどんなつもりなのかは知らないけど、シーラに何かをしてあげる気のない俺が、どんな文句もつけられない。


「なんだよ、ウェル坊。サディオなんかに気後れしてんのかよ」


 カルートにニヤニヤ笑われた。


「気後れなんかしてないよ。遠慮してるだけさ」


「お前の嫁じゃんか。奪い返してこいよ」


「嫁じゃないし」


 こいつも、多分全部見透かした上でからかって来てやがんだ。ムカつくよなぁ。


 結局、隊が出発するまでシーラとは一言も会話をしなかった。


 不満じゃあ、ない。ましてや憤慨などするはずもない。ただ、そこはかとない違和感が、俺の周りをうずうずと付きまとって離れなかった。


 更に荷物の入れ替えを行ったので、かれこれ四時間超。平穏に歩いてるだけなので俺らの出番はないけど、ただ駱駝に跨ってるだけでも体力は減る。ケツが痛くなってきたなと、俺は時々腰を浮かせて尻を撫でていた。


「栄養補給の休憩は必要ないかと思ったけど、やっぱちょっと駱駝から降りる時間も欲しいな……」


 周りを見回しても、カルートもセグレスもネメアも、そして荷運びの面々も、みんな平気な顔をしてる。俺が軟弱なだけかと、溜息を吐いて尻の痛みに耐える覚悟をした。




 最初に気付いたのは、どうやらネメアだった。


「…………?」


 やおら顔を上げ、星を眺めるようにして左手側、砂の向こうに目を向ける。


 どうかしたかと声をかけるが返事はもらえず。けど、背中に括っていた弓をすっと手に取り、矢筒から矢を一本取り出した、その動作で俺も理解した。


 姿は、一向に見えない。


 だがネメアの様子を見て、カルートもセグレスも確かに警戒を一段階上げた。


 ネメアが弓に矢を番えると、隊列左側、俺の斜め後ろに続いていた仲間の一人が、手にしている松明をすっと夜空に掲げた。臨戦態勢が、全体に広がる。司令塔であるサディオにも、前線の警戒が伝わる。


 フィーッ、フィ、フィフィーイ、と特徴的なリズムで、指笛が響いた。


 サディオからの全体への指示。左列六名と前後列から一名ずつ、計八名は左翼にて迎撃配置を取る。残る右列と前後のメンバーで、引き続き隊列の護衛を専務とする。


 俺は、隊列に寄って護衛のチームに残る。前列からは弓を構えたネメアがそのまま左列に動き、吸収される。


(たい)!」


 左翼への指示(サイン)は、左列中央の男が声を上げている。敵の姿はまだない。まだ、見えない。


 見極めてから対応をする。それが攻撃隊の判断。だが、敵影が見極められないと、本隊の方も動き方の微調整が難しい。


「焦るな」カルートが、耳打ちをしてくれた。「どんな敵だろうが、攻撃の瞬間には必ず姿を見せる。ネメアなら、その一瞬を逃さない」


 その一瞬に、こっちに指示が飛ぶ。反応できるように構えてろ。……カルートの言葉を静かに受け取り、ゆっくりと飲み込んだ。


 正にその瞬間。ネメアが叫んだ。


()ッ! 右三ッ!」


 これがつまり、本隊への指示だった様子。カルートとセグレスが素早く反応し、運び手たちを迅速に誘導した。俺も当然、彼らに合わせて動く。動きながら、三メトリでいいのか、少しだけ動揺した。


 動揺は、一瞬で掻き消える。


 列の左側。幾本もの矢が砂に刺さる。ざしざしざしっと、砂を舞い上げ。ちょうど、ネメアの声がなければ隊列が進んでいたはずの場所。ひやりと、脇の下が冷たくなった。


()ぇッ!」


 実は矢よりも早いタイミングで、ネメアの掛け声が響いていた。


 左翼の八人。弓を揃えて弦を弾いた。遠目にひとつ、ぐわぁと呻きが聞こえた。


 敵の矢が舞い上げた砂塵は、攻撃隊の駱駝の足で一層濃くなる。視界が戻る頃には、彼らの背中すら見えなくなっていた。


 いや。


 砂丘の向こうに、影がある。


 味方の頭が、四つか五つ。そして、黒いフードを被った長いマント姿の影が、それより遠目に二、三ほど。陰に隠れて、全体はとても見えない。


 ああぁ、と怒号が上がり、刃が重なる金属音が響く。


 時折明後日の方向に矢が飛んでいく。こっちに向かってくるものもまだいくつかあるけど、最初の一射ほどに近付いてくるものはもうない。カルートの先導で、本隊は既に当初の三メトリを更に大きく離れ、既に二十メトリは戦闘地から離れている。


 珍しいやり方だ。俺がこれまで請けた護衛の仕事は、大概隊列の守備は魔法使に任された。少人数だったことも勿論あったろうけど、剣しか使えない俺の役目は、いつも斬り込み役だったんだ。


「なんか、やきもきするな……」


 呟きは、カルートに拾われる。


「俺もだ。変な感じがする」


「へぇ。こんな戦い方も、慣れたもんなのかと思ったよ」


「バカ言え。魔法が一切使えない状況なんて、二度も三度も経験するもんじゃねぇ。魔法が使える味方がいない状況での戦闘ってんなら、もうちょっとやったことはあるが」


「そりゃ、何が違うんだ?」


「相手は魔法を使ってくる」


 そっちの方がひどい状況じゃなかろうかとも思ったけど、カルートが主張したいのはどの道慣れない状況だって話のようだったので、深く考えるのはやめることにした。




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