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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第六節 大仕事
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2-6-2.「この仕事、ちょっと変じゃないかって思ってさ」







「では、よろしくお願い致します」


 使用人長にもう一度頭を下げられ、話は全て終わった。


 まず、依頼人側の準備が必要だった。十五の駱駝に十五の人。十が駱駝の両側に石の入った箱を二つ下げ、五はなにも持たぬまま。


 確認を取ったところ、一時間に一度荷を積み替える休憩を取る、のだそうだ。一頭の駱駝につき、二時間荷を運んで、一時間背を楽にして歩く。そのローテーションらしい。


 彼らが準備を整えた頃合い、こちらも配置につく。前もって皆で決めていた構図。荷運びの連中に八と七との二列を作ってもらい、その周りを囲むように歩く。先頭に四。列後方に四。残りの六と六とが左右に侍る。まぁ、ぐるり取り囲むわかりやすい形だ。


 前に立って進む役に、カルートとセグレス、それからネメアという名の小柄な女の子。そして俺。シーラはサディオと並んで殿(しんがり)を務めていて、まぁこの辺りはサディオの露骨な采配だろう。特に不満もない。何なら、時折後ろの方からシーラの不満げな声が聞こえてくるので、溜息交じりに「ちゃんとうまくやれよ」くらい思ってしまう程だ。


 なんだかんだで時間は食った。無駄な時間を使った感覚はなく、それぞれ迅速に準備を進めていたと思うんだけど、それでもカルガディアとやらの邸を出る頃には、ふくよかな月が東の空からいよいよ南に差し掛かろうとしていた。シカリッドの集落とやらまでは、予定された休憩時間を加味すると、順調にいって七時間ほど。到着した頃には日が昇ってくるので、向こうで宿を探して明日の夜帰路に就くような予定だった。


 前をゆくカルートが、片手にランプを灯している。アルコールを蓄えた、ガラスで覆われた丸い形のランプ。


「やっぱり魔法は使えないのか」


 返事を求めるでもなく呟いた俺に、カルートがそれでも振り返ってくれた。


「なんだ、お嬢に聞かなかったのか。この中じゃお嬢が一番実感してるだろうに」


「そういやそうだな。なんか、今日は話しかけるタイミングがなくて」


「あっはは。サディオの奴か。あれも拗れてるからなぁ。まぁ、婿殿がそうやって余裕持って対応してくれてりゃ、問題にはならんだろうさ」


 大きな声で笑い飛ばす。正直、そんな話はどうだっていいんだ。俺はしれっと話を戻すことにした。


「魔法が使えなきゃ純粋に剣や武具の腕の話になるだけだろって思ってたけど、明りも使えないんだと、確かに不便だな」


「まぁな。俺自身は単独行動するときはいつも明りを持ち歩かなきゃいけないから、そこまで不便でもないけど。それでも魔法使の仲間への、普段の感謝は感じるな」


 確かに。そういやいつも、暗い場所ではシーラが自然と火を灯してくれていたんだっけ。いつの間にか、当たり前になってて甘えちゃってたな。


「普段魔法使ってる連中は、この状況だとなかなか不便が大きいと思うからな。特に襲撃に遭ったりしたら、気を付けてやる必要があるかもな」


「わかった。気を付けるよ」


 頷いて、それから駱駝をカルートの脇まで進める。俺の横に並んでいたネメアが、怪訝そうに首を捻っていたのを尻目に見た。


「ん? なんだ、どした?」カルートが、声を潜めてくれる。


「……いや。ちょっと、気になることがあって」


 なんだよぉ、もしかしてお嬢の前じゃ話せないようなことかぁ? にやにや笑って茶化してきやがった。


 そうじゃない、と目を鋭くして。更に声を潜める。


「この仕事、なんかちょっと変じゃないかなって思ってさ」


「あん? 何がだ?」


「カルガディアってのがどれ程の金持ちかは知らないんだけど、別荘の周囲にあれだけの護衛兵を常駐させられるんだろ。実際、石の運び手も自分で用意できるのに、運搬の道中だけ護衛を外に頼むっていうのが、なんかしっくりこなくてさ」


 ちらり、後ろに続く隊列に目を向けながら、話をする。依頼人が用意した運び手たちは、私語もなく、表情もあまりなく。人形のようにただ静かに駱駝を操っている。


「護衛だけ番犬を雇おうって商人は少なくないぜ? 特に危険がある程度予想できてるときにゃ、自分とこの兵隊はなるべく失いたくないって考えも珍しくない」


「それだけじゃない。この仕事はグァルダードで結構な期間置いてあったって聞く。きっと条件を飲めるケーパが少ないんだろう。って考えると、二十箱程度の運搬で俺たちを手放そうっていうのは腑に落ちない。最後まで請け負う気はないか、って話を持ち掛けるのが普通の感覚じゃないのかな」


「仕事が終わってから、今後の話を持ち掛けるつもりなんじゃないか?」


「払いすら総額前払いで済ませる連中がか? 

 ……っていうか支払いのことも疑問なんだけども――」


「なぁ」


 気になることを指折りながら列挙していると、カルートがすっと声を低くした。ん?と目線を上げる。目は、合わない。


「これは忠告なんだがな。俺等はお前たちに誘われて、この仕事を請けてんだ。誘った側がそういうことばっかり言い連ねるのは、あんまり褒められたこっちゃねぇぜ?」


 う。


 ボリボリ頭を掻きながら俺を叱ってくれるカルートに、俺は二の句を継げなくなった。そりゃ誘われて請け負って、その後でこんな話ばかり聞かされたら、気持ちの置き所はなくなる。悪かった、と素直に謝った。


「ま、言いたいことはわかるさ。金持ちの感覚はわかんねぇなって思ったって、それにしても胡散くせぇと思うところは俺にもある。けどな、どんな仕事だって、結局はたかが金と口約束でしか縛り付けられねぇ。最後のところでは裏があるかもって思っておかないと、どんな痛い目見るかわかったもんじゃないんだ」


 だから、お前がこの仕事を怪しいって思うなら、その感覚は大事にしときな。言われ、頷く。それが砂漠の処世術だと、もうずいぶん前にシーラにも言われた記憶があった。


 話を終え、元の隊列に戻る。横のネメアが「何の話してたの?」と気さくに聞いてきた。言うもんじゃない、と叱られたばかり。さりとて適当にごまかすのも悪い態度だろうと、「ケーパの流儀について、カルートに教えてもらっていたんだ」と答えることにした。




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